【第675回】『スター・ウォーズ エピソード7/フォースの覚醒』(J・J・エイブラムス/2015)


 『スター・ウォーズ』を9本に及ぶ大河ドラマだと仮定した時、旧3部作の熱狂とは裏腹に、新3部作の低調さを憂う声は世界中至る所で聞こえた。ジャー・ジャー・ビンクスへの違和感を筆頭に、新3部作7時間弱に及ぶ物語が、アナキン・スカイウォーカーが暗黒面に落ちるバッド・エンドまでを克明に記録したに過ぎず、ヒーローものの裏側としては何とも言いようのない後味の悪さを感じさせたのは言うまでもない。そのジョージ・ルーカスの過剰な愛ゆえの失敗を踏まえ、J・J・エイブラムスはあえて新3部作に触れようとはしない。ここにあるのは旧3部作の家族の因果であり、30年経とうが同じ構造の物語へ変奏することに力を注いでいる。冒頭、ポーがルークの居所の書かれた地図を回収するためにある村へ降り立つが、そこには既にファーストオーダー(旧帝国軍の新しい名前)が追っ手として現れ、村は焼き払われ、村人たちは皆殺しに遭う。ポーはその寸前でBB-8というドロイドにその地図を託す。これは『エピソード4/新たなる希望』の冒頭で見られたC-3POとR2-D2による彷徨行為の変奏である。R2-D2はそこから幾人かの人間の手を仲介し、無事ルークの手に渡ったが、今回は同じく砂漠を彷徨いながらすぐにレイの元に辿り着く。途中ファーストオーダーの追っ手に執拗に追いかけられたレイとフィンは、そこに捨てられていた古い母艦に乗り、追っ手から逃げる。その船があの銀河系最強のガラクタと呼ばれたミレニアム・ファルコン号なのである。そして追っ手から逃れ、星を彷徨ううちに動力を奪われ、何者かのベースの中へと強制的に押し込められる。そこにいるのはこの船の元の持ち主だったハン・ソロとチューバッカである。

 旧3部作において金銭と恋愛感情により、ジェダイの末裔たちと運命を共にした彼らが、やむを得ぬ理由から彼ら2人を助けることになる。30年経過しようが、ミレニアム・ファルコン号での移動が綱渡りなのも相変わらずで、光速になり時空を抜けるリスクや一か八かの危ない賭けをするのである。そしてクライマックスにはファーストオーダーの母艦のシールドを破壊し、そこに楔となるトドメの一発を打ち込もうという作戦を決行する。そのどれもが既知の光景でありながら、『スター・ウォーズ』シリーズにしかなし得ない王道の展開を誇る。またフィンとポーの友情はかつてのハン・ソロとルークの友情とも重なり、『スター・トレック』シリーズのカークとレナード・マッコイにも受け継がれている。他にも『新たなる希望』や『ジェダイの帰還』に登場したクリーチャー楽団や辺り一面砂地が広がる砂漠の町など、旧3部作との符号はそこかしこに転がっている。私としては主人公のレイはレイア姫とハン・ソロの子供だと信じて疑わなかったため、まさかの展開には心底やられた。今回の物語は単体で観ても見応えがあるが、やはりこれまでの旧3部作を一通り観ている方がより深い感慨に浸ることが出来るはずだ。特にハン・ソロとレイア姫の再会の場面は映画の中だけでなく、実際に1977年から四半世紀の時を経て、観客と俳優とを残酷なまでに当時の思い出に浸らせる。2人の再会は心底ハッピーなものでありながら、それを受け止める2人の表情は決して喜ばしいものではない。そのことが象徴する暗い影が実際に現実のものとなった時、我々は深い感慨に浸るばかりだ。『スター・ウォーズ』シリーズでは敗者は決まって奈落の底へと落ちてゆく。その落下がここではフィンの身に起きなかっただけでも良しとしなければいけない。

 中盤の艦隊内にエイリアンが侵入する場面や、レイが地下室に紛れ込んで偶然宝箱からライトセーバーを見つける場面など、説明過多な場面は幾つもあるが、これまでなら元老院の議会の場面だった群衆の場面に、ナチスの集会のような異様さを持ち込んだJ・J・エイブラムスのアイデアが良い。2015年のVFXの進化の髄を駆使した飛行船の攻撃の場面など、特に後半のVFXと音響効果には目を見張るものがある。BB-8に主役を譲った感もあるドロイドたちの力関係だが、C-3POとR2-D2も自我を主張し、更にBB-8との触れ合いもあり目が離せない。監督はレジスタンスが静かに結束していく様子など群衆シーンの描き方が『スター・トレック』シリーズ同様に大変巧い。それぞれの言い分に見せ場を持たせ、レイア将軍以下組織としての在り方をベースに、パイロット一人一人に至るまで粗雑に扱うことがない。決してレイ一人の手柄ではなく。それぞれの持ち場で頑張った結果が今回の勝利なんだと観客に理解させる。2009年の『スター・トレック』ではまだまだフレームのサイズがテレビドラマ特有のクローズ・アップだらけだったJ・J・エイブラムスとダン・ミンデルの関係性も、随所に効果的なロング・ショットが登場する。

 エピソード8の展望だが、クライマックスで出て来た「あの男」とレイの関係性は大きな焦点となるだろうし、あの男とレイア将軍の再会の場面も見逃せない。何よりR2-D2があの男の到着を今か今かと待ちわびているだろう。またマズ・カナタの「武器を持ってるじゃないか?」の言葉の真意や、どうしてフィンがフォースを扱うことが出来たのかなど回収されていない伏線は無数に転がる。今回、アダム・ドライバー扮するカイロ・レンの独特の善人気質というか、悪に染まりきれていない感じをJ・J・エイブラムスはあえて未整理のままフレームに焼き付けていたが、彼の悪役としての烈しさがどこまで身につくのかも楽しみで仕方ない。伝統あるシリーズをしっかりと新しいものに昇華し、継承しようとするJ・J・エイブラムスの『スター・ウォーズ』への愛情を確かに感じる見事な136分間である。

【第619回】『スター・トレック イントゥ・ダークネス』(J・J・エイブラムス/2013)


 前作から1年後の西暦2259年、Nクラス惑星ニビル、ジェームズ・T・カーク(クリス・パイン)は青い装束を身に纏いながら、原住民たちから必死で逃げていた。その手に握られた神と崇められた秘宝、突如目の前に現れた巨大モンスターに絶体絶命の中、レナード・"ボーンズ"・マッコイ(カール・アーバン)に間一髪助けられる。2人が原住民たちの追跡から必死で逃げる様子は、スピルバーグの『インディ・ジョーンズ』シリーズを真っ先に想起させる。一方その頃、スポック(ザカリー・クイント)とウフーラ(ゾーイ・サルダナ)、ヒカル・スールー(ジョン・チョー)一行は火山の噴火活動を止めようともがいていた。転送システムを用い、火山内部にワープしたスポックだが手綱が切れ、絶体絶命のピンチに陥る中、カークとマッコイは崖の上から数100mダイブし、海の中に潜ったU.S.S.エンタープライズ号に乗り込む。船が錆びると喚くモンゴメリー・"スコッティ"・スコット(サイモン・ペグ)の心配をよそに、カーク船長は火山の中にいるスポックに通信を試みる。原住民たちに姿を見られてはならないという規則を守るためには絶命するしかないと話すスポックを遮り、カーク船長はU.S.S.エンタープライズを真上に切り返す。その様子を見た原住民たちは赤土の上に戦艦の絵を描き、神のように崇め奉る。だが「艦隊の誓い」に違反したとしてカークは厳重注意を受け、USSブラッドベリの副官に降格させられる。

規律よりも直感を重んじるジェームズ・T・カークと、規則に忠実に動くスポックは相変わらず水と油の関係である。前作で地球の危機を救ったはずのカークは、父親代わりであるクリストファー・パイク(ブルース・グリーンウッド)の逆鱗に触れる。パイクは結果オーライの立場をわきまえないカークの無謀な挑戦を糾弾し、指揮官としてはあるまじき行動だと説教する。だが酒場で呑んだくれていた男を励ますのは、メンターであるパイクの仕事である。父の不在を抱え、幼少期から何度も警察のお世話になり、暴力事件や女癖の悪さからトラブルメイカーとして知られる主人公は、まだ一人前の船長になり切れていない。今作は謂わば、個人主義の権化のようだったジェームズ・T・カークの成長譚である。優柔不断な個人の判断は部隊を危険に晒し、やがて組織や国家をも揺るがす最悪の事態にもなり兼ねない。今作においてカーク船長はありとあらゆる局面で常に個人なのか。組織なのかの判断を迫られる。その一方で組織を守る規則の絶対的支配下に置かれたスポックも、時に規則よりも個人の判断が試される現場に遭遇する。前作ではラブラブだったウフーラとの不和、カークとことごとく食い違う見解は、半人前のカークとスポックとを鏡像関係で結び、2人に大きな成長を促す。葛藤の末の前作とは正反対な船長交代劇が物語をドラマチックに飾る。

まるで『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の最終適性試験のようだった前作『スター・トレック』は、SFであってもシリーズの血脈を感じさせる場面はあまりなかった。それゆえ、 J・J・エイブラムスは『スター・トレック』シリーズの悪役としてコア層に圧倒的に浸透したカーンを担ぎ出す。かつてリカルド・モンタルバンが演じた最高の悪役を演じるベネディクト・カンバーバッチの、主人公たちを越える圧倒的な存在感が素晴らしい。端正な顔立ちの裏に潜む静謐な凶暴性が姿を現わす秀逸なクライマックス。冒頭部分はスピルバーグの『インディ・ジョーンズ』、中盤以降はジェームズ・キャメロンの『エイリアン』シリーズを感じさせる迷路のような母艦内の闘争場面や、クライマックスの『ターミネイター』シリーズのような生身の追走劇など出自となった70~80年代のアメリカ映画のヒット作の影響を盛り込みながら、20世紀の名物シリーズを21世紀に的確にアップデートし、2000年代のアメコミ映画や9.11以降の視座をしっかりと物語に織り込んでいる。20世紀的なストレートな勧善懲悪の物語に対し、今作においてはジェームズ・T・カークもスポックも、敵役であるカーンさえも正しい道を真っ直ぐに進んでいるのか自問自答する。彼らは常に組織なのか個人なのかというアンビバレントな思いを抱えながら、最後には自分の思いに忠実に決断する。J・J・エイブラムスの才気が果たしてSF向きなのかという判断は結論に達しているものの、一切の感情がなかったスポックの涙から、後半部分の畳み掛けは問答無用に素晴らしい。

【第618回】『スター・トレック』(J・J・エイブラムス/2009)


 リチャード・ロバウ船長が指揮する惑星連邦宇宙艦隊所属船USSケルヴィン内、副長ジョージ・カーク(クリス・ヘムズワース)は突如、謎のミサイルの衝突を受ける。艦隊は致命的なダメージを負い、船長ロバウは交渉のために敵方の母艦に向かう。ロバウはジョージに対し、「15分以内に戻らなければ、スペース・シャトルで脱出しろ」と話し、「船長は君だ」という言葉を残し、闇の中に消える。こうしてナラーダ号の船長を務めるロミュラン人男性ネロ(エリック・バナ)の罠に落ちたロバウ船長は絶命し、後継者カーク船長は、ナラーダ号による最初の攻撃で破壊された機体を何とか立ち直らせようと試みる。皮肉にも艦内ではジョージ・カークの妻のウィノナ・カーク(ジェニファー・モリソン)がナラーダ号の攻撃で産気づく。お腹の中の子供は父親最大の危機を知り、早く外の世界に飛び出そうとする。カーク船長は産気づく妻を何とかスペース・シャトルに乗せるように指示するが、自らは最後までナラーダ号と戦うことを決める。産気づく妻ウィノナと、討ち死に覚悟で体当たりを試みる死を覚悟したカーク船長との苛烈なクロス・カッティング。やがてこの世に生を受けたのが男の子だとわかると、ジョージ・カークは安堵の表情を浮かべながら、想像の中でしか思い描くことの出来ない息子に対し、全ての希望を託す。

『スター・トレック』シリーズの実に11度目の映画化であり、新シリーズの記念すべき第1作。強烈な父性を失ったジェームズ・T・カーク(クリス・パイン)は酒とケンカに明け暮れる日々を送っていた。アメリカ映画では何度も観た呑んだくれ同士の女を賭けた場外乱闘。その喧騒を止める1人の男の姿。惑星連邦宇宙艦隊所属船U.S.S.エンタープライズ号を指揮するクリストファー・パイク(ブルース・グリーンウッド)は、ジェームズを何とか更生させ、メンターとして正しい方向に導こうとしている。映画はジェームズ・T・カークの成長譚と並行して、シリーズもう1人の主人公であるスポック(ザカリー・クイント)の生い立ちにフォーカスする。バルカン人の父と地球人の母のハーフであることでいじめられた彼は、バルカン科学アカデミーへの入学を蹴って宇宙艦隊を志す。屈折した男はいわゆる堅物であり、理論によってのみしか行動を動かされることはない。直情型で極めて情緒的なジェームズ・T・カークと、いつも沈着冷静で冗談のまったく通じないスポックとの対比を鮮明にしながら、J・J・エイブラムスの演出は端役の1人1人に至るまで細かな描写を惜しまない。医療士官のレナード・マッコイ(カール・アーバン)を筆頭に、ニヨータ・ウフーラ(ゾーイ・サルダナ )、ヒカル・スールー(ジョン・チョー)、パヴェル・チェコフ(アントン・イェルチン)ら仲間たちに連帯をもたらす物語は、2時間のドラマを俯瞰で把握出来るJ・J・エイブラムスらしい極めて優等生な手腕である。

数十年前に父性を失った男とたった今母性を失った男との友情物語を主軸にしながらも、血族の因果が巡るストーリー・テリングは真っ先にライバル・シリーズである『スター・ウォーズ』を彷彿とさせる。今にして思えば超巨大プロジェクト『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』に至る最終適性試験のような今作は、20世紀的なSFのセオリーを踏襲しながらも、そこに過去と未来の往来やタイムワープの概念を盛り込み、活劇に新味を吹き込んだ。『ミッション:インポッシブル』シリーズのベンジーに続き、またしても逆転の救世主たるモンゴメリー・スコット(サイモン・ペグ)の痛快な人物造形、ジェームズ・T・カークとモンゴメリー・スコットの息の合ったコンビネーションは、さながら『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのマーティ・マクフライとドク博士の関係をも想起させる。今作はJ・J・エイブラムスが幼少期に体感したジョージ・ルーカスやロバート・ゼメキスへの多大なるリスペクトなのだ。『SUPER8/スーパーエイト』にてスティーヴン・スピルバーグへの強固な愛を披露したJ・J・エイブラムスの70〜80年代オマージュには『クローバーフィールド/HAKAISHA』のような革新性は無いものの、前時代的な要素の中から、必要な素材を引っ張り出すいわゆるサブカル的なJ・J・エイブラムスの手腕と、類稀なる優等生的なバランス感覚が光る。白人のジェームズ・T・カークと異星人の血を引くスポック、ヒスパニック系のウフーラ、アジア系のスールー、それにロシア系のチェコフを加えたU.S.S.エンタープライズ号のラインナップは、白人原理主義とは相容れないグローバルな連帯を促している。

【第314回】『スター・ウォーズ エピソード7/フォースの覚醒』(J・J・エイブラムス/2015)

ネタバレ注意
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