【第1049回】『Disney's クリスマス・キャロル』(ロバート・ゼメキス/2009)


 19世紀半ばのロンドン。金貸業を営むスクルージは金がすべての嫌われ者。クリスマス・イヴだというのに貧しい人への寄付をはねつけ、“貧乏人は死んでも構わない。余計な人口が減るだけだ”と悪態をつく始末。そんな彼の前に、7年前に死んだ共同経営者マーレイの亡霊が現われる。彼は怯えるスクルージに対し未来への警告を発し、その運命を変えるために3人の霊がやって来ると言い残して姿を消す。やがて一人目の霊が現われ、スクルージを過去のクリスマスの日々へと連れ出す。そこで彼が目にしたのは、少年から青年時代にかけての、夢を抱き優しい心を持っていたスクルージ自身の姿だった。師匠のスピルバーグも『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』で、ジェームズ・キャメロンも『アバター』でハリウッド映画におけるモーション・キャプチャの可能性を探っていたが、ゼメキスのこの技術へのこだわりは尋常ではない。90年代には生身の人間と既に他界した人間の映像との融合を試みた男は、21世紀になって実際の俳優たちの身体表現をCGに変換する。『ポーラー・エクスプレス』ではトム・ハンクス、『ベオウルフ/呪われし勇者』ではアンソニー・ホプキンスやジョン・マルコヴィッチ等の性格俳優を担ぎ出したが、ここに来てコメディ俳優として一時代を築いたジム・キャリーに主人公他7役の身体表現を託している。

 過去・現在・未来を司る3人の亡霊が順番に現れる様は、かつて『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズを撮ったゼメキスの専売特許だろう。まず過去の亡霊が現れ、彼の昔の姿と対面させる場面は子供向け映画らしからぬ展開を見せる。子供の頃から孤独な少年だったスクルージは、亡き妹の存在だけが唯一の希望だった。やがて彼にはベルという聡明な女性が現れるが、お金に執着し始めた彼を見限り、去って行く。現在の亡霊は彼に仕えるクラチット家の様子を俯瞰で提示する。自分のことをどう思っているのかを盗み見するのは誰だって嫌なことだが、クラチットの息子ティムの身体が弱いことを知ったスクルージは亡霊に命乞いをするが、余分な人口が減った方がマシだと言い取り合わない。正気を奪われた男が亡霊の力で正気を取り戻した途端、かつての自分の合わせ鏡のような言動をする亡霊を見るという倒錯的な光景。次いで出て来た未来の亡霊がスクルージに提示する物語は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズにおけるマーティが辿ることになる運命よりも遥かに厳しい。

 モーション・キャプチャによるゼメキスの活劇は、基本的に追いかけられるか滑り落ちるかのどちらかである。中でも高所からの落下のイメージにゼメキスは異様に執着する。空撮では絶対に成し得ない冒頭のロンドン上空の撮影もさることながら、現在の亡霊が俯瞰で真上から見る光景や、雪に覆われたロンドン郊外をまるでスキーをするかのように滑り落ちる場面にもゼメキスのモーション・キャプチャの特色が見える。要は3Dを奥行きで据えるか高低差で据えるかの感覚的な問題なのだが、ゼメキスは徹底した高低差主義者なのである。あとは自宅の間取りも室内を降りてくる印象的な長い階段を中心にレイアウトされているのは言うまでもない。かつて実写映画『永遠に美しく』でも同じような階段が出て来たが、スクルージは階段をその足で降りるのではなく、倒れこみ、滑り降りるのである。ジム・キャリーが老い先短い老人を演じて、ゲイリー・オールドマンが病弱のティム少年を演じるというある種の時間的倒錯性も、ロバート・ゼメキスの専売特許であろう。

【第793回】『ロマンシング・ストーン/秘宝の谷』(ロバート・ゼメキス/1984)


 ロマンス作家のジョーン・ワイルダー(キャスリン・ターナー)は、新作を出版社の編集者グロリア(ホーランド・テイラー)に届けて帰宅すると、部屋中がめちゃくちゃになっていた。やがて、南米コロンビアにいる姉イレイン(メアリー・エレン・トレイナー)から電話がかかって来る。彼女はギャングに誘拐されており、数日前にジョーン宛に夫が出した手紙の中にある地図を持って来てほしいというのだ。ジョーンは、早速コロンビアに飛ぶ。処女作『抱きしめたい』でビートルズの上陸に浮かれる若者たちの青春群像劇を描き、スピルバーグの『1941』の脚本に抜擢されたボブことロバート・ゼメキスの長編3作目。音楽にフォーカスした処女作『抱きしめたい』とクラシック・カーにフォーカスした2作目『ユーズド・カー』はどちらかと言えばスピルバーグよりもジョージ・ルーカスの強い影響を感じたゼメキスだったが、ここでは盛大にスピルバーグの『インディ・ジョーンズ』の二番煎じをやっている。あちらは考古学者インディアナ・ジョーンズがお宝探しのために自ら財宝の眠る国に飛んでいたが、今作ではジョーン・ワイルダーという名前の売れっ子女流作家が主人公であり、彼女の危機にジャック・コルトン(マイケル・ダグラス)が着込まれるいわゆる「巻き込まれ型」のサスペンスである。構造として、最初に偶然、ある情報や財宝を手に入れ、次にその奪還を目的とした謎の組織に命をつけ狙われる羽目になるのだが、今作の構造はまさに優等生的に「巻き込まれ型」サスペンスの王道パターンを反復する。

 冒頭の西部劇、服のはだけた女は凶悪な男の毒牙につかまりそうになるが、彼女が太ももに忍ばせていたナイフが心臓を一刺しする。こんな安直な結末の小説で何がベストセラー作家だよと思うのも事実なのだが 笑、彼女の現実は小説ほど満たされていない。執筆に夢中になりトイレット・ペーパーの買い出しをすっかり忘れ、洗い物をするのが面倒で、暖炉に食器を投げる様子から主人公のガサツで枯れた生活が伺える。いま観ると主人公のキャスリン・ターナーの生活ぶりはもう少し丁寧に炙り出しても良かったはずだ。急転直下、マンションの廊下で管理人が刺され、部屋が荒らされたところから主人公は否応なしにサスペンスに引きずり込まれる。彼女の夫はなぜ妻の妹に大事な地図を託したのか?そういう細部は無視しても、どんどん力業でアクションは起動する。言葉が通じない異国、誰ともコミュニケーションの取れない恐怖の中、彼女にとって救世主となる人物が唐突に現れるが、実は彼は救世主でも何でもなく、主人公の持っている地図を狙う悪徳軍人のゾロ(マヌエル・オヘイダ)である。彼女にとって真の救世主となるのは、待ち構えている人間たちではなく、そこを偶然別の用事で通りがかったトラックの持ち主ジャック(マイケル・ダグラス)の方である。女の頼みにも金銭を要求し、重いスーツケースさえ持ってやらない彼の自己中心的な行動に困り果てているのかと思いきや、そうではない。

 今作は本格的なサスペンスでありながら、主人公にとって運命の出会いを横軸に用意する。80年代のコロンビアの治安の悪さの大げさな描写にはやや首を捻りつつも、実はメキシコの山奥で撮影されたアクション・シーンの金のかからない上手さに職人監督ロバート・ゼメキスの名人芸がある。スピルバーグのように派手なカー・チェイスは出来なくとも、100mくらいの車の交差だったり、草原での疾走で十分スリリングに見せるし、断崖絶壁からのスタントマンによるターザンも文句なく面白い。麻薬シンジケートに主人公の小説のファンがいるというのは幾ら何でも信じ難いが 笑、マリファナの焚き火で決まり気絶した運命の人ワイルダーをジャックは決して犯したりしない。『インディ・ジョーンズ』シリーズでは、スピルバーグが虫や爬虫類を細かな演出の一部として用いる中、ロバート・ゼメキスはヘビやワニをあえてアクションの起爆剤として起用する。男女のすれ違いの場面では大蛇が、ラストのエメラルド強奪戦においては凶悪なワニがゾロの片腕を噛みちぎろうとする。そしてアクションの終点にも、エメラルドを呑み込んだワニを取るか?それともジョーン・ワイルダーを助けるのか?ジャックは二者択一を迫られることになる。スピルバーグが『1941』でコメディエンヌとしての決定的な才覚の無さを披露する中、アクションの中にコメディの萌芽を少しずつ混ぜ込もうとするゼメキスとスピルバーグとの作家性の違いが鮮明になる。それを一手に引き受けるのが、80年代に一斉を風靡したダニー・デヴィートその人である。ジャックがワイルダーのために新しい服をベッドに用意する場面は、スピルバーグが後に『オールウェイズ』でオマージュを捧げている。ゼメキスはキャリア初期からロマンス描写もすこぶる上手かったことを再確認した。

【第732回】『マリアンヌ』(ロバート・ゼメキス/2016)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

【第731回】『フライト』(ロバート・ゼメキス/2012)


 フロリダ州オーランドの大きなホテル、オーシャン・ビューなリゾート地のホテルの真上を早朝から飛行機が飛ぶ。7:13が7:14を示した途端、Barenaked Ladiesの『Alcohol』が大音量で鳴る。全裸のカテリーナ・"トリーナ"・マルケス(ナディーン・ベラスケス)はその音に目覚めるが、前日の疲労が溜まりしばらく動けない。彼女はゆっくりとマリファナに火をつける。キングサイズのベッドの傍らではウィップ・ウィトカー(デンゼル・ワシントン)が未だ目覚める気配がない。彼らは同じ便に登場する同僚だが、あろうことかアルコールをしこたま呑み、コカインでラリって一晩中セックスに興じていた。ウィトカーの携帯が鳴り、ようやく彼は目覚める。通話相手は別れた女房ディアナ(ガーセル・ボヴェイ)。大学に進学することになった彼の息子の学費をせびろうと電話をよこすも、息子が直接頼むべきだと言って聞かない。昨晩の残りのコロナ・ビールを吞み干し、机にあったコカインの白い粉を鼻の奥深くまで一気に吸い込んだ一睡もしていないウィトカーは天にも昇るような絶頂の最中にいる。トリーナと別行動で、定刻通り9時にフライトするサウスジェット航空のSJ227便に乗り込もうとする男はタラップで足を滑らせる。既に酩酊し、千鳥足の男はその素振りを隠すような一流パイロットの風格を讃えながらコクピットへ乗り込む。その日の副操縦士は初めてコンビを組むことになるキャリアの浅いケン・エヴァンス(ブライアン・ジェラティ)だが、彼はウィトカーの呼気の尋常ならざる匂いに戸惑いを見せる。

 今作を語る上では、やはり今作とクリント・イーストウッドの『ハドソン川の奇跡』との比較は外せない。健康に何の問題もなく、アルコールも一切嗜まずフライトする清廉潔白なベテラン・パイロットであるチェスリー・"サリー"・サレンバーガー(トム・ハンクス)に対し、ウィップ・ウィトカーは前日からのアルコールとコカインの影響が残る状態に、更に朝方コロナ・ビールと白い粉数mgに興じ、そのままの状態で空の旅へ出る。事故当時、フロリダ州には朝から大雨が降り、視界も悪く、翌日への延期を危惧するような悪天候だったが、既にハイになったウィトカーにはオーランド国際空港からハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港への40分の旅など大したミッションには思えない。タービュランス(乱気流)をいとも簡単に抜けた男は、一旦は乗客・乗員102名の命を救いかけるが、アルコールは呑めないというスピーチの席で、彼は死角となった左手でオレンジジュースにウォッカの瓶を3本混ぜる。傍若無人なウィトカーの振る舞いはあろうことか先程全体絶命の危機を救った操縦席内で、アイマスクをしながらウォッカに酩酊し、自動操縦の中眠りこける。そんな彼の傍若無人な態度に神様が天罰を与えるかのように、天候不良の中アトランタへ向かうはずの機体は突如コントロールを失う。ようやくそこで目が覚めたウィトカーは自堕落な飛行テクニックを開陳し、あろうことか期待を水平に保つために背面飛行まで試みるのだが、飛行機の両翼(天使の羽)のうち左翼は象徴的なキリスト教教会のシンボルを真っ二つにしながら地面で静止する。この時点で彼の意識は溷濁するのだが、彼は奇跡的に一命を取り留める。しかし天使の羽の片翼を失った彼の判断は案の定、国家運輸安全委員会(NTSB)の疑惑の目に晒されることとなる。

 だが今作の『ハドソン川の奇跡』との特異性とは、クリント・イーストウッドのような「法と正義の行使の不一致」に伴う司法と個人との判断の差異を問うのではなく、ウィップ・ウィトカーが自分はアルコール依存症であると認められたなかったウソつき時代から、ようやく彼が自分自身と向かい合い、虚飾に塗れた人生を清算することになるまでを丁寧に描写していることに尽きる。ここではもはや、彼の背面飛行は象徴的なキリスト教教会へのダメージを防がなかったかに焦点は割かれず、彼のアルコール・ドランカーでドラッグ・ジャンキーな自分自身とどう向き合うかにドラマの本流は巧妙にずらされる。『ハドソン川の奇跡』において、自分の身の潔白を証明するために開かれたクライマックスの会議がここでは、キリスト教会の懺悔室のように依存症となった弱いウィトカーに静かに語り掛ける。彼にはアメリカ全土を渡り歩くホテル暮らしがお似合いであり、帰るべき家を失ってしまっている。『キャスト・アウェイ』でチャック・ノーランド(トム・ハンクス)がフィアンセのケリー・フレアーズ(ヘレン・ハント)の家には永遠に戻れなかったように、今作でアメリカ社会からジャマイカへ逃亡しようと彼が誘うのが、ヤク中患者で元ポルノ女優のニコール・マッゲン(ケリー・ライリー)に他ならない。彼女がアメリカ社会に馴染めず、やがて傷つき底辺に落ちる様子はどことなく『フォレスト・ガンプ/一期一会』のジェニー・カラン(ロビン・ライト)を彷彿とさせる。彼女に帰るべき場所(祖父の住居)を与えたウィトカーだが、彼女は彼の誘いを断り、アメリカ国内で薬物を断つ決心をし、彼の元を離れる。副機長ケン・エヴァンスのステレオタイプなクリスチャンな描写などややステレオタイプな演出が目につくものの、救世主となるハーリン・メイズ(ジョン・グッドマン)と3階の非常階段で出会うジェームズ・バッジ・デールの悪魔のような怪演が光る。

このカテゴリーに該当する記事はありません。