【第99回】『EM/エンバーミング』(青山真治/1999)


映画の冒頭でも隆大介によって語られていたように
エンバーミングとは死体に消毒・保存・修復の作業をすることで
遺体を長期間保存可能にする技術である。

火葬が基本の日本ではあまり馴染みがないものの、
欧米ではポピュラーな方法であり、
エンバーマーという医療従事者の人数も多いらしい。

今作は松田優作の最初の妻だった松田美智子さんが
雨宮早希のペンネームで創作したベストセラー小説を元にしている。

EMエンバーミング・センターに務める腕利きのエンバーマー村上(高島礼子)は
刑事である平岡(松重豊)の案内で、ある自殺者のエンバーミングを担当することになる。

その自殺者はある有名政治家の息子で、事件の背後には複雑な何かが絡んでいるように見える。
相棒のエンバーマー(鈴木清順)と共に修復作業が終了したかのように見えた村上だったが、
死体の中から1本の針が発見される。

自殺でなく他殺の線を洗い直し始めた村上と平岡だったが
エンバーミング・センターに何者かが侵入し、死体の頭部を切断し持ち出してしまうのだった。

1999年当時、ホラー映画のジャンルに半ば強引にカテゴライズされた映画だが
今観ると明らかにホラー映画ではなく、猟奇殺人映画に分類される。

アメリカではTVドラマ『ツインピークス』や
映画『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクターの影響で、
90年代に空前の猟奇殺人ブームが起こる。

この連載でも以前紹介したブルース・ロビンソンの『ジェニファー8』等がそこに該当する。
ブームは90年代半ばには下火になるどころか、
逆にデヴィッド・フィンチャー『セブン』の影響で一つのジャンルを打ち立てることになる。

日本でこのムーブメントに一番に呼応したのが黒沢清監督の『CURE』である。
記憶喪失の間宮という男と会話をしたものに何かが憑依し、
次々に殺人を犯していくサイコ・サスペンス・スリラーだった。

今作は明らかにその『CURE』を元に描かれた物語で
大きく分ければホラー映画の観客のために作られたものだが、
その実、ホラー映画ではなく完全なサイコ・サスペンスとして出来ている。

浮かび上がるイメージは『CURE』とも非常に近い。
ビルの屋上、晴れのない空、白い建物、遺体安置室、廃墟、暗い室内、開きっぱなしの蛇口
そのどれもがホラーを醸造する仕掛けとして作られていながら、
物語の構造はホラー映画のそれとまったく違っている。

当初、自殺に見せかけて殺された死体が、
まったく瓜二つの別の人間として生きていることがわかり、主人公らは狼狽するのだが
平岡刑事の調査により、随分あっさりとその種明かしがされる。

またその伏線として、ベテランのエンバーマーで長年の相棒でもある久留米(鈴木清順)から
唐突に遺体売買組織のドクター・フジという男の存在を知らされるところから
急速に謎解きの方向に舵を切っていく。

そのドクター・フジの地下アジトの恐怖はなかなかのものだった。
薬物ショックの人体実験で臓器が駄目になった植物人間の男を、
生きたままエンバーミングする場面がなかなかエグかった。

後半、チェーンソーで頭部を切断するあたりの描写からは
フーパー『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスを真っ先に思い出した。

ただ、監督がこのドクター・フジと村上の物語を丁寧に描き過ぎたばかりに、
多重人格である三輪ひとみの描写がややぼやけてしまったのは否めない。

後半の盛り上がりに一番必要なのは、ドクター・フジなのか?
それとも三輪ひとみなのか?是非映画を観て貴方の目で確かめていただきたい。

しかし中盤、村上と平岡が車に乗るところを正面から撮ったショットは
いかにもスクリーン・プロセス全開という感じで味のある最高の雰囲気だった。
黒沢清の『ドッペルゲンガー』よりも3年早くあの雰囲気を出している。

そして銃撃戦における水平にあげた腕と
ひたすら前進することで生まれる北野武ばりの暴力描写も文句なしに素晴らしい。

この間、テレビで北野武が前進しながら銃を発砲するのはおいらが発明したと思っていたんだけど
アメリカのタランティーノも自分が発明したと言っていたっけなと発言していた。
どちらが先かはともかくとしても、実に90年代らしい乾いたトーンの銃撃戦である。

また鈴木清順が最後に言う言葉
「生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ」も非常に痛快。

最後に揚げ足を取るようで申し訳ないのだが、
ビルの屋上から飛び降りた人間というのは、もう少し遺体の損傷が激しいので
あんな風に完璧に綺麗にはエンバーミング出来ない。

また途中ドクター・フジがガス・ボンベはおろかマスクさえ付けずに死体をいじっていたが
死体を解剖した際の異臭はとても素面で作業出来るものではない。

その辺りの細かなリアリティには改善の余地があるものの、
90年代のジャンル映画を量産した青山真治もこれはこれで悪くないのである。

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