【第86回】『グレイスランド』(デヴィッド・ウィンクラー/1998)


90年代の広範囲に及ぶアメリカ映画の中で
名作の評価ではないが、真っ先に思い出される映画がこの『グレイスランド』である。

青いキャデラックに乗ってメンフィスへと向かう途中の若者が
初老のヒッチハイカーの男を車に乗せたことから、
2人の思いがけない交流が始まるロード・ムーヴィーの隠れた名作。

ロード・ムーヴィー映画の職人と言えば、真っ先にヴェンダースが浮かぶし、
2000年代のロード・ムーヴィーの達人と言えばアレクサンダー・ペインが思い浮かぶが
この映画も彼らの傑作ロード・ムーヴィー群に決して負けていない。

2人の男の出会いをクロス・カッティングで描いた生々しい冒頭部分から
監督なりにショットに向き合った折り目正しい演出に惹かれる。

主人公は一度は同乗を断ったものの、
初老の男の「私はエルヴィス・プレスリー」だという言葉に
疑いを持ちつつもとりあえず乗せてみる。

この自分をエルヴィス・プレスリーだと名乗る初老の男を
70年代アメリカン・ニュー・シネマのヒーローであるハーヴェイ・カイテルが演じるのだが
これが本当にびっくりするくらい似てなくて笑ってしまう 笑。

似てないというよりは、最初から似せようとしていないんだと思う。
途中、マリリン・モンローのそっくりさんが出て来るが、
そちらは似せようと努力したしたニュアンスは感じ取ることが出来る。

しかしこちらはエルヴィス・プレスリー当人にまったく似ても似つかないのである。

観客が一目見て似てないと思うくらいだから、
こんな男を乗せた主人公は何をご冗談をと思ったことだろう。

途中ダイナーに寄ったり、モーテルに寄ったりして、
田舎の様々な人物に出会うのだが、彼は一向にエルヴィスだと信じていない。

この傷心した主人公の男がいかにしてハーヴェイ・カイテルが
エルヴィス・プレスリーだと信じることが出来るのかが
この映画の前半部分の一番大事なカギだと思うが、
監督は少々強引だが、律儀に真面目にやっているところに好感が持てる。

こういう田舎道では速度超過するとすぐに田舎の保安官がやって来ると相場が決まっているのだが
やはりというかご多分に漏れず、この映画でも太った初老の保安官がやって来る。

最初は主人公と同じように馬鹿げた虚言癖だと思った保安官が
かつての思い出を語る内にハーヴェイ・カイテルの言葉の中から琴線に触れる言葉を得る。

エンジンがかからず、田舎町の自動車工場にレッカーを依頼した主人公は
ここで初めてハーヴェイ・カイテルに一つ借りを作ってしまう。

少々苦しい理屈ではあるが 笑、今作を処女作としたデヴィッド・ウィンクラーは
こうした70年代の映画のイメージの引用が非常に上手い監督である。

素人目に考えても、メンフィスへの道中にはまず荒涼とした一本道と
あとはダイナーとモーテルとブロンドとクラシック・カーと悪徳保安官くらいしかいない。

そしてここでギャンブル場が登場し、我々観客にダメを押す 笑。
こちらもまだまだ青臭い新人監督だったPTA『ハードエイト』ばりのギャンブル場の場面に
真実と嘘、出会いの瞬間をもれなく設けることで後半部分へと一気に持って行く。

マリリン・モンローのそっくりさんを演じたのは
カイテルと同じ70年代の名優ピーター・フォンダの娘ブリジット・フォンダ。
華奢で長身な彼女が、グラマラスなモンローに必死でなり切ろうとしているが、
そのステージは稚拙であまり魅力的に映らなかったのは残念である。

所詮はそっくりさんに過ぎないと言われればそれまでだが、
デヴィッド・ウィンクラーをはじめとした若いスタッフ陣には
ミュージカル映画の素養や音楽を扱う才能がなかったらしい。

その後のコメディのようなトイレ・シーンには笑った。
あまりにもお約束と言えばお約束なのだが、
そのお約束を嬉々として演じるハーヴェイ・カイテルの姿に
私はこの場面を何度観ても泣いてしまう。

監督のデヴィッド・ウィンクラーは
エルヴィス・プレスリーの元妻を製作総指揮に迎え入れたことで
エルヴィスの邸宅での撮影を許可される。

階段に座り込み泣き崩れるハーヴェイ・カイテルの姿は
彼の90年代のフィルモグラフィの中では印象的な泣き顔を見せている。

決して派手さはないし、新しい試みも有り得ない素晴らしいショットも出て来ないが、
普通に観られる良い映画だと思う。大袈裟に言えば、アメリカ映画の良心がここにはある。

この普通に観られる良い映画というのが、
近年のアメリカ映画からはほとんど感じ取れなくなってしまった。

アレクサンダー・ペイン監督作のファンや70年代のあの空気感を愛している層、
何よりハーヴェイ・カイテルのスコシージ作品時代からのファンに是非観て欲しい隠れた名作である。

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