【第1204回】『空気人形』(是枝裕和/2009)


 モノレールの中、進行方向と逆に座った秀雄(板尾創路)はすっかり疲れ切った身体でガラガラの座席に座りながら、ぼーっとした表情で東京の夜景を眺めていた。コンビニで日用品を買い込み、外に出ると運悪く大粒の雨に降られる。そんな男の楽しみは、空気人形ののぞみ(ペ・ドゥナ)との擬似夫婦ごっこという名の性欲処理だった。一通りの行為の後、風呂場で部品を洗う男の哀れな姿、雨上がりの空、軒先の雫に触れたのぞみは不意に人間としての心を持ってしまう。裸だったラブドールとしての身体に可愛いメイド服を纏い、見るもの全てが新鮮な朝の通勤時に秀雄の部屋を出たのぞみは、ストレスだらけの世の中で多くの記号的要素を摂取し、感動に打ち震える。交番に相談に来た女性、橋を渡る幼稚園児の列、やがてレンタルビデオ店「シネマ・サーカス」の中に吸い込まれるように入ったのぞみは店頭で思いがけなく運命の男・純一(井浦新)と出会う。

 業田良家の『ゴーダ哲学堂 空気人形』を原作とする物語は、市井の人々の空虚な日常を、突然心を持ったラブドール=空気人形の視点で描く。海を知らない少女はレンタルビデオ店の軒先で見た青く輝く海の光景に魅せられ、純一に連れられ初めて見た海でラムネの瓶を拾う。だが影が透明になる恐怖に女心は揺れる。蜉蝣と人間は同じだという元高校の国語教師の老人・敬一(高橋昌也)の予言めいた言葉、ひたすら童貞の心を拗らせ、シネフィルに憧れる屈折した浪人生・透(柄本佑)の姿、バブル期を謳歌したが、今は女としての賞味期限が切れた受付嬢・佳子(余貴美子)、他者との接点を拒否し、今はただ美味しそうな食べ物をひたすら口に運ぶことしか出来ない過食症・美希(星野真里)、夫を失った悲しみに暮れる未亡人・千代子(富司純子)などの人々の孤独や苦しみを媒介にしながら、映画は空虚な日常を生きるのぞみの刹那を描く。

 「花が咲いている すぐ近くまで 虻の姿をした他者が 光をまとって飛んできている 私も あるとき 誰かのための虻だったろう あなたも あるとき 私のための風だったかもしれない」という吉野弘の詩に彩られた物語は、『人魚姫』のような少女の成長譚であり、『オズの魔法使い』のように無菌状態のこの世界に亀裂を走らせる。レンタルビデオ店の釘に自身の身体を引っ掛けたのぞみは、好きな男の前で突然、空気の抜けたみっともない姿を晒す。女は純一の視線が脇に逸れることを望むがその実、男はのぞみの情けない瞬間にどうしようもない興奮を覚え、静かにお腹にある空気穴に息を吹き込む。『誰も知らない』の水口紗希(韓英恵)の援助交際の描写に感じた是枝監督のセクシャリティへの違和感は、正直言って最新作『万引き家族』でも拭えない。だがレンタルビデオ店で突然倒れたのぞみに息を吹きかける純一のその瞬間の艶かしい官能性だけは、クライマックスの肌を合わせた生理的嫌悪とは別に、ただただ美しく、いつまでも色褪せることはない。

【第1203回】『歩いても 歩いても』(是枝裕和/2008)


 大根や人参の皮むきをしながら、他愛ない話で談笑する母親とし子(樹木希林)と娘の片岡ちなみ(YOU)。二階から物音がし、ちなみは「低脂肪の牛乳を買って来て」と父親に頼むが、横山恭平(原田芳雄)は返事をしない。今は既に廃業した横山医院の表門を潜り、真向かいの西沢ふさ(加藤治子)と軽く挨拶を交わす。恭平は杖がなければ歩けない状態で、早朝の散歩をルーティンとする。一方その頃、横山良多(阿部寛)は葉山の実家に、再婚したばかりの妻ゆかり(夏川結衣)と連れ子のあつし(田中祥平)を伴い向かっていた。だが、失業中の良多は実家への帰省が思いの外、気が重かった。プロ野球選手になりたかった良多は息子のあつしにいまだに「良ちゃん」と呼ばれ、「パパ」や「父さん」と呼ばれたことがない。コーラとジンジャーエールのMIXを飲みながら、ファミレスでしばし億劫な時を過ごした後、核家族はお土産のスイカを携えながら、葉山の実家へと向かう。実家では両親だけでなく、姉のちなみと義兄の片岡信夫(高橋和也)と2人の姉弟が待ち構えていた。父親は息子の到着にも知らぬ存ぜぬを貫く頑固者で、彼らの到着を喜ばないが内心、心穏やかではない。トウモロコシのかき揚げの匂いに誘われた恭平は二階から渋々降りて来て、一家水入らずの団欒が始まる。

 『そして父になる』の福山雅治演じる父親や、『海よりもまだ深く』で自身が演じた小説家でうだつの上がらないキャラクター、そしてTVドラマ『ゴーイング・マイ・ホーム』で癖の強いCMエグゼクティブ・プロデューサーの原型となる「良多」と呼ばれる人物は、男としていまだ大黒柱になりきれていない。横山家の次男としてこの世に生を受けた良多は、自由奔放な姉のちなみと、家業の医師を継ぐことを最初から宿命付けられていた純平にコンプレックスを抱きながら、大人へと成長して来た。今作は5年前に亡くなった横山家の長男、純平の命日にバラバラになった家族が集まる様子を描いた僅か24時間の物語に他ならない。夕方に片岡家が帰った後、母親とし子の相手に四苦八苦する再婚したばかりのゆかりの気詰まりな様子が妙に心に残る。『誰も知らない』で物語の中心だった子供たちは幾分後退し、久々の実家に右往左往する良多と彼を愛しながら、適切な距離がいまだ掴めない父親・恭平との風変わりな関係だけが時にコミカルに、時にシリアスな時を紡ぐ。それは嫁ゆかりと姑であるとし子の関係も同様である。あなたも親になったらわかるわよと冷淡に言い放つ良雄君とTVのニュースの海水浴場での死体の関係性、黄色いモンシロチョウと世田谷の美術館の嘘とピアノの調律師になりたいという息子の夢、そして母親の年老いた背中と嫁のえくぼ。かろうじて黒姫山の愛くるしい姿を思い出した良多は一歩遅く、母親と感嘆することは間に合わない。人生はいつも残酷で、ちょっとだけ間に合わない。細部にまで及ぶ是枝監督の緻密な演出に、思わず涙腺が緩む。

【第1202回】『誰も知らない』(是枝裕和/2004)


 電車に揺られる福島けい子(YOU)と息子の明(柳楽優弥)はいったいどんな気持ちで車窓からの景色を眺めただろうか?マンションというには少し手狭な、アパートの203号室に引っ越して来たけい子は息子の明を伴い、隣家に挨拶に来る。引っ越し会社のトラックに乗せられたトランクの行方が気が気でない明は、荷台が開いた後、一目散に部屋へと運ぶ。信じられないことに、そのトランクケースの中ではゆき(清水萌々子)と茂(木村飛影)が干からびる思いで潜んでいた。トランクケースに入れなかった福島京子(北浦愛)とは街で合流し、明は2DKの新居へと戻る。2DKの広い新居では、母親のけい子が「1.大きい声で騒がない 2.絶対に外に出ない」という2つの約束事を4人に言い聞かせていた。買い物のついでにチロルチョコを買うように茂から頼まれた明はやっとの思いで買って来る。その帰り道には段差のある急勾配の坂道があった。父親はいつの間にか蒸発し、けい子は父親違いの4兄弟を2DKのアパートに住まわせている。自由奔放な彼女は長男の明を頼りにし、自分は仕事だからと嘘を付いて新たな男の元へ向かう。今好きな人がいるからとベランダで明に呟いた母親の姿。朝方、彼女の左目を伝う涙の行方。まだ12歳の明は母親の気持ちを慮り、気丈に振る舞う。だが明くる日の朝、目覚めた彼の元に待っていたのは、母親からの置き手紙と現金10万円ほどだった。

 東京で1988年に発生した巣鴨子供置き去り事件を題材とした物語は、事件の顛末を忠実には再現していない。父親が蒸発後、母親も4人の子供を置いて家を出ていき、金銭的な援助等を続けていたとはいえ実質育児放棄状態に置いたものの、3女は長男の遊び友達に暴行を受け、亡くなっている。その事件がきっかけで育児放棄の現実が明らかになったのだが、映画は明の行動をモノローグではなく、4人の子供たちのダイアローグで紡ぐ。酒の匂いを漂わせながら帰って来たけい子は「クリスマスには帰るから」と約束するものの、それから2度と彼らの元には帰って来ない。映画はほとんど照明を使わず、スーパー16mmで撮られた自然光のみで移ろいゆく四季の様子を、4人の子供たちの焦燥感と共に克明に記録する。母親の身勝手のせいで2DKに集められた家族はそれでもなお、母親の帰宅を信じて疑わず、家族=コミュニティに愚直なまでにこだわり続ける。KAWAIの赤いトイ・ピアノ、ベランダに転がされた真っ黒な泥団子、公園に落ちていた赤いボールと、カップ麺の鉢植え。年下の3人を束ねるように、父親を知らない明は父親のように振る舞い、時にタクシー運転手の杉原(木村祐一)やパチンコ屋店員京橋(遠藤憲一)の力を借りながら、何とか自活しようとする。だが幼い心は日に日に消耗と荒廃を繰り返し、退廃の道に染まりかけるが、その時も彼の心を支えるのは、幼い兄妹3人の笑顔だった。

 いじめられっ子の水口紗希(韓英恵)との奇妙な連帯とあまりにも陰惨な結末、大きな大きなホームランを夢想する明の夢は、1895円分のチロルチョコとピンクのトランクケースが現実に引き戻す。希薄になる家族の絆に対し、是枝裕和の目線は白黒つけることなく、グレーのグラデーションで世界を描く。そのあまりにも冷淡な目線と地に足の着いたロジックは、『万引き家族』と地続きとなる。

【第1201回】『ワンダフルライフ』(是枝裕和/1998)


 月曜日、木製の屋敷の階段を歩く2人の足音、川嶋さとる(寺島進)は後輩の望月隆(ARATA)に山田のじいさんの愚痴をこぼしながら、角を曲がって一番奥にある職場へと向かう。職場に着くと、既に杉江卓郎(内藤剛志)がモップをかけ、主任の中村健之助(谷啓)が職場に着くなり朝のミーティングが始まる。「貴方の一番大切な思い出を1つだけ選んでください。」死んでから死後の世界へと旅立つまでの1週間、この場所に集められた死者達は「そこ」で一番大切な思い出を選ぶ。その思い出は、彼らと「そこ」のスタッフ達の手によって映画として懇切丁寧に再現される。そして、その記憶が頭の中に鮮明に蘇った瞬間、彼らはその「一番大切な記憶」だけを胸に、死後の世界へと旅立っていく。面接をするのは中村、杉江、川嶋、そして望月と見習いの里中しおり(小田エリカ)の5名。死者たちはそれぞれ番号順に呼ばれ、彼らの待つ面接室に1人ずつ呼ばれる。水曜日までに一番心に残った映像を決め、土曜日に映写室で一番大切な思い出を振り返った後、日曜日に旅立つ。彼らはそれぞれの死者に寄り添いながら、彼らの最高の思い出を導き出し、彼らを送り届ける役割を受ける。

 西村キヨ(原ひさ子)や天野信子(白川和子)、吉野香奈(吉野紗香)や山本賢司(志賀廣太郎)、庄田義助(由利徹)や伊勢谷友介(伊勢谷友介)、そして渡辺一朗(内藤武敏)らプロの俳優たちと巧妙に織り交ぜられた多々羅君子や文堂太郎ら市井の人々の物語は、ドキュメンタリーとフィクションとを巧妙にモンタージュする。過酷だった戦時中、当時の恋人との忘れ得ぬロマンス、実の兄弟との思い出、初恋の人との一生忘れ得ぬ体験。彼らが思い出す物語は、それぞれの年輪に合わせて綴られる。中村たちは死者たちの思いに寄り添い傾聴し、当時の体験を映像として再現することで、手向けの花とする。9歳の頃の記憶に閉じ込められた西村キヨや、一瞬の思い出の中に閉じ込められるのを拒絶する伊勢谷友介、薄っぺらいディズニーランドの思い出を語る最年少の少女・香奈に寄り添うしおりの姿がやけに心地良い。だが中盤以降、貴方の一番大切な思い出を1つだけ選ばせる彼らがその職に就いた理由が明らかにされる頃、様々な人たちの出会いや別れを見守って来た望月隆の思い出は不意に呼び覚まされる。

 渡辺さんの持っていた71本のビデオの中に隠された渡辺京子(香川京子)との淡い思い出、屋上で真っ白な雪を掻き毟るようなしおりの嫉妬心、映画はドキュメンタリーとフィクションの境目を曖昧にしながら、生きた証に縛られた2人の関係に肉薄する。弛まない自己表現の欲求はやがて再現ではなく、現実の生成へと傾き始める。ロー・アングルで撮られたしおりの焦燥感は、確かに生の描写や望月がこの世から消える恐怖心を声高に叫ぶ。それと共に我々は、思い出は常に現実に勝るのだというどうしようもない事実を受け止めねばならない。このくだらない現実に彩られたどうしようもない現実は、メロドラマのような過去よりも残酷なまでに生々しく尊い。その現実と過去の様相にさえ気付かせてくれる途方もない映像体験に、心が打ち震える。

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