【第58回】『4匹の蝿』(ダリオ・アルジェント/1971)

ROCKバンドの人気ドラマー、ロベルト(M・ブランドン)は、
執拗にストーカーをする男をはずみで殺してしまう。

その現場を仮面を被った人物が撮影、脅迫電話が続き
ロベルトの周囲の人物が次々に殺されていく。

何と言っても冒頭のやたらカッコいいタイトルバックに尽きる。

主人公のバンドの何気ない演奏シーンなのだが、
ギターの中にカメラがあるような錯覚に陥る意表を突いたフレームワーク
そしてシンバルの中に入り込んだ蠅を叩き潰すラストまで無駄に素晴らしい。

タイトルバックさえも手を抜かない
職人アルジェントの妥協無き仕事ぶりにはただただ感心させられる。

ロベルトはサングラスをかけた不気味な男の後を追う中で
歌劇場の中に入り込んでしまうのだが、そこで誤って男を刺し殺してしまう。

何でも無い普通の人間がサスペンスに巻き込まれる瞬間だが
その瞬間を3階席から写真に撮るお面の人物が無駄に恐怖心を煽る。

ロベルトを見張っていた男と、お面の人物の関係性は最後まで示されない。
なぜ男は1週間に渡り、ロベルトを見張っていたのか?
その動機の部分が一切わからないまま、殺人の事実を知る者に逐一見張られる怖さが
この映画のサスペンスの肝になっている。

自分は相手が誰なのかまったく見当もつかない
しかし相手は自分のことを常に見張っている

この怖さが主人公の不安をかき立て、静かな恐怖がクライマックスまで持続していく。

通常のサスペンス映画ならば、自分の周囲の人物から、
殺人の度にアリバイのある人物を消していく。
少しずつ犯人を絞っていく流れになるんだろうが、
この映画は最後の最後まで犯人が誰であるのかはさっぱりわからないし、
その的さえ絞らせてくれない。

裸の女性、エンニオ・モリコーネの音楽、洗練されたカメラワーク、風変わりな登場人物
これは典型的なイタリア製ミステリー「ジャッロ」の色濃い作品である。

もう初老と言える年齢のゲイの私立探偵、ホームレスのボディ・ガード
魚を生で食べる野蛮な男、間違いの多い郵便配達。
登場人物のほとんどが癖のあるキャラクターで、
彼らが登場すると途端にユーモラスになる。

アルジェントらしからぬユーモアが随所に見えて実に微笑ましい。

それと共に殺人の場面は、一切の手を抜かないあたりは
職人アルジェントらしい質の高さをきっちり見せてくれる。

いちぃちゃするカップルと高い壁を挟んだところで殺される女だったり
トイレの個室で胸に注射を打たれて殺される男だったり、
凶器を持って、クローゼットの中に隠れるも刺殺され階段を転げ落ちる女だったり
全ての殺人の場面がアルジェントらしいバリエーションに富んでいるのである。

なおかつ全ての殺しの場面が、
アルジェント特有の美意識に貫かれていて本当に怖い。

犯人のP.O.Vによる殺しのシーンや
クローゼットに隠れた人間に、階段を少しずつ登って来る音が聞こえるあたりは、
73年の作品としては圧倒的に早い、時代を先行く感覚がしっかり見える。

ただ電話BOXのコードを伝って、盗聴を提示する場面など
明らかに時代錯誤な感覚が見受けられるのもまた事実である。

探偵事務所に向かうときの、主人公が車のギアを入れるショットと
探偵事務所のドアノブを回すショットのクロスカッティングなんて
実に斬新で、なかなかお目にかかれないオリジナルなショット群だと思う。

犯人に関しては、黙って映画を観てくれとしか言えないのだが
クライマックスのスロー・モーションによる衝撃映像は
ペキンパーも真っ青な残虐描写で、ただただ言葉を失う。

本国イタリアでも突出した才能だったはずだが、
当時のアメリカやフランス、ロシアと比べても、アルジェントの美意識は突き抜けている。

数年前、本作が37年ぶりに公開された時に観に行ったのだが、
本作が未アーカイブ化だったのも頷ける小品ぶりにニヤニヤしてしまった。

ホラー映画の巨匠としてのアルジェントを求める向きには向かない作品であるが、
70年代ジャッロ映画の過剰さを味わいたい人にはこれ以上ない作品だろう。

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