【第517回】『ダーティファイター』(ジェームズ・ファーゴ/1978)


 サンフランシスコの田舎町。カントリー・ミュージックを聴きながら、トラック運転手ファイロ・ベドー(クリント・イーストウッド)は今日も仕事を終え、営業所に戻る。事務職の女の子との熱いキス、別の女の子には目くばせをするプレイボーイな姿。やがて呑み屋で一息つくと、2つ隣の見知らぬ男が食べていたピーナッツを盗み食いする。それに激昂した男を蹴散らし、何食わぬ顔で店を後にする。家に帰り、ビールを飲みながら離れに顔を出すと、凶暴化したチンパンジーの姿。先ほど持ってきたピーナッツとビールをチンパンジーにあげながら、男は満ち足りた表情を浮かべる。下宿の隣に住むオーヴィル・ボッグス(ジェフリー・ルイス)はママと、今日も何度目かの自動車免許取得試験へと向かう。ファイロはトラック運転手、オーヴィルは自動車修理工として働きながら、裏稼業としてストリート・ファイトに精を出している。小銭がなくなっては、人を殴って小銭を稼ぐ。今日も連戦連勝で気を良くしたファイターのファイロとマネージャーのオーヴィルは、カントリー・ミュージックの生演奏がある馴染みのナイトクラブに繰り出す。ビールを呑み、そろそろ帰るかというところに新入りの歌手・リン・ハルゼイ=テイラー(ソンドラ・ロック)が現れる。彼女の声、容姿にファイロ・ベドーの目は釘付けになる。やがて良い仲になった2人は夜の闇の中に消えていく。

『アウトロー』『ガントレット』に続く3本目のイーストウッド×ソンドラ・ロックの共演作。実際に私生活では『ガントレット』の撮影中から2人は良い仲だったらしく、ここでも仲睦まじい2人の掛け合いが微笑ましい。今作のソンドラ・ロックの造形は、これまでで最もファム・ファタールな女として造形される。朴訥とした歌声、色白の肌、ガリガリに痩せた体型、大きな瞳を併せ持った稀代の美女にファイロ・ベドーは一瞬で恋に落ちる。女には愛の醒めたプロモーターがいて、夢を盾に女を契約で縛り付ける。つまり籠の鳥状態をファイロにアピールするのだが、彼はハリー・キャラハンのように現実思考でなく、ロマンチストである。腕っ節の強い労働者階級の男ファイロ・ベドーには、女を不自由にする男の身勝手が許せない。翌日、オランウータンに会おうと約束したリンのトレーラー・ハウスに向かうが、既にもぬけの殻でそこにリンの姿はない。ファイロは運命の女、リンを追い求めてサンフランシスコからコロラドへと車を走らせる。『ガントレット』にもソンドラ・ロックのあばずれぶりは垣間見えたが、今作の恋の展開は『ガントレット』とは真逆の方向へと向かう。あるいはイーストウッドの処女作『危険なメロディ』におけるジェシカ・ウォルター側の心の叫びとも見て取れる。ジェシカ・ウォルターもファイロ・ベドーもたった一晩だけの恋心を運命だと信じて疑わない。男女の違いはあれど、今作もそんな一方通行な思いが悲恋へと向かう。

イーストウッドの映画と言えば、『ダーティハリー』シリーズに代表されるように、全編オシャレで軽快なJAZZが流れるスタイリッシュな作風だったが、今作では土臭いカントリー・ミュージックにガラリと曲調を変えている。モテ男としてのイーストウッドの造形を、初めて冴えない男に変えた物語は、労働者階級を中心にアメリカ全土で爆発的なヒットを記録した。白人至上主義に異を唱え、これまでメキシコ系、先住民族、黒人とマイノリティばかりを相棒に起用してきたイーストウッド映画が、もはや人ではないオランウータンを相棒にする本末転倒なブラック・ユーモア。早撃ちのガンマンとしてのイーストウッドの器用なイメージを封印し、自らは拳と拳の殴り合いに賭ける男を演じ、その代わり、バイカー集団に猟銃を撃ち込むのは年老いたオーヴィルのママさんという突拍子の無さ。途中、ファイロたちの命を付け狙う警察やバイカー集団の無能っぷりなど、様々な小ネタを要所要所に挟み込んでいる。絶体絶命の危機を救ったのが、オーヴィルの彼女エコー(ビヴァリー・ダンジェロ)というのも、気が強い女が好みなイーストウッドらしいシニカルさである。今作が何よりも痛快なのは、ファイターの顔を殴り、ダーティファイターにするのが、百戦錬磨のストリート・ファイターたちではなく、リンであるという事実であろう。『アウトロー』では気の弱い薄幸のヒロインを演じたソンドラ・ロックだが、その役柄は徐々に気の強さを増していく。今作はクリント・イーストウッドという俳優の型を破った一作であり、『ダーティハリー』の大ヒットを超え、これまでのイーストウッドのキャリア最大のヒット作となった。

【第513回】『ダーティハリー3』(ジェームズ・ファーゴ/1976)


 サンフランシスコ郊外の峠、殺風景な舗装されていない道路。グラマラスなバストを見せつけるような白いシャツ、デニム・ショート・パンツ姿の女が道路に向けて親指を立て、ヒッチハイクをしている。そこに停まる一台の車。中からスケベそうな若者が名乗り出るが、女はこの男のことなど最初から眼中にない。やがて小さなダイナーから出て来た作業着姿の2人組。用意周到に「乗せてってくれない」というブロンド美女からの誘いを断れず、男たちは女を乗せる。車に書かれた「ウェスタン・ガス会社」のロゴ・マーク。やがて車は右折し、ビールがあるというブロンド美女の家へと向かう。相棒がビールを取りに行くそばで、運転手が山々を見ながらタバコをくゆらせている。そこに気配なく現れた若いヒッピー崩れの男。不協和音と共に男の狂気の目のエクストリーム・クローズ・アップ。その手には猟銃と短剣を持ち、ゆっくりと気配を消しながら歩いた男により惨劇は起こる。一方その頃、ハリー・キャラハン(クリント・イーストウッド)は相棒の白人刑事フランク・ディジョージオ(ジョン・ミッチャム)とサンフランシスコの街を巡回中、強盗事件の報が入り、現場に急行する。人質を取り、酒店に立てこもる3人の男、新調したスーツを床で汚され、怒り心頭のキャラハンは車で酒店に突入し、犯人3人を殺すものの、甚大な損害を出したことがもとで、刑事課から人事課への異動を命じられる。

サンフランシスコ市警察殺人課に勤めるハリー・キャラハン刑事の活躍を描いた『ダーティハリー』シリーズの第三弾。メキシコ人、黒人と続いた相棒の歴史が、満を持して女性警官ケイト・ムーア(タイン・デイリー)となる。一貫して白人至上主義への強い疑念と、マイノリティへの尋常ならざる愛情が滲む。2の悪徳警官たちが一掃され、1に登場したアル・ブレスラー警部補(ハリー・ガーディノ)やフランク・ディジョージオらが脇を固めるものの、依然として上司であるマッケイ市警察本部長(ブラッドフォード・ディルマン)との折り合いは悪い。今シリーズは一貫して、犯人を追い詰めながら、それと共に国家権力や官僚機構へのキャラハンの苛立ちを描いている。「ウェスタン・ガス会社」の2人組の殺人事件が最初のポイントであるが、肝心要のキャラハンを人事課へと追いやることで、キャラハンとの不在とズレこそが今作の肝となる。当初の相棒だったフランク・ディジョージオは、キャラハンのいない時に手柄を狙い、凶弾に倒れる。明らかに複数犯と見られる犯人像に対し、サンフランシスコ市警は大ベテランであるフランクの代わりに、若い女を相棒に付ける。このケイトという名の女性と、人事課での私服警官の採用試験時に既に会っていることが物語上、重要なしなを作る。ここでもイーストウッド独特の怪訝な表情は健在であり、「My Ass」という差別用語の使い方は『真昼の死闘』のシャーリー・マクレーンや『恐怖のメロディ』のジェシカ・ウォルターを彷彿とさせる。銃を撃ったこともなければ、犯人を逮捕したこともない女を当てがわれ、思わず口を突いて出た言葉「泣けるね」が何度も連呼される今作は女性蔑視のそしりを免れない。だがそれ以上に正義に燃える新人の意欲とは対照的な、サンフランシスコの街の現実的な腐敗、凶悪犯の増加など非情な現実を教えこもうとする現実主義の教育的姿勢が泣ける。

今作の犯人の造形も、1、2と同様にヴェトナム戦争の帰還兵として描写される。戦時下のPTSDが帰国後の生活に影響を来たし、彼らは快楽殺人に手を染めるが、主犯格の男は71年の夏のフィルモア街の淫売事件にも関わっていたことが明かされる。2で孤独に沈む男たちに徒党を組ませたところから、単独犯だったスコルピオ以上のサイコキラーを生み出せていないことがシリーズ最大の問題であり、ネックであろう。今作でも若者達は徒党を組み、「人民革命攻撃隊フェッセンハイム」を名乗るものの、彼らのスケールの小ささは最初からハリー・キャラハンとではあまりにも釣り合わない。イーストウッドはむしろ彼らの造形よりも、ただのミスリードにしか過ぎないはずの黒人過激派のリーダーであるビッグ・エド・ムスタファ(アルバート・ポップウェル)にこそ多くの熱量を割く。ポップウェルは1では銀行強盗犯として、まんまとキャラハンにしてやられ、2では売春組織の元締め(PIMP)として呆気なく犯人の凶行に敗れたが、今作ではまるで前作『アウトロー』におけるコマンチ族の酋長テン・ベアーズとの和解のように、常に疑惑の目で見られる白人たちとマイノリティとの友情の重要な挿話を成す人物として立ち現れる。中盤のポルノ撮影現場やダッチワイフなどの描写は流石にやり過ぎのような気もするが、監督のジェームズ・ファーゴはサンフランシスコの街は裏も表も汚れてしまっていることを強調する。心臓麻痺を装いタダ酒をあおる老人も、死体の脳みそをくり抜いてほくそ笑んだ警察内部の人間も、はたまたポルノビデオの勧誘ビラを折り込むリベラル風なご婦人たちも、みんなダーティなのである。クライマックス、アルカトラズ刑務所での決戦は3年後の『アルカトラズからの脱出』として見事に結実する。ケイトが357や38ではなく、44の理由をキャラハンに聞いておいて、最後の決着がバズーカと言うのは確実に的を外している感があるが 笑、97分に短く纏めたジェームズ・ファーゴの手腕は決して悪くない。

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