【第25回】『エレベーターを降りて左』(エドゥアール・モリナロ/1988)

初老でうぶな芸術家の男が、憧れの女性とデートの約束をするが
肝心のデートの時間に隣人とのトラブルに巻き込まれるライト・コメディ。

舞台はパリの高級アパルトマンの上階。
映画はほとんどこの上階の隣り合う2つの部屋だけで作られている。

扉があり、奥に進むとベランダがあり、
そのベランダに隣り合う部屋へ行き来出来る垣根がありといった具合で
2つの部屋がループ状になっているのが面白い。

ドア、ベランダと並んで、2つの部屋の真ん前にあるエレベーターも
舞台装置としては非常に重要である。

ループ状になった人物の動線だけでもユニークだが、
ペランダではしばし落下の危険にさらされ、そこでは縦の構図が活きる。

この人物の動線の素晴らしさが本作を魅力的なものにしている。

アンジャッシュのコントのように、全ては誤解や行き違いから生まれるコメディである。
その勘違いも、人物の喜怒哀楽がめまぐるしく変わるから面白い。

ピエール・ヴェルニエもリシャール・ボーランジェも
躁鬱のジェットコースターのような難しい役所に、馬鹿まじめに取り組む。

最初は隣り合う2組のカップルのドタバタと思わせておいて、
次々に登場人物が増えるのも面白い。

それでも舞台装置と人物の動線がしっかりしているから、散漫にならない。
このあたりはモリナロのウェルメイドな上手さだろう。

魅力的な舞台装置と的確な動線、舞台俳優の上手い演技と共に、
本作を支えるのは、何と言っても主演のエマニュエル・ベアールの可愛さに尽きる。

『美しき諍い女』や『愛の地獄』でファム・ファタールを演じる数年前に
こんなに子供っぽくてコミカルな役柄をやっていたとはびっくりする。

中年男性2人を翻弄するじゃじゃ馬ならではのコケティッシュな愛らしさを、
舌ったらずなイントネーションで実に魅力的に演じている。

監督のモリナロも初期には暗黒ノワール的な犯罪ものを得意としていたが、
60を過ぎる頃になって、このような柔らかいタッチに変わっていった。
レネほどではないが、老人のシンプルさが良い加減を生んでいる。

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