【第824回】『スプリット』(M・ナイト・シャマラン/2017)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

【第821回】『アフター・アース』(M・ナイト・シャマラン/2013)


 2025年、地球では戦争や環境破壊を繰り返し、天災や飢餓にも襲われた我々人類は自らの故郷である地球を捨て、遠く離れた惑星ノヴァ・プライムに移住せざるをえなくなった。だがノヴァ・プライムの先住民は、人類を抹殺する巨大生物「アーサ(URSA)」を作り上げた。「アーサ」は視覚も嗅覚もないが、人の恐怖心を察知して攻撃する人類殺害生物だった。人類が地球を去ってから1000年後の未来、レンジャー部隊の候補生である13歳のキタイ・レイジ(ジェイデン・スミス)はただの訓練を競争だと思い必死に走るが、能力的な成績は良いものの精神的には未熟とみなされ、レンジャー昇格を見送られる。そんな失意のどん底にあるキタイのもとに、レンジャー部隊の最高司令官である父親のサイファ・レイジ(ウィル・スミス)が宇宙遠征から帰国する。サイファの妻でキタイの母親であるファイア・レイジ(ソフィー・オコネドー)を交えた一家の食卓では、重々しい空気が流れている。最高司令官としての姿ではなく、あなたに求められているのは父親としての姿ではないかと妻に説得されたサイファは、引退前の最後の任務にキタイを同行させることにした。

 ガブリエレ・ムッチーノ『幸せのちから』以来7年ぶりの父子共演作。地球を捨て、ノヴァ・プライムという別の惑星で1000年間、子孫を絶やさなかった地球人に初めて存亡の危機が訪れる。生意気盛りで半人前の主人公が自信過剰の罪でなかなか昇格出来ない様子は、『スター・トレック イントゥ・ダークネス』のジェームズ・T・カーク(クリス・パイン)を彷彿とさせる。 M・ナイト・シャマランの映画では、平和に見える家族がいつも何かしらの問題を抱えているが、今作も例外ではない。13歳になったキタイは幼少時代、自宅に襲撃してきたアーサから守られるようにカプセルに逃げ込み、姉のセンシ・レイジ(ゾーイ・イザベラ・クラヴィッツ)を目の前で殺されてしまう。キタイやサイファにはふと、あの頃の長女の眩しい笑顔がトラウマのように立ち現れる。息子はそれ以来、贖罪の念に駆られ、まともに父親の目を見ることが出来ない。宇宙船の中でも、父の隣りで眠ることさえ出来ないキタイは、宇宙船の内部を探検する途中、レンジャーの訓練のために捕獲されている姉を殺した憎き「アーサ」を目撃する。

 いつもとはまったく毛色の違うSF作品だが、大事故の奇跡のような生き残りの描写は『アンブレイカブル』を彷彿とさせるし、関係が破綻した家族が修復を試みる主題系においても、父子のシンプルな構造においても、至る所に M・ナイト・シャマランの刻印がはっきりと見える。特にSF作品において、ホラー映画のような草むらに置かれたステディカムの後退撮影には参った 笑。両脚の壊死により息子に指示を出すことしか出来ない最高司令官が、あえて息子をすっかり荒廃したかつての故郷に送り出すのだが、混濁しそうな意識の中で、モニター画面の中の息子を見つめる様子には父の愛が滲む。だが一方でウィル・スミスが用意した父子の美談はあまりにもシンプルで、あっと驚くような起伏や展開には乏しい。危険度1の惑星の割りにはその裏付けが足りないし、不時着した段階では全員を生かしておいて、キタイ以外の乗組員が新種の生物に次々に殺されていく設定ならばある程度の裏付けが取れ、説得力も増したに違いないがそれすらも放棄し、13歳に全てを託す展開はやや強引で無理がある。しかし単なる雇われ仕事とはいえ、『ヴィレッジ』辺りから確立した圧倒的な映像美はシャマランならではの魅力を放つ。今作では例外的に、90年代以降のデヴィッド・クローネンバーグのパートナーである撮影監督ピーター・サシツキーが、シャマランの独特の色彩美に加わる。

【第820回】『ハプニング』(M・ナイト・シャマラン/2008)


 朝8時33分のニューヨーク、セントラル・パーク。ジョギングや散歩をする優雅な人々以上に、ベンチで本を読み幸せな時を過ごす女友達2人組。1日の始まりを贅沢に迎えるNYの人々の行動に突如異変が生じる。突然、公園内にいる全ての人物は時が止まったかのようにフリーズする。女性は異変に気付き、隣に座る女性に話しかけるが、彼女はそっと後ろ髪の中から髪留めを引っこ抜くと、自らの首に突き刺し自死する。それからおよそ20分後の工事現場、朝から現場作業に勤しむ労働者たちは他愛もない世間話に興じるが、次の瞬間、マッケンジーが足場から落っこちて即死する。重力に身を任せるようなドスンという鈍い音。労働者たちは事態を呑み込めずに呆然と立ち尽くすが、今度は反対側にデイヴィスが落下する。恐る恐る空を見上げると、足場の闌干から男たちが躊躇なく飛び降りる衝撃的なショットが顔を出す。午前9時台の科学教室、科学教師エリオット(マーク・ウォルバーグ)は、15歳のジェイクが科学に興味を持たないことの無気力さをシニカルなユーモアを交えながら説明する。突然のムーア教頭の来訪により、一箇所に集められた教師たちは、校長先生からセントラル・パークで起きたテロ事件を初めて聞かされる。同僚で親友の数学教師ジュリアン(ジョン・レグイザモ)に、一緒にフィラデルフィアに逃げようと誘われたエリオットは、気持ちがすれ違い気味の妻アルマ(ズーイー・デシャネル)との逃亡に憂鬱な気持ちになる。

 何気ない日常を過ごしていたはずの登場人物たちが突如、世界の終わりに立ち会う展開は、H・G・ウェルズのSF小説を映画化したスティーブン・スピルバーグの2005年の『宇宙戦争』、スティーヴン・キングの1980年の中編小説『霧』を原作としたフランク・ダラボンの2007年作『ミスト』、そして2000年代の真の傑作とも評されるマット・リーヴスの2008年作『クローバーフィールド/HAKAISHA』とも極めて親和性が高い。先行した『宇宙戦争』を除けば、奇しくもほとんど同時期に作られた今作と『ミスト』、『クローバーフィールド/HAKAISHA』の物語はそれぞれの作家性の差異を明らかにする。親友の最初から上手く行くはずがなかったんだという言葉に、エリオットは更に落ち込む。男は15歳でモテ男のジェイクに対し、科学に興味を持たなければ時の流れには逆らえないぞと脅すような口ぶりを見せるが、当の本人のオスとしての機能は最初から去勢されている。その意味で今作の主人公は、まさにレイ・フェリエ(トム・クルーズ)に非常に似通っている。妻ジュリアンの携帯に届いた「JOEY」の文字。親友に託された幼き少女ジェス(アシュリー・サンチェス)の姿。エリオットはかつて愛した妻と、親友の娘という2人の女を守りながら、終わりの見えない逃避行を繰り広げる。相変わらず物語の伏線を張ることに天才的な冴えを見せるM・ナイト・シャマランの周辺描写は実に完璧で細部に渡るまで抜かりない。

 前半部分の冴えは真に斬新なステディカムで撮られた傑作『クローバーフィールド/HAKAISHA』とはまた違う職人的な魅力を放ちながら、シャマラン復活を強烈に印象づけた。前半部分で散々、今作のルールや定義を懇切丁寧に観客に提示した後、植物学者(フランク・コリソン)とロジカルに冷静さを保って逃げたはずの主人公は、やがて世界の終わりよりも怖いミニマムでプリミティブな恐怖に出会ってしまう 笑。今思えば今作のキチガイおばさんの描写が、後に『ヴィジット』でようやく花開く。『ミスト』や『クローバーフィールド/HAKAISHA』ら親和性の高い物語との決定的な差異は、登場人物たちの死のあまりにもリアルな残酷描写に尽きる。ゴリゴリのナショナリストに至近距離から撃ち殺される少年たちの描写にも思わず面食らったが、一番ショッキングだったのは、芝刈り機に轢かれて自死する名もなき人物をロング・ショットで据えた一瞬の描写に違いない 笑。再び起用した『羊たちの沈黙』のカメラマンとしても知られる日系2世のタク・フジモトの手付きは、やはりシャマランの紡ぐミニマムなホラー、サスペンスとは抜群に相性が良い。

【第819回】『レディ・イン・ザ・ウォーター』(M・ナイト・シャマラン/2006)


 フィラデルフィア郊外にあるアパート「THE COVE」には様々な人種の個性的な人々が楽しく暮らしている。5階建てのアパートの管理人を務めるクリーヴランド・ヒープ(ポール・ジアマッティ)は、アパートの世話係として大忙しの日々を送っていた。ある部屋の住人たちの通報により、部屋の隅に隠れた虫を退治したヒープは彼女たちのたじろぎ振りに、「この世の中に化け物なんていませんよ」と笑いながら語り掛ける。空室稼働率の良いこのアパートに、今日も引っ越し者ハリー・ファーバー(ボブ・バラバン)が現れる。西海岸からフィラデルフィアに引っ越して来た風変わりな男は、自らを映画批評家だと名乗る。13Bの部屋へと昇る階段、セクシーなヘソ出し衣装で悩殺するアジア系大学生ヤン・スーン・チョイ(シンディ・チャン)の姿にファーバーは一瞬フリーズする。階上には右側半分だけを筋トレする奇妙な青年レジー(フレディ・ロドリゲス)が筋肉を誇示するように立っていた。同じフロアのリーズ氏(ビル・アーウィン)はブラウン管の方を見たまま寡黙で動かない。ベル夫人(メアリー・ベス・ハート)は動物愛護団体に入っている。GUNS N' ROSESとBON JOVIの話で盛り上がるヤク中のたまり場の隣が13Bの部屋である。出版社から家賃も斡旋されたファーバーは冷たい表情でヒープにつらく当たる。中庭のプールに入れるのは午後7時までと念を押す管理人は、ここ数日、真夜中にプールに入る怪しい物音を聞いていた。

 M・ナイト・シャマランは前作『ヴィレッジ』に続き、あちら側とこちら側との間に見えない境界線を引き、ゲームの厳密なルールを観客に事細かに提示する。プールから顔を出した人魚姫のような少女ストーリー(ブライス・ダラス・ハワード)は絶体絶命の中年男性を救い出し、ベッドへと運ぶ。この個性的なアパートを束ねる管理人には、誰にも言えない生涯のトラウマを抱えているのだが、人間と神の間を司る純粋なヒロインだけは、ヒープの恐るべきトラウマに触れる。僅か24時間の内に小説家に会うという使命を果たすべく、人間界を訪れたヒロインには恐るべき能力が隠されている。それを東洋人であるチョイ母娘から聞くという展開は、おとぎ話の謎解きとして必要な要素だが、どういうわけか多分にB級感が漂う。物語の分岐点において登場するアナ・ラン(サリタ・チョウドリー)の兄貴であり、スランプ状態に陥った小説家ヴィック・ラン(M・ナイト・シャマラン)のストーリーとの出会いの場面の因果はドラマチックだが、いかんせん演技経験はほぼド素人の監督の大役での起用に微妙な安っぽさが拭えない。中盤以降、問題児ばかりが集っているようにしか見えない「THE COVE」の住人の中から、ストーリーを命懸けで守る運命の使者たちを決めるリクルーティングの様子は、『アンブレイカブル』同様にシャマランなりのアメコミ映画へのメタ演出足り得る。

 侵略者や怪物、『ウェイワード・パインズ』のアビーにも匹敵する緑色の怪物スクラントの描写は、決してこちら側には襲いかかって来ないものの、「ブルー・ワールド」への境界線の向こう側でこちらの様子をじっと見つめているのが不気味で怖い。ヒロインの名前がストーリーで、若者たちを未来へ導く重要な役をシャマラン自らが買って出て、おまけに辛辣な脚本家も出て来る物語展開は、『シックス・センス』を崇めながら、その後の『サイン』や『ヴィレッジ』のクライマックスを酷評した評論家たちへの恨み節にも思える。余程のトラウマが沸点に達したのか、シャマランは自身のアンチ勢力のメタファーを随分あっさりホラー的に躊躇なく消し去る。幾つものミスリードを経て、子供染みた中年と大人びた少年とが交感する展開、前作までのラスト10分のちゃぶ台返し批判におもねってしまったのか凡庸なクライマックスながら、意外性のある人物の登場には心底痺れる。ストーリーを演じたブライス・ダラス・ハワードには前作『ヴィレッジ』のヒロインほどの輝きはないが、舞台装置となるアパート「THE COVE」の描写にシャマランの類稀なるセンスが浮かび上がる。当初は子供向けのファンタジーとして展開しようとしたディズニーは、シャマランの個人的な怒りに困惑を隠さず、今作への一切の支援を打ち切った。子供も見られるファンタジーを目指したディズニー帝国に対し、恨み節を果たすべく今作を作ったシャマランとでは、目指すべきゴールがあまりにも違い過ぎた。

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