【第92回】『薄氷の殺人』(ディアオ・イーナン/2014)


冒頭、土の中からむき出しになった死体の一部が
クローズ・アップで映し出される。

そこから引いてみると土の中には違いないのだが
トラックの荷台に積まれた土の中だとわかる。

やがて工場のベルトコンベアーに乗った死体の一部が発見される。

その一連の過程と、主人公の刑事の妻との別れがクロス・カッティングされた導入部分で
この監督の力量ははっきりとわかった。

1999年の夏に起きたその事件では、一度は犯人に手が届くところまで行くのだが、
逮捕時に警察とトラック運転手との屋内の銃撃戦の末、射殺してしまう。

この屋内の銃撃戦が相当素晴らしい。
警察側とトラック運転手側が交互に銃を発射し、最後に主人公のみが生き残る。
90年代の日本映画のような瞬発力の銃撃戦である。

1999年の事件から2004年への時制の飛躍を
トンネルを抜ける車で描写した一連のショットがこれまた素晴らしい。

ただ単に時制を合わせただけではなく、
1999年の夏から2004年の冬へとイメージそのものが飛翔し、まったく別の様相を呈する。

1999年の夏がうだるような熱さを問いかけているとしたら、
2004年の冬は凍てつくような空気と夜の闇に光る赤や黄色のネオンの不気味さである。

2004年には主人公は既に刑事を辞め、自暴自棄になって酒に頼り切っている。
警備員の仕事にもなかなか身が入らず、遅刻を繰り返している。
相変わらず男の生活は孤独で、女の影もない。

私はかつて日本映画で同じような夜の闇に光る赤や黄色のネオンや
孤独を抱えた男と女の奇妙な交流を観たことがある。

孤高の天才・石井隆のフィルモグラフィである。
この映画は彼が手掛けたアジアン・ノワールや
かつてのにっかつロマン・ポルノに質感が非常によく似ている。

主人公はあえて昼間の明るいうちには行動せず、夜の闇の中で光るネオン管を好む。
カメラはあからさまに反転するネオンの光を背景に入れようとする。

クリーニング屋で働く女は最初はとにかく寡黙で、生という生を力強く生きていない。
典型的なファム・ファタール像よりも幾分影のある薄幸のヒロインである。
この役柄を演じたグイ・ルンメイの素晴らしさがこの映画を深く味のあるものにしている。
化粧自体も過剰に塗りたくらず、どこか薄化粧で通すところも
ハリウッドの映画の主人公とは違って、大変素晴らしい。

最初は主人公の男の求愛を疎ましく思っていたグイ・ルンメイが
徐々に心を開いていく様を丁寧に描いた中盤部分が非常に素晴らしい。

黄色いネオンに照らされた屋外スキー場で、
スキーの上手いグイ・ルンメイに必死でついていくリャオ・ファンの様子を
一連のモーションで描いたあまりにも秀逸な場面である。
あえて台詞ではなく、モーションの中に2人の心の交流を描いていく。

後半部分のロケーションも、夜の闇に怪しく光るナイトクラブをよく見つけて来たなと思った。
21世紀の中国で、あのような場所が観れただけでも感慨深い。

またそのナイトクラブを見つめる場所の選択にもただただ感心した。
あのようなアイデアはハリウッドやヨーロッパからは到底出て来ないだろう。
まさにアジア映画ならではの重厚で濃厚な名場面だった。

クライマックスもお涙頂戴になってもおかしくない展開だったが
あそこであの演出が来るとは天晴れの一言である。

石井隆の再来あるいは20年遅れてやって来た骨太アジアン・ノワールの新たな傑作と断言する。
90年代に石井隆や北野武や黒沢清に夢中になった人にこそ是非オススメしたい。

韓国産ノワールにある種の抵抗を感じる人にも、この映画の無国籍ノワール感は確実に刺さるはず。

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