【第549回】『X-MEN: アポカリプス』(ブライアン・シンガー/2016)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

【第548回】『X-MEN: フューチャー&パスト』(ブライアン・シンガー/2014)


 2023年極寒の地モスクワ。拘束され、一箇所に集められるミュータントと人間たち、累々と積み上げられた屍の山。センチネルと呼ばれるロボットの軍隊によるミュータント包囲網は、いよいよ最期の瞬間を迎えようとしていた。キティ・プライドことシャドウキャット(エレン・ペイジ)は物体をすり抜ける能力を駆使し、仲間たちと最期の死闘を繰り広げていた。彼女の傍にはボビー・ドレイクことアイスマン(ショーン・アシュモア)、ピーター・ラスプーチンことコロッサス(ダニエル・クドモア)ら懐かしのX-MENチームがいて共同戦線を張っている。それと共に、新顔のビショップ(オマール・シー)やクレア・ファガーソンことブリンク(ファン・ビンビン)、ロベルト・ダコスタことサンスポット(エイダン・カント)、ジェームズ・プラウドスターことウォーパス(ブーブー・スチュワート)らがシャドウキャットの作戦に乗り、瞬間移動で中国へと飛ぶ。その間、チャールズ・エグゼビアことプロフェッサーX(パトリック・スチュワート)はセレブロを使い、残り僅かになったミュータントたちの生存を確認し、同じく中国へと飛んでいた。プロフェッサーXの護衛にはローガンことウルヴァリン(ヒュー・ジャックマン)とオロロ・マンローことストーム(ハル・ベリー)が付いており、プロフェッサーXの後ろからタラップを降りる。列の最後にはかつて何度も死闘を繰り広げたエリック・レーンシャーことマグニートー(イアン・マッケラン)の姿。ミュータントの残党はここに籠城し、新たな作戦を練ろうとしていた。

『X-MEN: ファースト・ジェネレーション』、スピン・オフ作品『ウルヴァリン: SAMURAI』に続く、新『X-MEN』3部作第2弾。近未来である2023年には、レイヴン・ダークホルムことミスティーク(ジェニファー・ローレンス)のDNAを使い、軍事科学者でトラスク・インダストリーズの社長ボリバー・トラスク博士(ピーター・ディンクレイジ)が開発した量産型ミュータント・ロボット「センチネル」によって、人間もミュータントも地球内生物そのものが駆逐されようとしていた。プロフェッサーXは全ての元凶は1973年のミスティークによるボリバー・トラスク暗殺計画にあるとし、キティ・プライドの能力を使い、不老不死で不死身のウルヴァリンを1973年に送り込む。まるで『ターミネイター』シリーズや『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのような、未来を変えるための過去へのタイムスリップという大仰なアイデアが凄い。かつてウルヴァリンのメンターとなったプロフェッサーXの精神性に対し、1973年のプロフェッサーXのやさぐれ感。親友だったエリックにも、実の妹のように仲が良かったレイヴンにも裏切られ、前作『X-MEN: ファースト・ジェネレーション』で脚をも失ったチャールズの哀れ。その上、 ヴェトナム戦争に教員や生徒たちが数多く駆り出され、2,3年前に「恵まれし子らの学園」を休校にする。彼はテレパスの能力を封じ込めるために、ハンク・マッコイことビースト(ニコラス・ホルト)が生成した薬物に溺れている。未来の聖人君子のようなプロフェッサーXとは対照的な堕落したチャールズ・エグゼビアの様子が今作の核となる。すっかり伸びきったヒゲ、ボサボサの長髪で嬉々として演じるジェームズ・マカヴォイが素晴らしい。最初は頼りない雰囲気全開だが、未来の様子を伝えるウルヴァリンの眼差しの真摯さに次第に心打たれ、運命を変えようと奔走する様子は、マーティが父親ジョージのケツを叩きながら、運命を変えようともがいた『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を彷彿とさせる。

前作『X-MEN: ファースト・ジェネレーション』では、レイヴン・ダークホルムことミスティークと関係する3人の男たち、チャールズ・エグゼビア、ハンク・マッコイ、エリック・レーンシャーとの関係が克明に描かれていたが、前作から10年後に設定された1970年代の物語でも、ミスティークを巡る四角関係が再び議題に上る。50年後の未来からやって来たウルヴァリンはあくまで四角関係の物語を補助役として下支えするのだが、本筋とは別にシリーズ史上最もセンセーショナルな登場の仕方をするのは、ピエトロ・マキシモフことクイック・シルバー(エヴァン・ピーターズ)だろう。ジョン・F・ケネディ大統領暗殺容疑により、ペンタゴンに幽閉されたエリックだが、このことがエリックの復讐心を踏襲するレイヴンの暴走に繋がってしまう。ウルヴァリンとチャールズはエリック脱走計画に際し、超音速での移動能力を持つクイック・シルバーに白羽の矢を立てる。ブライアン・シンガーお得意の湿り気のある水辺演出は、直接関係ないはずのペンタゴン内の調理場をスプリンクラーで水浸しにするという荒技で魅せる。スロー・モーションの中鳴り響くJim Croceの『Time in a bottle』、スロー・モーション世界を自由に闊歩するクイック・シルバーの格好良さはシリーズ屈指を誇る。ブライアン・シンガーの夜景への尋常ならざる執着が露わになるクライマックス・シーン。ミスティークが倒れる噴水前広場、ウルヴァリンがエリックに放り込まれる川底、注射やタイムスリップした先のラバライト、そうした数々の水にまつわる道具立てにより、自らの作品を強固なものにしていくブライアン・シンガーの作家性。また若き日のウィリアム・ストライカー(ジョシュ・ヘルマン)とボリバー・トラスクとの出会いが、『X-MEN』1,2に繋がる強引な展開は、ブライアン・シンガーなりの歴史修正主義を含有している。

【第544回】『X-メン2』(ブライアン・シンガー/2003)


 ワシントンD.C.にあるホワイトハウス公館内。室内観光の案内係がリンカーンの自画像前で、平和と平等に関する説明をする中、突如ミュータントが襲来する。列を外れた1人の男を不審に思ったセキュリティが話しかけると、瞬間移動能力を有したミュータント「ナイトクロウラー」がもの凄い動きで大統領室へと迫る。1対20の戦いをもろともせず、大統領の心臓にナイフが突き刺さる瞬間、間一髪のところでセキュリティが銃を発砲する。ナイフの柄に書かれた「ミュータントに自由を」の文字。再びミュータントたちの立場が危機に晒されようとしている。一方その頃、プロフェッサーX(パトリック・スチュワート)のヒントを手掛かりにして、ウルヴァリン(ヒュー・ジャックマン)は極寒の地であるアルカリ湖を訪れるが、工業施設の面影が残る一方で、自らの出生の秘密になるような手掛かりは見つからない。「恵まれし子らの学園」に残ったローグ(アンナ・パキン)は、アイスマン(ショーン・アシュモア)というボーイフレンドとその親友パイロ(アーロン・スタンフォード)と3人でつるんでいた。少年2人に挑発されたパイロは自らの炎の奥義を威嚇するために使うが、プロフェッサーXに咎められる。新たな人間たちとの火種となるようなホワイトハウス襲撃事件に対し、プロフェッサーXはジーン・グレイ(ファムケ・ヤンセン)とオロロ・マンロー(ハル・ベリー)を召集し、ナイトクロウラーの捜索を命じる。

21世紀のフォックス社のドル箱シリーズとなったマーベル・コミック原作の旧3部作の第2弾。前作でマグニートー(イアン・マッケラン)を牢獄に封じ込めたことで事態を丸く収めたかに見えた「X-MEN」チームに対し、突如第3の見えない敵が顔を見せ、ミュータントたちに危機が訪れる。それと共にミュータント各人のロマンスの進展、ウルヴァリンの出生の謎を織り交ぜながら、あるミュータントの非業の死まで息つく暇ない怒涛の勢いで進行する物語は前作を凌ぐ。ウルヴァリン、サイクロップス、フェニックスの三角関係、ストーム、ローグという主要女性キャストを登場させた前作を序章とするならば、今作では彼らの下の世代のミュータントたちの台頭が描かれる。マグニートーが幽閉される間も、八面六臂の活躍を見せるミスティーク(レベッカ・ローミン=ステイモス)の暗躍ぶり、全能感を持ったプロフェッサーXの早々の退場は逆に、「X-MEN」チームの自立を促すことになる。今作の最後のボスであるかに見えたナイトクローラー(アラン・カミング)はあっさりと「X-MEN」チームに帯同し、その代わりに大統領を丸め込み、人間の力で「恵まれし子らの学園」への包囲網を敷いたウィリアム・ストライカー(ブライアン・コックス)という邪悪なボスが現れる。彼の目的はセレブロの機能を換骨奪胎したダーク・セレブロによるミュータント根絶計画を動機とする。

前作で敵役であるかに見えたマグニートーとの共闘作戦が、あっと驚く結末を迎えるクライマックスの謎解きは、ブライアン・シンガーの出世作『ユージュアル・サスペクツ』のちゃぶ台返しを彷彿とさせる。中盤のボビー・ドレイク(アイスマン)の家での弟との確執は、CG/VFXの多用以上にドラマツルギーを重んじるブライアン・シンガーの面目躍如となる。ローグとボビー、ジーンとスコットの戦いでは常に男よりも女の方が力が上回る。またウルヴァリンを翻弄するミスティークの描写には両者の関係性が見え隠れする。プロフェッサーXの助言は正夢だったと言わんばかりにデジャブのように訪れるクライマックス。ミュータント名レディ・デスストライク(ケリー・ヒュー)とのバトルはもう少し互角の展開を期待したが、ウルヴァリンの過去を追い求める力が彼の能力以上の力を導き出している。導入場面からミュータントしての力を過信し続けたパイロの決断は、『スター・ウォーズ』トリロジーのアナキン・スカイウォーカーを真っ先に連想させる。ラスト・シーンの書物T.H.ホワイトの『永遠の王』が示すプロフェッサーXとマグニートーの相克関係。プロフェッサーXの意味深な表情はヒロインの復活を想起したものにも見える。

【第543回】『X-メン』(ブライアン・シンガー/2000)


 1944年、豪雨の降るポーランドのアウシュビッツ収容所前、マグニートー少年の父母は強制収容所へ連行される。母親の絶叫と少年の涙。無情にも閉まる鉄柵を前に、少年は母親を追い求めすがりつく。その力は既に大人4,5人でも抑え込めないものであり、鉄柵はくの字に曲がるが、棒で頭を叩かれた少年は気を失う。一方その頃、ミシシッピの実家では高校生になるローグ(アンナ・パキン)が初めての彼氏を部屋に呼んでいた。1階から聞こえる母親のピアノの音。一緒に旅のプランを考えていた若いカップルはベッドの上でそっとキスをする。次の瞬間、彼氏の顔の血管が異様なまでに浮き上がり、昏睡状態に陥る。ローグの絶叫で階段を駆け上がった両親は彼氏を介抱するが、息を吹き返すことはない。それから数年が過ぎたカナダのノース・アルバータ。自分の力が元で地元に入れなくなったローグはただ一人流浪の旅に出ている。ヒッチハイクで乗せられたトラック運転手が降ろしてくれた場所は地下格闘技場。恐る恐る中に足を踏み入れた少女は、金網の中で無敵を誇るウルヴァリン(ヒュー・ジャックマン)と出会う。彼の荷台に隠れたところを見つかり、成り行きで始まった2人の旅。他愛ない話を続ける2人の前に突如障害物が飛んで来て、脱輪し雪の中に転げ落ちる。狙っていたのは大男のミュータント。ウルヴァリンとローグの危機をサイクロップス(ジェームズ・マースデン)とストーム(ハル・ベリー)が救い出す。2人は「恵まれし子らの学園」にウルヴァリンとローグを運び込む。そこにはプロフェッサーX(パトリック・スチュワート)というリーダーの姿があった。

マーベル・コミックスの映画化として、大ヒットを記録した『X-MEN』旧3部作第1弾。今作はいわゆる主要登場人物たちの顔見せであり、序章となる。監督を務めたのは90年代に金字塔を打ち立てた『ユージュアル・サスペクツ』のブライアン・シンガー。突然変異の集団であるミュータントたちへの人間界の反発は日に日に高まり、ケリー上院議員(ブルース・デイヴィソン)らによるミュータントへの排外運動は日を追うごとに激しさを増していた。プロフェッサーXとマグニートー(イアン・マッケラン)というかつて友情で結ばれていた2人は、互いにいがみ合っている。ゴジラでもエイリアンでもミュータントでも同様に、人間たちは保護すべきか、駆逐すべきかの二者択一を強いられる。だがここで重要なのは、ゴジラやエイリアンとは違い、ミュータントは人々を襲う意思のない者として、人間世界の中で肩身の狭い思いをして生きている。ウルヴァリンもローグも、人間としての当たり前の幸せを知ることなく育ったため、一貫して日陰の道を歩むことになる。地下の住人だったウルヴァリンがローグに会うところから、ミュータントに生まれた宿命を背負うまでのメンターとなるのは、プロフェッサーXである。今作をSF映画の傑作たらしめているのは、このパトリック・スチュワートとイアン・マッケランの光と影の相克関係に他ならない。『スター・ウォーズ』のオビワン・ケノービとダース・ベイダー同様に、プロフェッサーXとマグニートーも同じ出自を持つが、どこかで袂を分かった人物であることが暗喩される。

今作は表層だけのSF映画だと思われがちだが、人間たちの排外主義に存在を脅かされ、マイノリティが堂々と生きられないという21世紀的テーマを根底に有している。プロフェッサーXとマグニートーの葛藤も、ウルヴァリンやローグの孤独感も、人間たちの身勝手な都合に翻弄され、互いにいがみ合うことを求められているのが、20世紀の正義vs悪の単純な構図との決定的な違いだろう。ジーン(ファムケ・ヤンセン)、サイクロップス(ジェームズ・マースデン)、ストーム(ハル・ベリー)ら主要キャストの技や背景などの細かいキャラクター描写は幾分駆け足だが、それぞれのロマンスの行方を追いながら、来たるべき『X-MEN』チームの序奏となる展開が心地良い。ミスティーク(レベッカ・ローミン)の影の薄さも第1作ならではのものとなっている。ブライアン・シンガーの演出もCG/VFXを出来るだけ抑え、夜景描写、水辺などシンガー独特のビジュアル・イメージを用いながら、人間ドラマを丁寧に紡いでゆく。ブライアン・シンガーのアクション/SF映画の資質を疑う声は多かったが、次作『X-MEN2』ではその声を黙らせるような面目躍如な活躍を果たす。今作は皮肉にも「マイノリティの扱い」に揺れる現代アメリカの問題を、20世紀初頭に浮き彫りにしていたと言っても過言ではない。

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