【第103回】『ある選択に関する物語』(クシシュトフ・キェシロフスキ/1988)


旧約聖書の十戒をモチーフに
ワルシャワに住む人々の生と死を見つめたTVシリーズの第二話。

ワルシャワの大病院に務める老人医師は同じ棟に住む女に話しかけられる。
彼女は数年前に彼の飼い犬を轢いた犯人だった。

最初は素っ気なく扱う老人だったが、彼女の必死の姿に徐々に心を開き始める。
やがて彼女の口からとんでもない言葉を聞くのだった。

おそらくワルシャワの郊外にある第一話と同じアパートに住む
別の人の生活を綴った物語。

この老人はおそらく身寄りがない男で、たまに家政婦を呼んでは身の回りのことを任せている。
ゲージの鳥と殺風景な台所の風景が男の寂しさを伝えている。

逆に女の方は外を見ながら、常に煙草を吸っていてその行動には落ち着きがない。
彼女は仕切りに男の生存確率を医師である老人に尋ねるが、老人は言葉を濁すばかり。

彼女の夫の病名は明らかにされていないが、顔のやつれ方から癌だろうと察せられる。
野戦病院で見る悪夢のように、夜中に雨漏りの水をうつろな目で見つめる姿から、
死期が迫っているのだと理解出来る。

やがて彼女は生まれて来る命と天国に向かう命のどちらの尊厳を守るのか?
命の選択を迫られる。

そこで彼女が取った選択とは?
数奇な運命に出会うワルシャワの一般市民を見つめた監督の目が素晴らしい。
特に今作では肩越しの切り返しショットを多用することで、重厚な会話劇に仕上げている。
画面サイズから言っても、このカメラの動きは最良の方法だと思う。

その中でも特に感銘を受けたのは、
クライマックス前、カメラがワルシャワのマンションの外壁を
ゆっくりとなめるようにティルトし、一度医師の部屋の窓で止まり、
その後今度はゆっくりとなめるようにパンし、病院のベッドを通過し、
コップの中の赤い液体にハエがたかる姿をじっくりと見つめた場面である。

絶望的な生と死の淵を彷徨いながらも、
生に向かって歩き出した素晴らしいイメージ・ショットであった。

今作の中で印象的な女性を演じたクリスティナ・ヤンダは
アンジェイ・ワイダの『鉄の男』で独裁者の妻を演じた女性である。

彼女に限らず、キェシロフスキの物語中の多くの登場人物は
アンジェイ・ワイダ作品でも何度も観ることが出来る。

昨日紹介した第一話の印象的な少年もワイダの『コルチャック先生』に出演している。

【第102回】『ある運命に関する物語』(クシシュトフ・キェシロフスキ/1988)


大学教授のクリストフ(アンリク・バラノウスキ)は
息子のパヴェル(ヴォイチェフ・クラタ)と仲良く二人で暮らしている。

パソコンや数学が得意で徹底した合理主義者の父親は
世の中の全ては数学的に理解出来ると思い込んでいる。

ある日、息子パヴェルに「どうして人は死ぬの?」と聞かれるが、
彼は魂の存在などないんだとまったく意に介さない。

しかしそんな彼に悪夢のような運命が襲いかかるのだった。

旧約聖書の十戒をモチーフに
ワルシャワに住む普通の人々にふりかかる10の物語を描いた
人気TVシリーズの中の記念すべき第一話目。

冒頭の斜面に張った氷のクローズ・アップから何か不穏な空気が立ち込める。
防寒着に身を包んだ青年が何やら焚き火をしているのだが、
やがて顔を上げ、カメラ目線でこちらを向く。

この時点では謎の青年でしかないのだが、
シリーズを追うことで、やがて重要な人物であることが明かされる。

前半は何気ない親と子の生活の中に、やがて死が迫ることが明示される。
窓際に迫る鳩、オオカミのような犬の死体、TV画面の中で無邪気に戯れる少年の姿。
やがて迫る死の瞬間に、父と子はまったく気付いていない。

この家族に母親がいるのかいないのかは具体的に出て来ないのだが、
親子には母親代わりの叔母がいる。

彼女はカトリック教徒で、宗教を崇拝し、
世の中の全てが数学的に理解出来ると思っている弟とは
真逆の思想を有していることに注目したい。

ローマ教皇の焼き増しした写真を息子のパヴェルに見せ、
弟親子を礼拝に誘うが、忙しい弟はその申し出を断ってしまう。

もし「どうして人は死ぬの?」という質問を
父親だけではなく、先生や叔母にもしていたら違う答えが導き出せたかもしれない。

またクリスマスを信じない父親が
もしクリスマスの日にスケート靴をプレゼントしていたらあのような事件は起きなかったかもしれない。

しかしそれ自体が運命に導かれて起こった現実に他ならないのだと監督は突き放す。
パソコンが起動し、突如現れた「I'm Ready__」の文字、
何の前触れもなく割れたブルー・インクの瓶、不穏な救急車のサイレン、真っ暗な階段

父親はその時点に立っても、自分の計算を信じ、神を信じようとしない。

クライマックスの氷が割れた湖面を見つめる大群衆と大掛かりな作業シーンは素晴らしい。
欲を言えば画面がTVサイズ(スタンダード・サイズ)でなければもっと良かったのにと思う。

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