【第906回】『パリ、恋人たちの影』(フィリップ・ガレル/2015)


 パリの街角に佇み、バゲットを頬張りながらメモ用紙に書かれた文字を見直すピエール(スタニスラス・メラール)の姿。髪を乾かすマノン(クロティルド・クロー)はチャイムの音に気付かずに、雑然とした室内の一番奥で鏡に向かい合いながら髪を乾かしている。やがて大きな声が聞こえ、後ろを振り返るマノンはバスタオルを巻いた姿で愕然としフリーズする。勝手に部屋に侵入して来た管理人は、ガスコンロは使うなと厳しい表情で話す。「部屋代を払って、あと2日でこの部屋を出て行ってくれ!」最後通告を突きつけられたカップルは路地裏で呆然としながら抱き合い、慰め合う。夫は現在無職で休職中の身で、ドキュメンタリー作家としての夢を追っている。妻は元々は東洋語学校に通い、通訳を目指していたが夫のピエールと出会い、学校の給食係のパートの仕事で糊口を凌ぐ。妻はドキュメンタリー作家になるという大きな野望を持つ夫の姿に惚れ、一緒に夢を追うことに決めた。マノンの母親との束の間の昼食、娘は母親の前で何とか気丈に振る舞うものの、母親の目線が消えた瞬間、抜け殻のような表情をしていた。夫のピエールはそんなことなど知る由もなく、ドキュメンタリー映画の被写体となるレジスタンス運動の被害者の証言に没頭する。編集作業中、階段で男は保存係の研修生エリザベット(レナ・ポーガム)の姿を目撃し、フィルムを車まで運ぶ彼女の仕事を手伝う。ミニスカートから見える官能的な生足、大人びた表情を見せる苦学生の姿にピエールは恋に落ちる。「俺は妻がいるから」と呟いた男は若い女性とすぐさま肉体関係に陥る。

 ルイ・ガレルの父親で、かつてアンリ・ラングロワに「ポスト・ヌーヴェル・ヴァーグ世代の最も重要な作家」と名指しされたフィリップ・ガレルの物語はいつも以上にミニマムでプライヴェートな物語に肉薄する。極端に贅肉を削ぎ落とした物語構造、レナート・ベルタの落ち着き払った審美眼的構図と光と闇、微妙な挙動を見せる手持ちカメラとフィックスによる長回しの審美眼的対比、そしてガレルの映画の根底を漂白するダメ男と情に熱い女との絶望的な距離感。うだつの上がらないピエールはようやく、自身が腰を落ち着けるべき被写体を見つけ、ジャーナリズム精神で対象と向かい合う。しかし献身的に自分を支え続けて来た妻の方をまったく見ようとしない。妻より若い女エリザベットは5人姉妹の真ん中で、貧乏だった彼女の両親は必死で働き、何とか中流家庭の仲間入りを果たした典型的なルサンチマンだった。何とか高等教育を受けさせようと大学に入った女に、無職の男は妻がいると宣言しながら誑かす。若い娘は最初は彼の大らかさに惹かれ、ベッドで身を任せるが、やがて彼が結婚した女性への強い嫉妬の念が噴出する。壁に隠れながらそっと見た正妻の満ち足りた姿、若い娘は自身の尊厳をいたく傷つけられる。互いに不倫をする仮面夫婦は一向に自分たちに向き合わないまま、説得力のないドキュメンタリー作家としての夢は次第にメッキの中に剥がれ落ち、決して笑みを見せないピエールの青春の延長には苦々しき結びが滲む。身勝手な男の精神性とその結末には賛否両論あ流だろうが、破れかぶれの青春の突起部分を描写したフィリップ・ガレルの物語は低予算映画らしいミニマムな男女の感情に満ちている。

映画『パリ、恋人たちの影』予告編

いよいよ今週末から公開!!
相変わらずガレルのモノクロの胡散臭さはデジタルの匂いが強いものの
レナート・ベルタのカメラワークの説得力が素晴らしかった オススメです

【第98回】『ジェラシー』(フィリップ・ガレル/2013)


古くからフランス映画に出て来る愛や恋を彩る主人公たちは
思春期くらいの若者たちや夢に向かって歩み出した20歳過ぎの若者が多いが
この映画の主人公は30歳くらいの立派な大人である。

主人公ルイは離婚した舞台役者で、
娘シャルロットにたまに会いながら
新しい恋人クローディアと屋根裏部屋で貧しいながらも幸せに暮らしている。
ルイとクローディアは結婚と離婚を繰り返して来た苦労人同士で役者仲間で
芸術家肌のルイをクローディアは献身的に支えようとしている。

そういう関係性だから、2人の間には恋の初期衝動のようなものはない。
それでも時折顔を見せる焦りや不安や葛藤をガレルは冷静な筆致で描いている。

2人の間には恋の初期衝動のようなものはないが
クローディアが恋人の娘シャルロットに初めて会う時の緊張感が素晴らしい。

とある公園で画面の奥からゆっくり歩いて来るシャルロットの戸惑い
それを自由奔放な愛情で体いっぱいに受け止めようとするクローディアの愛情が見える
非常に素晴らしいシークエンスである。

日本の家庭では、大抵このような場面では娘であれば心情は複雑で懐かないのだが、
フランスの家庭においては個がしっかりしていて、すんなり馴染んでしまうから不思議である。

女性同士だからこそ感じることが出来る痛みの感情を、互いにしっかり共有し、
わだかまりなく話せるのはフランス映画ならではかもしれない。

考えてみると、ガレルの映画の中でこれ程重要な役に子供が起用されるのは初めてじゃないか?
ガレルの映画はこれまで徹底して大人の愛の誕生と崩壊を描いて来た。
今作ではその重要な要素の中に、親と子供との関係性が見えて来る。

撮影を手掛けたのは、名カメラマンのウィリー・クランであることも見逃せない。
今作の中に出て来るショットを見れば、横幅が無限に広がっているような錯覚を受けるだろう。

例えば先ほど述べた娘と恋人の初対面シーンだったり、
ルイとクローディアが歩道を2人仲良く手をつないで歩くシーンを思い出して欲しい。
人によっては、ルイがいなくなる気がして、
家までの道を全力疾走で走るクローディアの姿を思い出すかもしれないが、
それらのシーンは全て観客に「フレームの外側」を否応なしに意識させる。

この奥行きこそがシネマスコープの一番の味わいであり、武器である。
ヌーヴェルヴァーグの時代からJLG作品やスコリモフスキの『出発』のカメラマンを務め
その後もガレルの盟友でポスト・ヌーヴェルヴァーグのピアラの作品や
ゲンズブールの作品を務めたウィリー・クランならではの素晴らしいショット群は
筆舌に尽くし難い素晴らしいものであった。

また2人の住む部屋の素晴らしさも見逃せない。
娘シャルロットが覗く鍵穴、光の差さない屋根裏部屋、殺風景に見える内壁
そして決して広くない4人がけの食卓、エレベーターはなく険しい階段などが
否応なしにヌーヴェルヴァーグを想起させる。

今作におけるアナ・ムグラリスの表情の素晴らしさも見逃せない。
ハスキーがかった声で決して台詞は多くないが、その苦悩や葛藤を
魅力的なクローズ・アップで表現している。

ガレルは父親であったモーリス・ガレルの30歳くらいのエピソードを思い出し、この映画を着想した。
映画の中で主人公を演じるのは、モーリスの孫でフィリップの息子でもあるルイ・ガレルである。
そして映画の中の妹が、実際の生活でも妹であることを知った時、
この映画がある家族の物語を撮った映画であることに気付く。

非常に個人的な物語をシンプルな筆致で綴った実に味わい深い物語である。

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