【第717回】『シチズンフォー スノーデンの暴露』(ローラ・ポイトラス/2014)


 ある日、ドキュメンタリー映画作家ローラ・ポイトラスの元に1通のメールが届く。発信源は唐突に自らを“シチズンフォー”と名乗った。彼女はイラク戦争中の市井の人々を描いた『My Country, My Country』やグアンタナモ収容所についてのドキュメンタリー映画で高い評価を得るが、その結果、アメリカ当局から入国の度に監視や妨害を受けてきた。2012年、NSA内部告発者にインタビューした短編ドキュメンタリー『The Program』を撮った彼女は“シチズンフォー”に告発のパートナーとして相応しい人物だと判断され、直に指名される。当初は脆弱なセキュリティに必要以上にシリアスになる“シチズンフォー”だったが、一ヶ月後、彼から暗号化された長文メールが届く。それは、NSA(国家安全保障局)が、米国民の膨大な通信データを秘密裏に収集しているという衝撃的な告発文だった。“シチズンフォー”は当初、信頼できるジャーナリストに情報と証拠を提供したいと考え、英国大衆紙「ガーディアン」のジャーナリスト、グレン・グリーンウォルド氏に匿名のメールを送る。「重要な情報を渡したいが、このままでは検閲されてしまうので、まずはメール用の暗号プログラムをインストールしてくれ」という内容だったが、グリーンウォルドは取り合わない。そこで彼はターゲットを前述のローラに変え、何度もコンタクトを試みる。

 2013年6月3日、ローラは“シチズンフォー”の求めに応じ、グレン・グリーンウォルドとともに香港へ向かった。“シチズンフォー”と名乗る匿名の人物の正体は、エドワード・スノーデンという青年だった。今作のドキュメンタリーとしての凄みは、彼女自身がエドワード・スノーデンに名指しで指名されたことに尽きる。1983年生まれで皮膚感覚でマスコミの怖さを知っている男は数少ない味方になる人物として、これまで一度も会ったこともなければ話したこともないローラ・ポイトラスとグレン・グリーンウォルドを指名する。映画は当初、“シチズンフォー”とされた人物からメールでコンタクトを求められた場面は後付け情報だが、告発者との初対面の場面からはドキュメンタリー作家として意図的にカメラを回す。今となっては信じられない話だが、香港のホテルの10階、ベッドの上でグレンのインタビューを受けるエドワード・スノーデンの様子にカメラは向けられる。月曜日から火曜日、火曜日から水曜日、グレンとの話し合いで小分けにされたスノーデンの内部告発は「ガーディアン」紙に載ったグレンの記事からアメリカ全土へ一気に拡散する。映画はその9日間の革命の様子をあます所なく伝える。付けっ放しになったUSBに苛立ち、タイピングする時はなぜかマントをかぶり、警報機の音にナーヴァスになる彼の姿は我々と何ら変わらない一般市民(CITIZEN)である。キングサイズのベッドの上に置かれたPCで彼は国家と対峙し、そのストレスとプレッシャーから高級ホテルの10Fの窓から香港の風景を呆然と眺める。

 その姿は革命家と呼ぶにはあまりにも非力な青年だが、皮肉にも彼は連邦捜査局(FBI)により、情報漏洩罪など数十の容疑で国際指名手配になる。エドはローラが回すカメラの前でアメリカ国家への不満を露わにする。曰く「監視される前のインターネットには開発者たちのグローバルでオープンなネットワーク(自由)があった。しかし現在では知的自由は著しく侵害されている」のだと云う。今作の中ではエドワード・スノーデンの生い立ちや政治的立ち位置はほとんど明らかにされることはないが、グレン・グリーンウォルドが書いた『暴露:スノーデンが私に託したファイル』やルーク・ハーディングが書いた『スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実』を読むと、彼が熱狂的なリバタリアニズムの信奉者であることがわかる。リバタリアニズムとは、他者の身体や正当に所有された物質的財産を侵害しない限り、各人が望む全ての行動は基本的に自由であると主張する思想である。あまりにも印象的に映るのは、リークしたスノーデンは始終テレビに齧りつくのではなく、部屋中に鳴り響くCNNの番組をやり過ごしながら、歯を磨いたりワックスをつけて髪を整えていることである。カメラに撮られているのを理解した上で、このように平然と身嗜みを整える男は、「ヒュドラの法則」を例えに用いる。グローバル化が進行する現代では、時に国家vs個人の勝ち目のない戦いが姿を現すが、彼は自分が倒れても、第二第三の革命は起きると断言して憚らない。21世紀のグローバル時代の革命児が臆することなく語ったこの言葉の意味は、アメリカ国家にとってあまりにも重い。

【第532回】『GODZILLA』(ローランド・エメリッヒ/1998)


 1968年、フランス領ポリネシアで行われた核実験。爬虫類の進化のショットが挟み込まれ、最後に大きな卵が映る壮大なアヴァン・タイトル。南太平洋を進む日本漁船。レーダーが特殊な電波を受信し、航海士は相撲を見るのをやめ、眼前に拡がる光景を固唾を呑んで見守る。船内では魚の下処理が行われ、時間外の乗務員たちは仮眠を取っている。そこに突如大きな物体がぶつかり、船はたちまち転覆する。一方その頃、ウクライナのチェルノブイリでは豪雨の中、原子力研究所の研究員で生物学者のニック・タトプロス(マシュー・ブロデリック)が『雨に唄えば』を口ずさみながら、チェルノブイリ原発のすぐ脇に車を停める。ニックは「ミミズ男」と呼ばれるミミズの研究者として知られている。バック・ドアを開けると、道具入れに貼られたかつての恋人との写真。今日も研究に入ろうとした矢先、アメリカ軍の軍用機が彼の背後に突然近づく。あなたは転属になったの一声で、ニックはチェルノブイリからパナマへと向かう。被災地の調査チームに編入命令が下されたニックは畑違いだと抗議するが、そこには巨大生物の足跡が残されていた。一方その頃ニューヨークでは、新米ジャーナリストが今日も署内で悪戦苦闘している。同僚であるパロッティ夫妻にはからかわれ、直属の上司でテレビ局のメインキャスターであるチャールズ・ケイマン(ハリー・シアラー)にはパワハラで迫られる始末。そんな中、ジャマイカや大西洋でも貨物船や漁船が次々と襲われる事件が発生し、アメリカ政府は巨大生物の正体を突き止めようと躍起になる。

言わずと知れたハリウッドで製作されたゴジラのリメイク作。日本で22本製作された『ゴジラ』の原作権をトライスター・ピクチャーズが買い取り、ディザスター映画のヒットメイカーである『インデペンデンス・デイ』のローランド・エメリッヒに監督を依頼した作品だが、本家の『ゴジラ』とはまったく別物だと言っていい。まずはゴジラの造形。日本ではゴジラ・スーツを人が着込むという「着ぐるみ」を基本としており、人間のシルエットに近い縦型を基調にしている。一方アメリカ版では「着ぐるみ」ではなく、フルCGの書き込み型の造形のため、シルエットは縦型ではなく、トカゲのような横長な体型をしている。この容姿を観ただけで日本人ならばガッカリだが、そもそもエメリッヒは怪獣に対する概念を取り違えている。日本においては海底に潜んでいたゴジラが度重なる水爆実験により住処を追い出され、日本に上陸したが、エメリッヒ版では「核兵器の恐怖」という骨子が完全に取り除かれ、ただの超巨大生物(モンスター)としてしか扱われていない。その俊敏な走り方はスティーブン・スピルバーグの『ジュラシック・パーク』に登場したティラノサウルスそのものである。人知を超えたスピードは一説には480km/hとされ、ミニチュア・セットで「着ぐるみ」がゆっくりと街を破壊していく日本の特撮芸術とは対極にあると言っていい。エメリッヒは当初、人を次々に食い殺す設定で構想を練るも、東宝側の「ゴジラは人を食べない」というクレームを渋々了承したという。しかし原子力の炉心を食べずに、魚の匂いに釣られる白痴なモンスターを登場させたローランド・エメリッヒの罪は重い。日本製ゴジラの最大の魅力である放射熱線ビームを吐かないGODZILLAなど、ゴジラでも何でもない。

生物学者が招かれ、太古の生物の調査を進める前半の展開は、思いっきりスティーブン・スピルバーグの『ジュラシック・パーク』シリーズを模倣する。無能で自分のことしか考えていない利己的な市長の造形は、同じくスティーブン・スピルバーグの『ジョーズ』の町長を彷彿とさせる。金髪で頭の悪いヒロインであるオードリー・ティモンズ(マリア・ピティロ)の前時代的なキャラクター造形にも失笑を禁じ得ない。主人公のニック以外、ニューヨークの街で活躍する米国人は誰1人おらず、専らフランスの恥辱を消すために奮闘するフィリップ・ローシェ(ジャン・レノ)率いるフランスの特殊部隊というのが何とも悩ましい。オードリーのガイド役となるのもビクター・パロッティ(ハンク・アザリア)というイタリア系移民なのも何を象徴するのか?ドイツ移民であるエメリッヒは冒頭からコーヒー、フレンチトースト、クロワッサン、ガムなどの食品にアメリカ人とフランス人の差異を挟み込む。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件以前には、ここまでニューヨークを破壊し尽くしても、アメリカの観客は熱狂したのだと思うと隔世の感がある。エメリッヒの最新作『インデペンデンス・デイ: リサージェンス』でも、アメリカは依然としてテロの恐怖を忘れてはいない。クライマックスのマディソン・スクエア・ガーデンでの緊迫の攻防は明らかにジョージ・A・ロメロ『ゾンビ』のショッピング・モールでの死闘へのオマージュに他ならない。無性生殖という設定が困難の増殖を生むハリウッド的展開には誠に恐れ入るが、結局は個としてのゴジラに勝る脅威などない。種の保存に躍起になるゴジラvs人間の対決は随分あっさりと決着がつくが、この後、ラストに孵化せんとした卵は永遠にかえることがなかった。

【第515回】『インデペンデンス・デイ: リサージェンス』(ローランド・エメリッヒ/2016)

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