【第1082回】『デトロイト』(キャスリン・ビグロー/2017)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

【第1079回】『ゼロ・ダーク・サーティ』(キャスリン・ビグロー/2012)


 2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件の現場。ワールドトレードセンター・ツインタワーの北棟にユナイテッド航空175便が突っ込み、現場は地獄絵図となる。助けを求める人々の電話、対応に当たるスタッフは大丈夫ですよと被害者たちを励ます。それから2年後、サウジグループについての尋問の席、ダニエル(ジェイソン・クラーク)は身柄を確保したアンマルへの尋問を今日も続けていた。金の運び屋で、3000人もの命を無残にも奪った重要参考人。両腕は縛られ、すっかり衰弱した彼に熱湯をかける姿をマヤ(ジェシカ・チャステイン)は沈痛な面持ちで見ていた。巨額の予算をつぎ込みながら、一向にウサーマ・ビン・ラーディンの行方を掴めずにいたCIA本部。そんな手詰まり感の漂うビン・ラーディン追跡チームに、情報収集と分析能力を買われたまだ20代半ばの小柄な女性分析官マヤが抜擢される。マヤの奮闘もむなしく捜査は依然困難を極め、その間にもアルカイダによるテロで多くの命が失われていく。パキスタンのイスラマバードにあるアメリカ大使館、ジョセフ・ブラッドレイ支局長(カイル・チャンドラー)に対し、細かな捜査報告をするマヤだったが、彼はアメリカ政府との板挟みにあった。そしてついに、反目することも多々あったマヤの同僚ジェシカ(ジェニファー・イーリー)がテロの犠牲になる。アブ・アフメドの名前から遂にイブラヒム・サイードを手繰り寄せたマヤは、ホワイトハウスにビン・ラーディン掃討作戦を進言する。

 2001年のアメリカ同時多発テロ事件という21世紀を象徴するアメリカの病巣から、2011年5月に同時多発テロ事件の首謀者とされるアルカイーダのカリスマ的主導者ウサーマ・ビン・ラーディン殺害に至るまでのCIAの活動を、分析官マヤの視点から描いた作品は、『ブルースチール』以来、久方ぶりに女性主人公が前線で活躍する。タイトルは、午前0時30分を意味する軍事用語で、ウサーマ・ビン・ラーディンが殺害された時刻を示す。 最高指導者と神に全幅の信頼を寄せ、自爆テロをも辞さないイスラム系の人々を尋問に掛けたところで、ろくな確証など得られるはずもない。結果、アメリカ同時多発テロ事件の首謀者と断定されたウサーマ・ビン・ラーディンの拘束には10年もの歳月を要する。高校を卒業後、12年間CIAに勤めて来たマヤは最初は陰惨な拷問現場に顔をしかめるが、メンタルのやられたダニエルの代わりに皮肉にも現場で徐々に頭角を表す。煮え切らないブラッドレイとの対比、そして反目しあったジェシカの死、リストに載った事による脅しにも屈しなかった彼女の内面にあったのは、『ブルースチール』や『ハート・ロッカー』同様に、職業意識から来る極端な狂気に他ならない。化粧っ気なしの顔にジーンズ姿、常に携帯電話が手放せず、透明な壁に数字を書き込む女の凄味に、ジョージ(マーク・ストロング)やラリー(エドガー・ラミレス)、CIA長官レオン・パネッタ(ジェームズ・ガンドルフィーニ)やアメリカ海軍の精鋭パトリック(ジョエル・エドガートン)らは次々に圧倒される。マヤの左目を伝う涙は、アメリカ側にもイスラム国側にも過度な思い入れを拒否するキャスリン・ビグローの過激な意思表明となる。

【第1078回】『ハート・ロッカー』(キャスリン・ビグロー/2008)


 戦争は続けると中毒になるという言葉、イラク戦争中の2004年、バグダッド郊外。アメリカ軍の危険物処理班は、路上に仕掛けられた「即席爆発装置(IED)」と呼ばれる爆弾の解体、爆破の作業を進めていた。遠隔ロボットを使用し、爆弾に接近した彼らだったが、砂利道の上で無情にも荷車が落ちる。マシュー・“マット”・トンプソン二等軍曹(ガイ・ピアース)は自らが防護服を被り、爆弾の25m手前で止まった遠隔ロボットを調整しにかかる。トンプソンの援護に回るのはJ・T・サンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)とオーウェン・エルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)で、彼らは周囲に気をかけていた。その矢先、エルドリッジは20時の方向に携帯電話を手に取る男を目撃する。サンボーンに伝え、彼を確保しようとする2人だったが間に合わず、トンプソン二等軍曹は爆死する。トンプソンの死で失意にあったブラボー中隊だったがまだ38日間の任務を残しており、代わりにウィリアム・ジェームズ一等軍曹(ジェレミー・レナー)がやって来る。しかし、任務が開始されると、ジェームズは遠隔ロボットを活用するなど慎重を期して取るべき作業順序や指示を全て無視し、自ら爆弾に近づいて淡々と解除作業を完遂。任務のたび、一般市民かテロリストかも分からない見物人に囲まれた現場で張り詰めた緊張感とも格闘しているサンボーンとエルドリッジには、一層の戸惑いと混乱が生じる。

 イラク戦争戦時下のバグダッドで活躍する爆発物処理班の様子をドキュメンタリー・タッチで描いた今作は、バリー・アクロイドのステディカムの動きが極めて鮮明に映る。前作『K-19』のアレクセイ・ボストリコフ艦長(ハリソン・フォード)同様に、独断専行型の自由主義者であるジェームズ一等軍曹の行動が、サンボーンとエルドリッジには当初はまったく理解出来ない。誤爆に間違えて殺してしまおうとサンボーンが握ったスイッチは遂に押されることはないが、彼らの気持ちが同化した経緯をビグローは丁寧に描写していく。夕陽が落ちる頃、砂漠の砂をすっかり吸い込んだジェームズ軍曹は咳き込み、エルドリッジにジュースをねだるが、あろうことか最初に彼はサンボーンに飲ませる。その日の夜、ウィスキーをしこたま飲んだ彼らは互いに殴り合い、友情が芽生えるのだった。2人の部下に心を許したジェームズは、本国に愛する妻コニー(エヴァンジェリン・リリー)と幼い息子がいることを明かす。

 中盤以降、ジェームズはDVD売りの少年ベッカムの幻を見る。『ブルースチール』や『ハートブルー』同様に、狂気を見たジェームズの常軌を逸した行動に映画は徐々に焦点を絞って行く。夜の街を疾走するジェームズの焦燥、愛する妻に一言も声を発せない電話、837個の爆弾を処理した男がたった2分で解除すべき4人の子を持つイスラム人の救えなかった命。息子に話しかけた「大切なものは一つだけ」という言葉、爆音でかかるブッシュ政権を痛烈に批判したMinistryの『Fear (Is Big Business)』や『Palestina』、そして『Khyber Pass』の錯乱したリズムだけがジェームズを再び狂気へと駆り立てる。戦争の悲惨さを的確に描写した今作で、キャスリン・ビグローは女性監督で初めてアカデミー賞監督賞の頂点に立った。

【第1077回】『K-19』(キャスリン・ビグロー/2002)


 冷戦時代に箝口令が敷かれ、28年間公にされることがなかった事件。1961年、米ソ冷戦の最中、アメリカ軍はレニングラードとモスクワに向け、原子力潜水艦を配備していた。対抗する措置として、ソ連国家首脳部は密かに原子力潜水艦K-19を配備、処女航海の艦長にミハイル・ポレーニン(リーアム・ニーソン)を任命した。だが最終実地テストの最中、ハッチは動かず、ゼレンツォフ国防相(ジョス・アクランド)は作戦目前で艦長の交代を決める。新しく赴任してきたのはアレクセイ・ボストリコフ艦長(ハリソン・フォード)だった。ポレーニンとは違い、ボストリコフは訓練に次ぐ訓練で船員たちをスパルタで教育していく。艦長のボストリコフだけでなく、ゼレンツォフ国防相は原子炉担当士官として、ヴァディム・ラドチェンコ(ピーター・サースガード)と赴任させる。出航の際、シャンパンの鐘が鳴らない不吉な予兆、そしてドクターの死。だがK-19は言われるがままにコラ半島を出発した。しかしその直後、新たな任務の遂行中、艦内の冷却装置のひび割れが判明する。原子炉は過熱し始め、このままでは炉心の溶融が避けられない。ボストリコフ艦長は原子炉担当官パベル・ロクテフ(クリスチャン・カマルゴ)らに対し、2人1組で原子炉の内部に入ることを命令する。

 3.11.で福島の原発事故が起こる前だったら絵空事だったような出来事が、今観るとまるで様変わりをしている。恐怖が臨場感を持って伝わって来る。ひたすら冷淡で血も涙も無いアレクセイ・ボストリコフ艦長と、温和で船員の信頼も厚いミハイル・ポレーニンとの対比。旧ソ連を扱いながら、アメリカ映画だけにロシア語ならぬ英語なのは残念だが、冷戦構造下の潜水艦映画にも関わらず、敵国=アメリカはほとんど出て来ない。代わりにあるのは潜水艦という密室の中で、原子力に汚染される被曝の恐怖であり、そのジリジリするような命のやりとりが緊迫し息を呑む。艦長と副艦長の不和や幾つもの不吉な予兆を下敷きにしながら、映画は原子炉担当官たちの祖国での平和な日常を切り取る。故郷に帰ったら結婚するというカーチャという名前の女性のモノクロ写真、モニターの向こうから原子炉を眺める男同士の励まし。物語の構造はトニー・スコットの95年作『クリムゾン・タイド』にもよく似ているが、組織系統の不和に数々の不運が重なった大惨事としては、森谷司郎の『八甲田山』をも彷彿とさせる。特に中盤近くの防護服なしで10分間炉心室に修理に入った二人一組の悲惨さは胸が締め付けられる。戦争映画でありながら、原子力を食い止められない男たちの姿を男性顔負けの筆圧で描き切った力作である。

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