【第526回】『タイトロープ』(リチャード・タッグル/1984)


 ニュー・オリンズの夜の街、女だらけの誕生日会は恙無く終了し、今日が誕生日の女は満ち足りた表情で、誰もいない夜の街を足早に歩く。コンクリートの上に等間隔で鳴るピンヒールの音。それとは別の足音と気配に気付くまではあまり時間がかからない。人気のない通り、誕生日プレゼントで両手が塞がっている娼婦の女は、自宅の目の前で抱えていたプレゼントを1個落としてしまう。後ろを振り返るが誰もいない。屈んでプレゼントを取ろうとしたその瞬間、前からもう1つの手が伸びてくる。ふいに顔を上げると、大きな警察官。娼婦はほっと方を撫で下ろし、ゴキゲンなスマイルを警官に対し向ける。それに応える警官は笑顔だが、顔はあまりよく見えない。カメラはゆっくりと彼の身体を下りていくと、革靴ではなく、PUMAのスニーカーを履いた異様な姿。警官を模したサイコ・キラーの手により、1人目の殺人が起こる。スニーカーをディゾルブした印象的な場面の後、通りに出て娘たちとラガーボールで遊ぶ父親の子煩悩な姿。やがて娘はゴミ箱を漁る野良犬を発見し、うちで飼えないかと父親に強請る。ニューオリンズ市警殺人課のウェス・ブロック刑事(クリント・イーストウッド)は最愛の妻と離婚後、アマンダ(アリソン・イーストウッド)とペニー(ジェニー・ベック)という2人の娘と暮らしている。親子3人の共同生活。なかなか早く帰れない父親のブロックはお手伝いさんを雇い、2人の娘を懸命に育てている。

ニューオリンズ市警殺人課のウェス・ブロック刑事の造形は、『ダーティハリー』シリーズのハリー・キャラハンや『ガントレット』のベン・ショックリーとはまったく違う人物像として描かれる。2人の娘を懸命に育てる子煩悩な父親が表の顔だとすれば、裏の顔はマゾヒスティックな性的嗜好をうちに秘めた異常性愛者である。娼婦が次々に殺される一方で、ブロックは湿り気を帯びた猥雑なニュー・オリンズの街に夜な夜な出かけては、聞き込みはそっちのけで、娼婦たちとSMセックスに興じる。そしてブロックと関係を持った女たちが次々に殺されるのである。娘役のアマンダはまるでブロックの妻のような口調で話しかける。「家の中に仕事を持ち込まないでよ」「夜にしか活動しない女もいるのさ」。実際にこの父娘は夫婦と親子の両方の側面を持ち、時に近親相姦を思わせるマゾヒズムな加虐のメタファーも顔を出す。食事を作る一方で、父親の捜査資料の入った茶封筒を盗み見る娘の姿。次女と共にベッドに入るが、父親の不在が心配で不眠症に陥る姉の描写など、幾つかのイメージがこの父娘の近親相姦を予感させる。『センチメンタル・アドベンチャー』の息子のカイル・イーストウッド同様に、カイルの妹であり長女のアリソン・イーストウッドがイーストウッドの娘を演じるということが、2重3重の倒錯性を印象付ける。2件目の殺人の後、レイプ防止センターの指導員に捜査の甘さを猛烈に指摘されるが、この男以上に勝ち気な女ベリル・ティボドー(ジュヌヴィエーヴ・ビュジョルド)こそが、実にイーストウッドの好みの女として立ち現れる。彼女はまるでソンドラ・ロックのように、最初はブロックに対しつれない態度をとるが、次第にブロックに惹かれていくのである。

何度か出て来る元妻が、ブロックに対し一言も言葉を発しない異様な光景。ブロック夫妻は刑事物にありがちな時間のすれ違いでの離婚ではなく、彼のマゾヒスティックな性的嗜好に拒絶反応を示し、離婚したことは想像に難くない。ベリルが投げかける「手錠をかけて自由を奪うこともある?」という言葉は、ブロックの異常な性的嗜好を浄化してくれる魔法の言葉である。だが連続殺人がますます進んでいくごとに、ブロックは自分が犯人ではないかという疑念が拭えなくなる。『ダーティ・ハリー』シリーズでは犯人に対して一定の同情は示しつつも、最後には突き放したイーストウッドが、今作では徐々に自身と犯人とを同一視していく。夢で見たベリーの絞殺場面が犯人の嗜好とオーバーラップするクライマックスの過激さ。隣の部屋のベッドに寝かされていたアマンダは着衣こそ乱れていないものの、明らかに強姦されている。ここではブロックが思い描いた近親相姦のイメージが、犯人によって実行されるのである。ラストの夜の停車場での犯人とブロックの死闘とヘリコプターとのカット・バックは『ファイヤー・フォックス』の冒頭シーンを彷彿とさせる。今作は当初、『アルカトラズからの脱出』の脚本を書いたリチャード・タッグルの監督作とされていたが、初めての監督作の演出に難儀するタッグルに代わり、多くの場面でイーストウッド自身がメガホンを取っていたとされる。処女作『恐怖のメロディ』から一貫してマゾヒスティックな女性描写と性的嗜好を見せてきたイーストウッドだったが、リチャード・タッグルを隠れ蓑にして、初めてその猟奇的側面を露わにした佳作である。

このカテゴリーに該当する記事はありません。