【第986回】『マイヤーウィッツ家の人々』(ノア・バームバック/2017)


 早朝のニューヨーク州マンハッタン、娘イライザ(グレイス・ヴァン・パタン)を大学まで送るダニー・マイヤーウィッツ(アダム・サンドラー)はいつもの如くマンハッタンの交通状況に苛立つ。通りには建設中の建物が立ち並び、車道の両側には路上駐車の車が列を成している。後方からクラクションを鳴らされたダニーは癇癪を起こす。イライザが18歳になるまで娘の面倒を見たダニーは、妻のカレンと離婚調停中だった。曜日替わりで娘を大学まで送り迎えする夫婦の姿は、『イカとクジラ』においてジョーン・バークマン(ローラ・リニー)の家とバーナード・バークマン(ジェフ・ダニエルズ)の5駅先の仮住まいを兄弟が往復した様子と同工異曲の様相を呈す。その日の夜、ダニーの実家の食事会に呼ばれた父娘はダニーの実父ハロルド・マイヤーウィッツ(ダスティン・ホフマン)の歓待を受ける。姉のジーン(エリザベス・マーヴェル)も交えた食事会の席、ハロルドの側には3度目の妻となったモリーン(エマ・トンプソン)がいる。継母となった女のサイケデリックなファッション、貝の開いてないサメのスープ、イライザが12歳の時に作った曲の父娘の連弾。ノア・バームバックお得意の全員変人な家族の歪過ぎる関係は早くも明らかになる。

 5章仕立ての物語は、マイヤーウィッツ家の家人たちそれぞれの深刻な問題を照らす。家長で著名な彫刻家であるハロルドはまるで『イカとクジラ』のバーナード同様に、栄光は既に過去のものになっている。盟友であるL・J・シャピロ(ジャド・ハーシュ)の個展会場で文句を言うハロルドの病巣。3度結婚した彼のだらしない離婚癖を、息子であるダニーや彼の異母兄弟であるマシュー(ベン・スティラー)も見事に受け継いでしまう。LAからNYの生家にやって来るベン・スティラーの姿は『ベン・スティラー 人生は最悪だ!』と真逆の様相を呈す。気難しい芸術家気質で、変人のハロルドに翻弄された異母兄弟たちの数奇な運命は、父親の病気を境に動き出す。建築家として、父親の家と作品を売りに出したいマシューとあまりの思い入れの深さに躊躇するダニーの対比、ジーンの幼少期の秘密のカミング・アウト、3兄弟はそれぞれに問題を抱えながら、「グループ展」の会場で大衆を前に大立ち回りを演じる。バームバックお得意の癇癪を起こす男たちの行動はビリヤードやポール・エプスタインへの車への殴打で炸裂する。家族の不和、居住空間の移住など散りばめられたノア・バームバックの手癖、ラストの第5章のぶっきらぼうな編集とダニーの口元のエクストリーム・クローズ・アップの高揚感がとにかく素晴らしい。

【第983回】『デ・パルマ』(ノア・バームバック/ジェイク・パルトロウ/2015)


 ソファーにどかっと腰を下ろす紺色のジャンパー姿の男、びっしりと生え揃った白髪と髭、男はアルフレッド・ヒッチコックの58年作『めまい』を叩き台にゆっくりと話し出す。高所恐怖症の主人公ジェームス・スチュアートに訪れた絶体絶命の危機に大学時代の男は魅了され、映画監督を志す。今作は1940年生まれで、77歳になったブライアン・デ・パルマの50年強にも及ぶキャリアを、デ・パルマ自身が一作毎に解説したドキュメンタリーに他ならない。政治的に先鋭だった68年の『Murder a la Mod』から始まり、最新作である2012年の『パッション』まで1時間55分に及び語り尽くしている。ニュージャージーに生まれ、イタリア系の外科医だった父親の影響で幼い頃からメスや手術を見慣れたデ・パルマ家の三男坊は、オペに次ぐオペの連続で忙しかった父親とは疎遠な幼少時代を過ごす。カトリック教徒だった両親の影響で宗教に心酔した少年時代、高校卒業後は、コロンビア大学で物理を学んでいたが、在学中に『市民ケーン』『めまい』に衝撃を受け、専攻を映画に変える。ユニバーサル・ピクチャーズから奨学金を得てサラ・ローレンス大学修士課程に進んだデ・パルマは、徴兵拒否の実体験を基にしたロバート・デ・ニーロ出演の群像劇『ロバート・デ・ニーロのブルーマンハッタン/BLUE MANHATAN2・黄昏のニューヨーク』で一躍注目を浴びる。

 自他共に認めるヒッチコック信者としての自負は、ケント・ジョーンズのドキュメンタリーである『ヒッチコック/トリュフォー』には参加せず、あくまでこちらで声高に語られる。ヒッチコックだけでなく、ゴダールへの憧憬、同世代のライバルであるマーティン・スコシージ、ジョージ・ルーカス、スティーブン・スピルバーグ、フランシス・フォード・コッポラとの友情、特にデ・パルマの誕生日に女友達と留守電をよこしたスピルバーグの言葉は、2人の蜜月ぶりを物語る。アメリカン・ニュー・シネマ華やかなりし時代、同世代のライバルたちは互いに脚本を回し合い、デ・パルマがスコシージに回した脚本が後の『タクシー・ドライバー』に繋がったというエピソードは感慨深い。自作の解説をきっちり取り行いながらも、要所要所で飛び出すこれらの脱線トークが、豊潤だったアメリカ映画を思い起こさせる。ノア・バームバックとグウィネス・パルトローの弟ジェイク・パルトローのカメラは、憧れの監督を前にしても臆することなく、努めて冷静に彼の言葉に耳を傾ける。「私の作品は人々を不快にさせる」「『ボディ・ダブル』のドリルの太さが女性団体から抗議に遭ったよ」と語る変態監督デ・パルマの言葉は饒舌で淀みない。

 『ファントム・オブ・パラダイス』のNYでの歴史的不入りや『虚栄のかがり火』の再起不能寸前に至った経緯など重苦しい描写も忌憚なく語っているが、『アンタッチャブル』のショーン・コネリーのエピソード、『カジュアリティーズ』でのマイケル・J・フォックスとショーン・ペンのエピソードなど、自作に出演した役者たちへの痛烈なゴシップがすこぶる面白い。その反面、監督の創作のピークは30代〜50代と断言して憚らないデ・パルマの言葉は、もう20年以上傑作を生み出していない自身への苛立ちにも諦めにも見える。ハリウッドのシステムが監督をダメにすると語るデ・パルマは『ミッション:インポッシブル』以降、ヒット作を生み出せていない自身の状況を踏まえながらも、スピルバーグやロバート・ゼメキスへの尊敬の念を滲ませる。ヒッチコックの時代と比較し、50代以上の作家は芳しい評価を得られないと諦め気味に語るデ・パルマのの独白は妙に生々しい。前述のスピルバーグもゼメキスも、盟友であるスコシージも、テレンス・マリックもイーストウッドも、いま多くの作家たちが50代以降も着実に成功を収め、自らのフィルモグラフィの可能性を推し進めている。かくいうノア・バームバックも2年後の50歳を前にして、デ・パルマの言葉は俄かには信じ難く映ったに違いない。ラストに登場したデ・パルマの寂し気な背中は何を意味するのだろうか?まだまだ老け込むには惜しいデ・パルマの才能が再び開花することを願って止まない。

【第982回】『フランシス・ハ』(ノア・バームバック/2012)


 ニューヨーク・ブルックリン、流行の発信地とも呼ばれる街に暮らす27歳のフランシス(グレタ・ガーウィグ)は、プロのモダン・ダンサーを目指し、修行の日々を送っていた。家賃の高い一等地にルーム・シェアするのは親友で編集者見習いのソフィー(ミッキー・サムナー)。朝から太極拳でじゃれ合い、「飼い犬は食べない」と冗談を交わす2人は理想の友人関係を構築していた。「猫と俺と住もう」というボーイフレンドからの言葉に首を横に振ったフランシスとソフィーの姿は、まるで若年性のレズビアン・カップルのようにも見える。そんな平和なある日、突然ソフィーはマンハッタンのトライベッカでリサとルーム・シェアするからと宣言し、部屋を出て行ってしまった。住処をなくし、途方に暮れたフランシスは友人たちの間を転々とする中で、周囲の成長に焦りを覚え、自分の人生について見つめ直していく。『ベン・スティラー 人生は最悪だ!』で初めての起用となったグレタ・ガーウィグを再度ヒロインに据えた日常の物語。ヌーヴェルヴァーグのような自然主義、低予算と手持ちカメラの使用、ロケーション主体の撮影スタイル、現代口語的な日常の会話劇はまさに「マンブルコア」映画の様相を呈す。

 ノア・バームバックの映画では住居の移動が精神的影響を伴い、その度に主人公の成長を促した。『イカとクジラ』では母親ジョーン(ローラ・リニー)との不和によりバーナード(ジェフ・ダニエルズ)は今の家から5駅先に仮住まいを設け、兄弟はその間を行ったり来たりした。『マーゴット・ウェディング』や『ベン・スティラー 人生は最悪だ!』では、止むを得ぬ理由からかつての生家に戻った主人公たちマーゴット(ニコール・キッドマン)やロジャー(ベン・スティラー)に自分自身の闇と向き合い、成長を促す。今作においてもソフィーとの安全地帯に逃げ込み、平穏に暮らすフランシスは突如住処を失い、途方に暮れる。恋人の代わりに、親友を選んだヒロインの悲哀、長年追ってきたモダン・ダンサーという夢の挫折。チャイナタウンの男友達の家に身を寄せていたヒロインの焦燥感は、クリスマスにサクラメントの両親の元に帰っても治らず、しまいには貯金を切り崩し、大見栄を張ってパリへ飛ぶ。途中、銀行に走るフランシスの裏ではフランソワ・トリュフォーの59年作『大人は判ってくれない』の「L'Ecole Buissoniere」の印象的なフレーズが流れる。モノクロ映像に包まれた青春群像劇、LAでもパリでも東京でもない生粋のニューヨーカーたちの青春の光と影。ラストのDavid Bowieの『Modern Love』に思わず涙腺が緩む。

【第981回】『ベン・スティラー 人生は最悪だ!』(ノア・バームバック/2010)


 アメリカ・ロサンゼルス、緑生い茂るなだらかな別荘地、等間隔に鉄塔が張り巡らされた田園地帯。フローレンス(グレタ・ガーウィグ)はマーラーと呼ばれる犬の散歩をしていた。一旦家に犬をつないだ後、車に乗り街まで降りて行く。その横顔をカメラは助手席から据える。やがてクリーニング店に立ち寄るが、引き換え券を忘れたことに気付いた彼女は、「フィリップ・グリーンバーグさんの荷物です」と説明する。何とか荷物を引き取った彼女は再び邸宅に戻ると、その家に住む娘が笑顔で迎え入れる。マーラーと家でお留守番をしていた彼女は、グリーンバーグ家のお手伝いさんとして働いていた。家長であるフィリップ(クリス・メッシーナ)と妻キャロルは3週間分の給料を小切手ではなく、現金で手渡す。今年で25歳になった彼女は大学を卒業してから、何とはなしに時を過ごしていた。数年間付き合った彼とは最近別れたばかりで、彼女は実業家のお手伝いとして頑張ろうとしていた。そんなある日、グリーンバーグ家は6週間のベトナム旅行へ向かうことになり、フローレンスは愛犬のマーラーの面倒を見ることになった。だが最近精神病院を出て来たばかりのフィリップの兄ロジャー(ベン・スティラー)がNYからLAへやって来る。フィリップはフローレンスに、何かあった時だけロジャーを助けるように説明し、兄ロジャーには6週間でマーラーの犬小屋を作ってくれるよう依頼する。

 『イカとクジラ』で4人家族の不和、『マーゴット・ウェディング』で久々に会った姉妹の不和を描いたノア・バームバックは、今作ですれ違いの再会を果たす兄弟の不和にフォーカスする。大学時代、ギタリストのアイヴァン(リス・アイファンズ)と一度はメジャー・デビュー直前まで行ったものの夢破れ、単身ニューヨークへと渡った男の姿は、『マーゴット・ウェディング』の挫折した中年であるマルコム(ジャック・ブラック)とも重なる。生まれ故郷のLAに戻って早々、かつての親友のアイヴァンに連絡を取るロジャーの歩みは明らかに20代で止まっており、結婚・子育てを経験した同世代との溝は埋まらない。航空会社のリクライニング・シートや騒音妨害、スターバックスにクレームをつけるロジャーの病巣は、恋人との関係が終わり、やけっぱちになるフローレンスと重なり合う。コロナ・ビールを2人で分けあってからの突発的な情事(射精はない)の後、ある種の気まずさから癇癪を起こす男と寛大な女の姿は、バームバック作品の根幹をなすような男女のレイヤーの差異を見事に紡ぐ。孤独な癇癪持ちのロジャーが吸い込まれるように入ったシルバーレイク・ラウンジでのフローレンスの目配せと牧歌的なカントリー・ミュージック、翌朝彼が爆音で聴いたGalaxie 500『Strange』の轟音、自己免疫疾患でダウンした愛犬マーラーの様子にロジャーは自分の姿を重ね合わせるが、彼よりも先にヒロインに訪れた人生の休息時間。カレン・ダルトンを入れたセレクトCD-R、リップクリームをひたすら塗り続けた男に訪れた結末、惜しげも無く裸体を晒したグレタ・ガーウィグの熱のこもった演技。全てが素晴らしく愛おしい!!

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