【第157回】『女の小箱・より 夫が見た』(増村保造/1964)

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60年代の増村は80%くらい観ているが、これは初見。
黒シリーズの記念すべき1作目となった『黒の試走車』に引き続き、
増村と田宮二郎が再びダッグを組んだ『黒の試走車』の同工異曲のような作品である。
黒シリーズは田宮二郎でスタートし、その後宇津井健や川崎敬三のような若きスターを輩出したが
今作では野心に燃える田宮二郎の敵役に川崎敬三を迎え、
会社の株を巡るスリリングなやりとりをサスペンス・タッチで描いた作品である。

石塚健一郎(田宮二郎)は街のはみ出し者でバーを経営しながら
敷島化工の株を買い占め、経営の実権を握ろうとしている。
石塚は自分の欲望のためなら手段を選ばない男で、美人秘書エミ(江波杏子)や
バーのマダム洋子(岸田今日子)とも関係を持っている。
ある日石塚は敷島化工の株式課長である川代(川崎敬三)の妻那美子(若尾文子)を誘惑し
株式保有のリストを川代から奪おうと企むのだった。

今作は限りなく黒シリーズに近い肌触りを持っており、
会社横取りのために魑魅魍魎が蠢く金融スパイ・アクションではあるが、
増村はそこに女性の要素を加えることで、新たなベクトルへと踏み出している。

前半部分は会社を乗っ取る側の田宮二郎と乗っ取りを阻止しようとする川崎敬三のやりとりを
平行して描きながら、会社乗っ取りのギリギリの攻防を駆け足ながら伝えている。

田宮は株を買う資金を捻出するために、事実婚の岸田に銀行の頭取と一晩を共にするよう命じる。
逆に川崎は田宮の秘密を知るために、秘書の江波杏子とSEXをする。
互いのプレイボーイ的なやりとりの中で、やがてある人物が死に、
2人は互いにアリバイ作りを若尾文子に仕向ける。

このように前半部分は一進一退の攻防を続けていくが、
最終的に田宮が若尾の女心を懐柔し、いよいよ会社の株を買い占めて経営の実権を握ろうとするのだが
増村の描きたかった物語は、むしろここからの展開にあると言っても過言ではない。

ここでヒロインである若尾文子は、敷島化工という一流企業の役職の妻としての体面か
それとも30を前にして初めて抱いた恋心かの二者択一の選択を迫られるのである。
それは男たちも同様で、田宮に実権を握られ役員の職を解かれた川崎は
妻との生活か仕事への野心かどちらか一方を迫られる。
田宮も同様に、幼い頃から夢に描いていた一流企業の乗っ取りという野心か
それとも目の前にいる若尾文子との恋愛なのか二者択一を迫られるのである。

増村の映画ではたいてい、妻は家庭に入り不自由な生活を強いられるが
そういう従来の日本の封建的な夫婦像に亀裂が入ることで、妻は自立への意思を具現化していくのである。
今作でも仕事の帰りの遅い川崎は、妻との性生活もなく外に二号さんを持っている。
最初は深夜に帰宅する夫にSEXを求めるが、夫に拒絶され、
やがて愛人と夫との愛の営みを目撃し、家庭内別居のような生活を築く。
枕を別の部屋に移動させることがこれ程意味を持った時代も珍しい。
今日では有り得ない表現を使いながら、増村は夫婦の亀裂を表現する。

この映画に象徴的なのは、2人の夫婦生活は最初から破綻しているのである。
冒頭妻は弾力のある柔肌を観客にさらし、奔放な性生活を想起させるが、
川崎との間には期待しているような関係は臨むべくもない。

中盤からの若尾文子の田宮への傾斜ぶりはまさに一気にと呼ぶに相応しいものである。
妻としての我慢、一流企業に勤める夫を支える妻としてのひとまずの体裁は
田宮という危険な男の来訪で音を立てるように崩れていく。
まるで川の流れのように女の感情がとめどなく溢れていく。その様子が実に見事である。

そして崩壊ぶりと悲劇をじっくりと描写したラスト30分間が実に素晴らしい。
メロドラマと呼ぶには少々過激で、スパイ・アクションと呼ぶには幾分どろっとし過ぎている。
この登場人物たちの喜怒哀楽とドロッとした大袈裟極まる演技こそが増村演出の真骨頂に他ならない。

それにしてもこの映画における岸田今日子の哀れっぷりたらない。
愛する男に散々つくしてつくして、挙げ句の果てに捨てられる。
殺人を礼賛するつもりは毛頭ないが、メランコリックのバランスの均衡が壊れた時、
しばしば増村映画の登場人物たちは衝動的な行動に打って出る。

余談だが、今作では若尾文子の艶艶したオール・ヌードが興行の呼び水になったが
今観直してみると、残念ながら99%代役だと思う。
どういうわけか裸体をさらす場面になると、若尾の首から上が切れている。
しかも若尾よりも若干ふくよかだと思うがどうだろう?

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