【第953回】『TAKESHIS'』(北野武/2005)


 轟音轟くヘリコプターのプロペラ、壊滅した室内。敵兵が5人、日本人のアジトに侵入し、生存者がいないか確認して回る。床に倒れた死体の中、死んだふりをしたビートたけしがゆっくりと顔を上げると、敵兵と目が合う。場面が変わり、組長同士が銃を向け合うヤクザ映画のクライマックス、アジアン・ノワールのような過激な銃撃戦の後、主人公のビートたけしだけが立っていた。カメラが後退すると、それはブラウン管テレビの中の出来事で、賭け麻雀場が映る。卓に座る4人の男たちは北野のパプリック・イメージについて話しているのだが、そこにはビートたけし本人が何食わぬ顔で座っている。タクシーの中で待つ運転手と愛人でマネージャーの京野ことみ、大杉漣は付き添いで卓の横に座る。勝負事は今日も負け、組員の國本鍾建に若頭で俳優志望の石橋保を紹介される。遠巻きで見ていた岸本加世子はたけしの水持って来いの誘いにも冷ややかな表情を浮かべ、帰り際のたけしの背中に水をぶっかける。ビートたけしは芸能界の大スターとして、今日もTV局の仕事が入る売れっ子スターだった。スタジオの別室では、ビートたけしに瓜二つの北野がいた。50代半ばの彼は俳優としてまったく売れず、コンビニでアルバイトをしながらオーディションを受ける日々を送っていた。

 ビートたけしと北野武、瓜二つでありながら収入・地位・名誉に格差のある2人の対比の構図、かつて大部屋俳優として同じ釜の飯を食った寺島進は芸能界のトップにまで登り詰めたビートたけしを妬みながらも、北野武のために下手に出てサインを書いてくれないかと強請る。スターと大部屋俳優の光と陰、ビートたけしと北野武の間を行き交う登場人物たち、伺い知ることの出来ない互いの私生活はやがて「夢うつつ」に侵食され、二律背反の関係は混濁した世界になだれ込む。撮影情報はほとんど開示されず、ヴェネツィア国際映画祭で監督名も作品名も事前に伏せて初上映された今作は、武流シュールレアリズムに溢れる。京野ことみと岸本加世子の乱痴気騒ぎ、大杉漣、寺島進、津田寛治、芦川誠、渡辺哲、國本鍾建ら北野組総出演のピカレスク的不条理劇、スパゲティナポリタンと顔から流れた血、書き割りの海とキタノ・ブルーを想起させる海岸線の青、美輪明宏のヨイトマケの唄と花束に隠れていた青虫のダンス。この先は行ってはならないという大杉漣の忠告を遮り、2人のデブを乗せて世界の終わりに向かうピンク色のタクシー、33回転で回る坂本スミ子の『夢で逢いましょう』の懐かしいメロディ。クライマックスでたけしは武を殺し、今作がようやく『TAKESHI'S』ではなく、『TAKESHIS'』だった意味を悟る。シンプルだった『座頭市』の物語構造から一転し、徹底して神経症的な難解な不条理劇だが、やはり終盤の展開が長いのが勿体無い。

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【第952回】『座頭市』(北野武/2003)


 ある宿場町の枯れた草むらで盲目の按摩・座頭の市(ビートたけし)が石の上に腰掛け、休憩していた。そこに現れたやくざの一群。頭(六平直政)の命令で、子供に刀を奪わせた男は、市を前にほくそ笑む。しかし次の瞬間、意気揚々と立ち上がる市の前に無残な光景が拡がる。「居合の達人」である市は野菜売りのおうめ(大楠道代)と知り合い、彼女の家に匿われる。農村の宿場町では、銀蔵(岸部一徳)一家が扇屋と結託し、悪事を働いていた。銀蔵一家になってからというもの、おうめたちは毎月のショバ代を毎日にされ、生活が困窮していた。一方その頃、寂れた宿場町に市同様に、服部源之助(浅野忠信)と病身の妻おしの(夏川結衣)がやって来る。おしのは肺結核で咳が止まらず、生活が困窮した夫婦におしのは「用心棒の仕事だけは辞めて下さい」と懇願するが、源之助は妻の薬代を稼ぐ為に銀蔵一家の用心棒となる。源之助と市の初遭遇場面は、『その男、凶暴につき』における刑事・我妻諒介(ビートたけし)と殺し屋・清弘(白竜)の出会いを彷彿とさせる。名うてのアウトローたちは、雇われた先で偶然、自分のライバルになるだろう男たちと直感的に視線を交える。市は宿場町の辺境にあるおうめの家に世話になっているが、夜な夜な出掛ける博打場でおうめの甥の新吉(ガダルカナル・タカ)と出会う。

 現在までの北野武唯一の時代劇は、勝新太郎×子母澤寛の『座頭市』の現代的なリメイクに他ならない。これまでにも北野氏は95年の『みんな〜やってるか!』でダンカンに、『菊次郎の夏』においては自らが憧れの勝新太郎にオマージュを捧げて来た。原作のキャラクターの良い部分は踏襲しながらも、金髪でかつらも被らない市という主人公を演じるのはビートたけしであり、この宿場町に現れた3人の流れ者を主軸に置きながら、銀蔵一家と船八一家との縄張り争いを描く時代劇の構図は、現代のヤクザ映画と同工異曲の様相を呈す。真剣の勝負のトラウマを抱える源之助は、この宿場町に宿命のライバルを追って駆けつけるが、彼の技量は最大のライバル山路伊三郎(國本鐘建)を遥かに凌駕する技量に達していた。北野武のこれまでのフィルモグラフィに呼応するかのように、服部源之助とおしのの夫婦は徹底して寡黙で、夫婦としての会話もない。宿場町で悪となるのは、銀蔵一家と扇屋だが、勧善懲悪のシナリオはこの街の状況に座頭の市を劇薬として送り込む。ステレオタイプなジャンル映画でありながら、その演出には軍団を起用し、当たり前の物語を中和しようとした北野氏の苦労が滲む。決して達者ではないガダルカナル・タカの素のような妙に素晴らしい存在感。「ジャンル映画」に奉仕しながらも、海外での評価への程よいクライマックスの目配せが心地良い。

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