【第1171回】『ヤンヤン 夏の想い出』(エドワード・ヤン/2000)


 アディとシャオイェンの結婚式、少しお腹の出た新郎に対し、新婦の表情は冴えない。上昇するピンク色のバルーン、アディの元カノで、この結婚式に怒り心頭のユンユンが結婚式の妨害に現れる。そこにヤンヤン(ジョナサン・チャン)の姉ティンティン(ケリー・リー)が鉢合わせする。アディの姉は彼らの母親のミンミン40歳で、夫で父親のNJ(ウー・ニェンツェン)は背広姿で、所在無さげに動き回る。式に飽きた8歳の息子ヤンヤンをハンバーガー屋さんに連れて来た父親は浮かない表情を抱えながら、今夜泊まるホテルに戻ると、エレベーターから初恋の人シェリーが現れる。三十年前に別れた運命の女と偶然の再会を果たしたNJは、ヤンヤンを息子だと紹介する。大人の事情などわからないヤンヤンはその様子をじっと見つめている。8歳のヤンヤンと高校生のティンティンを育てるNJ一家は、台北の高層マンションに祖母と妻と2人の子供と暮している。その生活ぶりは豊かだが、父親は会社で未曾有の赤字という事態を抱えていた。この急場を打開するためには、日本人のゲーム・クリエイター大田(イッセー尾形)に会うしかないと踏んだ社長は、NJに大田との交渉を命じる。だがアディの結婚式のその日、祖母が病院に運ばれる事件が起きる。

 華やかな結婚式に始まり、喪に服す葬式で幕が降りる物語は、NJ一家のそれぞれの抱える深刻な事情を描写する。自分がいない隙に祖母を入院させてしまった母親ミンミンは自らを責め、極度の神経症に陥り、山の上の精神病棟に入る。また15歳の高校生のティンティンは、ゴミの横で倒れていた祖母は自分の責任ではと思い責める。義理の母親が倒れた夜、NJは30年前の恋人シェリーとの運命の再会を果たし、まだ幼い末っ子のヤンヤンは大人たちの思惑などわからないまま、右往左往する。祖母の昏睡状態がきっかけで、バラバラになった家族の焦燥感、それぞれの年齢のレイヤーに合わせた孤独な病巣を埋め合わせるもの何もなく、登場人物たちはバラバラに孤立する。日本出張の熱海の席、シアトルに住むシェリーとの束の間の再会を果たしたNJの年老いたロマンスと、親友で隣人のリーリーの彼氏ファティとティンティンとの初恋のエピソードがクロス・カッティングされる展開が妙に心地良い。30年経過しても流転することのない男と女、優しさと狂気、そして欲望と愛情。忍び込んだ映写室で見たスカートの中の白の下着、横軸で何度も往復する憧れの女性の水泳姿。大田ではなくEカップの小田に方向転換した物語は、『クーリンチェ少年殺人事件』のようにまたしても少年を凶行へと誘う。深夜未明に鳴る『恐怖分子』のような救急車のサイレンの音、後ろ姿しか撮らなかったヤンヤンの祖母への想いに涙腺が緩む。エドワード・ヤンは遺作となった今作でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞した。

【第1158回】『カップルズ』(エドワード・ヤン/1996)


 夜の街を蛇行しながら走るMINI CABを、ピンク色のジャケットを着た男がバイクで追いかける。男はどうやら組織の上司から指示を受けているらしい。組織は悪徳実業家で大富豪の父親を探しているが見つからず、彼の息子であるチェンに狙いを付ける。ほどなくしてMINI CABから2人組が降りるが、男は軽トラを追う。すると無軌道な走りを続ける軽トラは右にハンドルを切り、停車していたピンク色のベンツの横っ腹をえぐる。リーダー格のレッドフィッシュ(タン・ツォンシェン)、ハンサムな女たらしホンコン(チャン・チェン)、口達者なトゥースペイスト(ワン・チーザン)、新入りのルンルン(クー・ユールン)は無軌道な暴力を繰り返す不良グループだった。悪徳実業家を父に持つレッドフィッシュの号令のもと、詐欺まがいの荒稼ぎをしたり、一人の女の子を回したり、アパートの一室で勝手気ままな生活をしていた。その日、イギリス人の実業家マーカス(ニック・エリクソン)を騙そうと画策していた4人はアリソン(アイビー・チェン)を手玉に取るが、もう1人の女マルト(ヴィルジニー・ルドワイヤン)に目を付ける。彼女は元恋人であるマーカスが忘れられず、遠くフランスからこの地にやって来ていた。レッドフィッシュは、右も左も分からない彼女を言葉巧みに誘い入れ、売春組織に売り飛ばそうと企む。

 『クーリンチェ少年殺人事件』で主人公を演じた張震とプレスリーを歌う王啓讃を再びメイン・キャストに起用した物語は、バブル経済末期の台湾の危うさの中で男たちがもがく。悪名高い父親を疎ましく思いつつも、その冷酷な人生哲学に倣って生きるレッドフィッシュは、かつて父を破産に追い込んだ女アンジェラに復讐計画を練る。『クーリンチェ少年殺人事件』同様に、ここでも父との確執は重く深い。一方で最近入った新入りで、悪に染まりきっていないルンルンは、マルトの健気な可愛さに恋をする。彼ら4人を執拗に追う組織の殺し屋2人組などフィルム・ノワールの要素を取り入れながら、享楽的に生きる男たちは女たちを騙し、生き永らえる。『クーリンチェ少年殺人事件』で張震が放ったナイーブな魅力は今作ではルンルンにトレースされる。張震の役柄は『クーリンチェ少年殺人事件』の小四とは対照的な人物だが、その未来はグラグラと音を立て、今にも崩れそうな危うさを秘めている。クライマックスのマーカスの言葉が象徴するように、台湾は右肩上がりで成長を続けたが、そのレールから外れた落伍者たちの焦燥感をエドワード・ヤンは長回しを巧みに駆使しながら、突き放すような冷たい視線で描く。残念ながら『クーリンチェ少年殺人事件』のような奇跡は起こらないものの、決して嫌いになれない映画である。

【第1157回】『エドワード・ヤンの恋愛時代』(エドワード・ヤン/1994)


 「この町は人口が多い」という孔子の言葉に、冉有は「この先、どうすべきか」と投げかける。すると今度は「人を豊かにしよう」という孔子の問いかけに、冉有は「豊かになったら、何をすべきか」というテーゼを唱える。あれから2000年が経過した90年代初頭の台北、新進気鋭の演出家のバーディ(王也民)は芸術家は大衆に合わせ、自分の作風を変えるとマスコミの前で豪語するが、新作舞台が有名小説の盗作だと騒がれ、広告企業を経営する友人であるモーリー(ニー・シューチン)に泣きつく。モーリーの義兄の作品を題材にした物語を成立させるために、バーディはモーリーと義兄の妻で、今は別居中の姉(チェン・リーメイ)に取り入ろうと必死だが、姉妹はなかなか親身になってくれない。彼に同情したのかモーリーは、彼女の右腕で親友でもあるチチ(チェン・シャンチー)に話を振るが、彼女はその話をフォンに任せたという。口論の最中、ディレクターの男がアシスタントが2人解雇されたと泣きついてくる。チチには、モーリーと同じく高校時代の同級生で婚約者のミン(ワン・ウェイミン)がいる。一方、モーリーにも大陸に渡ったアキン(ワン・ポーセン)という婚約者がいるが、彼女とバーディの仲を疑い、急遽帰国していた。

 高層階にあるモーリーの企業は、明らかに何かが破綻しているが、それ以上に人物の相関関係の複雑さと、矢継ぎ早に繰り広げられる会話の応酬に驚く。高校の同級生であるモーリー、チチ、ミンだけでなく、美人アシスタントのフォンと、アキンを強制帰国させたラリーとは関係性があり、全ての登場人物がそれぞれの思惑で複雑に絡み合う。一見すると『台北ストーリー』のアジン(ツァイ・チン)とアリョン(ホウ・シャオシェン)を思わせる冷めた恋人関係だが、今作が『台北ストーリー』と一線を画すのは、台湾が高度経済成長の真っ只中にあることに他ならない。人々は富み、夜な夜な遊びに繰り出すが、恋人がいるはずの男と女はそれぞれどういうわけか気持ちが満たされない。モーリーとアキンのカップルはアキンが結婚の時期を切り出すものの、会社が傾きかけている彼女はそれどころではない。一方、一緒になる腹積もりのチチに良かれと思って転職を勧める恋人のミンに対し、友情と愛情の狭間で揺れるチチは癇癪を起こす。『台北ストーリー』や『クーリンチェ少年殺人事件』で疎外感に包まれた登場人物たちはまたしても、現代社会の豊かさの中でもがき苦しむ。

 幾分誇張され、戯画化されたバーディにエドワード・ヤンの苦しさが垣間見えると思ったが、それ以上に後半登場するモーリーの義兄の作家(イエン・ホンヤー)こそ、エドワード・ヤンの生き写しに見える。世界でも有数の経済都市に成長した台北において、ブレーキを掛けた車の後部に轢かれる残念な作家の姿が、正当な評価を受けないまま急逝したエドワード・ヤンの最期と重なり、不意に涙腺が緩む。中でもプールサイドでタバコの火を分け合うモーリーとチチのシルエット、クライマックスの陰影に富んだそのシルエットにはやはり監督の非凡な才能を感じる。80年代の彼の作品以上にクローズ・アップを封印し、据え置かれたカメラの長回し、忙しない言葉の応酬で撮られた僅か2日間の物語は、エドワード・ヤンのフィルモグラフィの重大な転機となった。

【第1156回】『クーリンチェ少年殺人事件』(エドワード・ヤン/1991)


 先生が告げる次男の落第の知らせに、堅実な公務員である父親(チャン・クオチュー)は「そんなはずはない」と首を横に振る。だが現実を受け入れられない父親と次男の表情は無視し、カメラはその様子を遠く離れた場所から冷静に突き放す様にフレームに収める。1947年、中国大陸での国共内戦に敗れた国民党政府は台湾に渡り、それに伴い約200万人が中国から台湾へと移住し、「外省人」となった。今作はその外省人の子供を主人公に据える。1960年、台湾に移住した張家の次男小四(張震)は中学の夜間部に通いながら、「小公園」にたむろする王茂(ワンマオ)、飛機(フェイジー)、滑頭(ホアトウ)らとつるむ不良少年だった。舞台を天井の梁に登って覗き見しては警察に連行され、70元もする高額なバットを校長に取られていた。何もない退屈で怠惰な日常はある日突然、小四の心に仄かな光を灯す。喧嘩に明け暮れ、手当てを受けた保健室、隣の部屋で少女は制服のスカートを左膝のあたりまで捲し上げる。透き通る様な白い肌、左膝についた激しい擦り傷、保健室の先生は彼女を教室まで連れて行くよう、小四に告げる。小明(シャオミン)(楊静恰)と並んで歩く廊下を背後から映した長回しの刹那、少女は小公園グループのボス、ハニー(林鴻銘)と付き合っていた。

 1961年6月に台湾で実際に起きた中学生男子による同級生女子殺傷事件をモチーフにした物語は、どうしようもない思いに駆られた少年が罪に走るまでを丁寧な筆致で描く。保健室での出会いと彼の優しさに小明は小四に好意を抱くが、不純異性交遊と断罪される大人の醜く、苦み走った世界は、少年の心を雁字搦めにする。両親が画策する夜間部から昼間部への転入、転校してきた軍の指令官の息子小馬(シャオマー)(譚至剛)との友情、ビリヤード場で巧妙に絡め取られた兄・老二・張翰(チャン・ハン)と質に入れた母親の腕時計、外省人の父親が内省人の隣人から受ける言われなき暴力。父親が社会に適応したように、兄弟や主人公もどうしようもない社会の荒波に適用するように求められるが、小四の心は大人になれないモラトリアムを露わにする。滑頭(ホアトウ)陳宏宇(チャン・ホンユー)を退学させた男は皮肉にも同じ運命になる自分自身に抗えない。小翠(シャオツイ)唐暁翠(タン・シャオツイ)を欲望のはけ口にする男は、その実、小明への思いが諦めきれない。暗闇から顔を出すバスケット・ボール、ハニーへの凶行と対比される焼きとうもろこし、「小公園」で仲間が歌ったエルビス・プレスリーのオールディーズの調べ、父親と並びながら歩く自転車のコミュニケーション、幾つもの道具立てが大人になり切れない少年の焦燥を残酷なまでに紡ぐ。236分の物語ながら時間を感じさせない、あまりにも濃厚な236分と不意に涙腺が緩むクライマックス。90年代の永遠に忘れ得ぬ傑作の復活である。

このカテゴリーに該当する記事はありません。