【第676回】『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(ギャレス・エドワーズ/2016)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

【第546回】『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』(ギャヴィン・フッド/2009)


 1845年カナダ、ノースウエスト準州。ジェームズ・ハウレットとビクター・クリードは実の兄弟のように育てられていた。ある日ビクターの父親トーマス・ローガン(アーロン・ジェフリー)がジェームズの父親ジョン・ハウレット(ピーター・オブライエン)を殺そうとする現場に遭遇し、ジェームズのミュータント能力が突如開花する。拳から出たかぎ爪でトーマス・ローガンを刺し殺した男は、絶命する直前、ジェームズの本当の父親は自分だと言い放つ。森の中を逃げるジェームズと兄のビクター。やがて1世紀以上に渡り、数々の戦場で戦った兄弟は南北戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦の時代をも生き抜いてゆく。ベトナム戦争末期、上官を殺した罪で兄弟は銃殺刑に課されるが、自然治癒能力を持った2人は生き永らえてしまう。そこへ軍人のウィリアム・ストライカーが現れ、ミュータントで編成された特殊部隊「チームX」へ2人をスカウトする。だが暴力の嵐に耐えかねたジェームズは部隊を脱退し、恋人のケイラ(リン・コリンズ)と共にカナダで平穏に暮らしていた。そこへまたしてもストライカーが現れ、兄クリードがXチームの構成員たちを次々に殺しているとジェームズに警告する。

『X-MEN』シリーズの旧3部作を経て、ウルヴァリンを主人公に製作された『X-MEN』シリーズのスピン・オフ作品。シリーズでは一貫して自らの記憶を探り続けるウルヴァリンだったが、このスピン・オフでは彼の悲しい過去に焦点が当たる。旧3部作でのジーン・グレー(フェニックス)との悲恋が、今作のケイラにオーヴァー・ラップする。どんなに力が強くても自然治癒能力を有していても、どこか欠陥のあるヒーローの造形は魅力的に見える。実の兄貴ビクター・クリードとの愛情と確執を明らかにしながら、決して民間人を殺すような暴力を肯定してこなかったウルヴァリンの造形が印象的に映る。ストライカーは凶悪なビクターを倒す方法として、アダマンチウムによって骨格を強化する「ウェポンX」計画をジェームズに持ちかける。ご存知のようにこの恐怖の人体改造計画が『X-MEN』シリーズのウルヴァリンの能力の強力な素地となる。それに対し、兄のビクターは能力的にウェポンXへの強化手術には耐えられない。このウェポンXの有無が選ばれし者であるウルヴァリンの運命を決定付けることとなる。映画はジェームズ→ローガン→ウルヴァリンへの変遷を駆け足で描きながら、ウルヴァリンの影の部分を照らし出す。

スリーマイル島で恐怖の「ウェポンX」計画を実行するウィリアム・ストライカー(ダニー・ヒューストン)の描写は『X-MEN2』と円環状につながっているが、記憶を消されたウルヴァリンは当然そのことを知る由もない。それ以上に『X-MEN』シリーズに勝るとも劣らない高スペックなミュータントたちが次々に現れる。ローガンと同じく永遠に年を取らないセイバートゥース、小刻みなテレポート能力を有するケストレル(ウィル・アイ・アム)、電気の通うものならばエレベーターから模型の電車、電球までなんでも操れるボルト(ドミニク・モナハン)、怪力のブレブ(ケヴィン・デュランド)、常人には到底不可能なスピードでの銃捌きを行うエージェント・ゼロ(ダニエル・ヘニー)など豪華な面子が揃っているが、今作の脇役キャラから驚くべき進化を遂げるのはウェイド・ウィルソンことデッドプール(ライアン・レイノルズ)だろう。戦闘前にもペラペラとおしゃべりが過ぎる減らず口の男は、ストライカーにより口を縫合され、痛々しい姿を晒す。実際に彼はウェポンXをも上回るウェポンXIに改造を施されるが、兄弟の友情の前にあっけなく破れ、高台の上から散って行く。ただこの時にウルヴァリンの姿を見ているはずのチーム・リーダーが、『X-MEN』では彼のことをすっかり忘れているのが解せない。旧『X-MEN』においてセイバートゥースが兄弟だという説明もなかった。ブライアン・シンガー以降の『X-MEN』シリーズはこの辺りの整合性に徐々に綻びが生じてくる。

【第534回】『GODZILLA ゴジラ』(ギャレス・エドワーズ/2014)


 トリニティ実験を映す仰々しいアヴァンタイトル。モナーク計画という謎の文言。やがてカウントダウンが始まり、放たれた核爆発のうろこ雲と熱風がもの凄い勢いでスクリーンに迫り来る。それから50年あまりの歳月が過ぎた1999年フィリピン、特別研究機関MONARCHに勤める生物化学者の芹澤猪四郎博士(渡辺謙)は助手のヴィヴィアン・グレアム博士(サリー・ホーキンス)を伴い、炭鉱の崩落事故を調査するためこの地にやって来ていた。芹澤教授の手の中に握られた父親の形見の懐中時計。炭鉱の床は40mほど崩落し、その穴に潜っていく芹澤たちは炭鉱の深部で巨大な恐竜の化石を発見する。化石を覆うような不思議な別種の生物の繭。芹澤は険しい表情を見せる。一方その頃、日本の雀路羅(じゃんじら)市という架空の都市、森と山に囲まれた盆地のような場所に、白い原子力発電所が3基そびえ立つ。この原発に勤める核物理学者のジョー・ブロディ(ブライアン・クランストン)の息子フォード(CJ・アダムス)は父親の誕生日のためにプレゼントを用意して待っているが、何やら電話の向こうの様子がおかしい。そんな息子の姿を心配そうに見つめるサンドラ・ブロディ(ジュリエット・ビノシュ)の姿。息子を送迎バスに乗せ、共に原発に勤める妻は夫に対し、「ハッピー・バースデイ」と伝え、キスを交わす。不可解な地震は頻発し、妻で技師のサンドラが原子炉の安全確認に向かうが、そこで巨大な地震が起こり、彼女は夫の目の前で被爆し、命を落とす。

『シン・ゴジラ』を除いて、2014年に公開された目下のところの最新ハリウッド・リメイク作。98年のエメリッヒ版『GODZILLA』とはまったく違う製作会社により製作されたまったく別種の作品であり、登場人物には何の因果関係もない。まるで『ジュラシック・パーク』のティラノサウルスだったエメリッヒ版『GODZILLA』の失敗を顧み、今作では日本製ゴジラの造形をある程度忠実に再現しているが、肝心要のゴジラの動きは着ぐるみではなくCGである。母親の死亡後、失意の日々を送った父子だが、息子のフォード・ブロディ(アーロン・テイラー=ジョンソン)は爆発物処理班として軍の大尉にまで昇進を果たしている。彼にはエル・ブロディ(エリザベス・オルセン)という美しい妻がおり、息子のサム・ブロディ(カーソン・ボルド)とサンフランシスコで幸せに暮らしている。一方父親ジョーはいまだ日本に残り、日本政府の情報隠蔽を疑い、原発事故について単独調査している。母の不在で険悪になる父子関係という物語上の伏線を張り巡らせながら、99年にフィリピンで捕獲した繭の研究所からの脱走から事態は急展開を見せる。ギャレス・エドワーズのシリアスな演出は決して悪くないものの、脚本の展開は専門用語の羅列ばかりで、随分煩雑でわかりにくい。

全体のバランスで言えば、母の不在を巡る3世代の物語に比重を置き過ぎたあまり、怪獣映画ではなく、怪獣が出て来る映画になってしまったのは否めない。ムートー、ゴジラ、フォード・ブロディ大尉という三者三様のバランスで言えば、フォード・ブロディ大尉>ムートー>ゴジラの比重になってしまっている。フルCGによるゴジラ、ムートーの造形は決して悪くないが、背景があまりにも暗いため、ゴジラ、ムートーの黒光りするボディが埋没してしまっているのも勿体無い。途中のモノレールの危機など、日本の『ゴジラ』シリーズを研究し作られた愛情は感じるが、フォード・ブロディ大尉の息子が一言も話さず、よそのアジア系の子供を必死になって助けるのは物語として上手く機能しているとは言い難い。そもそも怪獣特撮映画はまず怪獣ありきであって、人間たちは脇役でしかない。その辺りのさじ加減が理解出来なければ、海外で作られた怪獣映画はすべて、怪獣が出て来るだけの映画になり兼ねない。日本産ゴジラの根底に流れていた反核のメタファーが、核爆弾を落としたアメリカの自己弁護に終始し、まったく別の形にすり替わっているのもどうなのか?スクール・バスに凶悪な敵が迫り来るのはスティーブン・スピルバーグ『激突』やドン・シーゲルの『ダーティ・ハリー』への正当なオマージュとして素晴らしかったし(エメリッヒの最新作『インデペンデンス・デイ: リサージェンス』でも今作へのあからさまな嫉妬を隠さない)、ラストまで貯めて飛び出したゴジラの放射熱線ビームには思わず胸が熱くなったが、全体としてはもう一つの出来に甘んじている。

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