【第60回】『ストリートファイター 』(ウォルター・ヒル/1975)

町で賭けストリート・ファイトを生業とするスピード(ジェームズ・コバーン)の前に、
流れ者チェイニー(チャールズ・ブロンソン)が現れる。

デビュー戦でいきなりKO勝ちし、快進撃を続ける二人の前に、
町のボス(マイケル・マクガイア)が雇ったファイターが挑んでくるが、
この強敵をも破るチェイニー。

恥をかかされたボスはスピードを人質にとり、
シカゴから呼び寄せた巨漢と戦わせようとする。

冒頭、列車がゆっくりと駅に到着し、ブロンソン扮する流れ者が現れる。
アメリカ映画の中で何度も繰り返される流れ者の出現の名場面である。

やがて町を散策する中で、賭けファイトの現場に遭遇する。
1930年代の街並、女性の髪型、クラシック・カー
70年代には死滅した時代遅れの男たちによるハード・ボイルドな世界が描かれる。

寡黙で口数は少ないが、腕っぷしには自信のあるチャールズ・ブロンソンに
興行主としてジェームズ・コバーンが、トレーナーとしてストローザー・マーティンがつく。

ジェームズ・コバーンとストローザー・マーティンと言えば、
言わずと知れたサム・ペキンパー作品の常連俳優である。

ブロンソンとペキンパー作品の常連であるコバーンとマーティンの
三者三様のキャラクターがこの映画を魅力的なものにしている。

また町の酒場で偶然の出会いを果たす女に
ブロンソンの私生活のパートナーだったジルを起用し、リアリティを持たせている。

服役中の夫を持ちながら、ブロンソンと同じ流れ者の境遇を背負ったヒロインであるジルとの
成就しそうでしない恋愛関係が伏線として描かれる。

拳を使った暴力映画ではあるが、活劇としての魅力はほとんどない。
1つ1つのショットやカメラの動きも凡庸で、決してエモーショナルではない。

それでも観客の気持ちを鷲掴みにして離さないのは、
男同士の関係性と主要キャストの演技を捉える監督の冷静な目があるからだろう。

この町の顔役も、ブロンソンの強さを知り、彼を囲い込もうとするが
そんな名誉にははなっから興味のない男である。

自己顕示欲もなく、金にもまったく執着のない主人公に対して、
ジェームズ・コバーンにはすぐに金を用意しなければならない切羽詰まった事情がある。

のっぴきならない事情の渦の中に主人公を放り込み、
クライマックス・シーンへと流れていく。

その高揚感の演出は、処女作とは思えないくらいしっかりしている。

スキンヘッドの男もシカゴ最強の男も、身体だけならブロンソン以上のポテンシャルがある。
それを負かすのにただ腕っぷしだけで挑むという設定は少々無理があったが、
男の生き様としての強さに問答無用にやられてしまう。

主人公のブロンソンも素晴らしいが、
それ以上に素晴らしいのが、小悪党を演じたジェームズ・コバーンの面構え。

正義のヒーローにも小悪党にもなれる
ジェームズ・コバーンの役者としての力量にはあらためて感心しきりだった。

ウォルター・ヒルはこれをデビュー作にして、
後に『48時間』シリーズや『ラスト・マン・スタンディング』を世に送り出す。

実は『ゲッタウェイ』の脚本で注目されたバリバリのサム・ペキンパー門下生である。
ペキンパーへの隠し切れない愛情は、本作でコバーンやマーティンを
主要キャストに起用したことでも窺い知れる。

作家としてのオリジナリティはほとんどないが、
教会でゴスペルを歌う黒人たちの描写に、かろうじて個性が滲む。

ブロンソンにとっても決して代表作ではないが、味わい深い佳作だと言える。

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