【第545回】『X-MEN: ファイナル ディシジョン』(ブレット・ラトナー/2006)


 20年前のある日、プロフェッサーX(パトリック・スチュワート)とマグニートー(イアン・マッケラン)は底知れない能力を持つ少女に会うため、彼女の家を訪れていた。母親の掛け声により2階からゆっくり降りてくる若き日のジーン・グレイ(ハーレイ・ラム)の姿。彼女は次の瞬間、家の外に停車していた多くの車を空中浮遊させるという驚くべき能力を発揮する。マグニートーも驚く中、プロフェッサーXは「その力をコントロールして支配出来るか、それとも支配されるかが重要だ」と静かに語りかける。ジーン・グレイの入学は「恵まれし者の学園」を更に活性化させる。10年後、だだっ広い洗面所、幼い少年は背中に生えてきた硬い羽をハサミで切ろうとしている。背中の肉体を突き破り、凶器となる背中のキズ。異変に気付いたのは父親であり、大企業の社長ワージントンは息子ウォーレン・ワージントン三世(ベン・フォスター)の癒えないキズを止めようとしている。だが床に溢れる真っ赤な血が少年の心に負い目を作る。こうしてジーン・グレイとウォーレン・ワージントン三世のミュータントしてこの世に生を受けた葛藤を交差させながら、大企業の社長ワージントンは息子を「普通の人間」に戻そうと、ミュータント治療薬「キュア」を作り上げる。20世紀フォックスのドル箱ヒットとなった『X-MEN』旧3部作完結編。前作『X-MEN2』で津波に呑み込まれ絶命したジーン・グレイ(ファムケ・ヤンセン)。彼女と三角関係だったウルヴァリン(ヒュー・ジャックマン)以上に、サイクロップス(ジェームズ・マースデン)の心の空白は大きく、失意のどん底にあった。

「X-MEN」チームのリーダーでありながら、後進の育成に身が入らない彼の代わりに、ウルヴァリンとストーム(ハル・ベリー)が授業を担当するが、意見はことごとく食い違う。前作で相思相愛だったはずのマリー・ダンキャント(アンナ・パキン)とボビー・ドレイク(ショーン・アシュモア)の間にもシャドウキャットことキティ・プライド(エレン・ペイジ)が立ちはだかり、若いロマンスも三角関係の様相を呈する。アメリカ政府はミュータントであるビーストことヘンリー“ハンク”・マッコイを閣内に向かい入れ、人間とミュータントの融和の道を歩み始めたかに見えた。だがストームの憂いが静かに暗示していたように、ただ息子を救い出したいためだけにミュータント治療薬「キュア」を作り上げた社長の思いが、ミュータントを二分するような大きな葛藤を生み出していく。サイクロップスを演じたジェームズ・マースデンの早々の離脱は、マーベルvsDCコミックの全面戦争に端を発する。DCコミック側はこれまで『X-MEN』『X-MEN2』を手がけ、今作の製作にも既に着手していたブライアン・シンガーに破格の条件を提示し、DCコミック大作『スーパーマン リターンズ』の監督のポストを提示する。心揺れたシンガーはあろうことか「X-MEN」チームの主柱だったジェームズ・マースデンをも引き抜き、ヒロインのロイス・レインの婚約者リチャード役に起用する。マーベルvsDCコミックの骨肉の争いにより、当初作られていた脚本は大幅な変更を余儀なくされた。ホワイト・クイーン役には当初、『エイリアン』シリーズのシガニー・ウィーバーが、ガンビット役でキアヌ・リーヴスの出演も決まるが、シンガーの降板により破談となり、キャラクターそのものも消滅する。

紆余曲折の末、監督を引き受けたブレット・ラトナーは、暗黒面に落ちたジーン・グレイとウルヴァリンとのロマンスと葛藤を軸に、X-MENチームとマグニートー軍の全面戦争を前面に打ち出す。決して一枚岩ではないX-MENチームの復活のカギになるのは、コロッサスことピーター・ラスプーチン(ダニエル・クドモア)のコミカルな起用とシャドウキャットことキティ・プライドの八面六臂の活躍であろう。ストームにサイロック、アイスマンに因縁のライバルであるパイロ(アーロン・スタンフォード)を対比させる展開は実に王道的に光と影を提示する。それと共にボビーとキティのロマンスを窓辺から寂しそうに眺めていたマリー・ダンキャントが「キュア」を使い、ミュータントから普通の女の子に変化する悲哀に満ちた姿。また自分を愛した2人の男ウルヴァリンとサイクロップスを痛めつけるジーン・グレイのダーク・ヒロインとしての姿は、女たちの心のキズと葛藤を憂いずにはいられない。今作の展開は最も強い影響を受けているだろう『スター・ウォーズ』トリロジーを真っ先に想起させる。ミュータント同士の不毛な殺し合いにロマンスが介入し、かつて1枚岩だった「X-MEN」チームは互いに殺しあわねばならない。更にメンターの喪失が拍車をかける。ラスト・シーン、あえてウルヴァリンでもジーン・グレイでもなく、マグニートーを持って来たところに、ブレット・ラトナーのエンタメ監督としての矜持が現れている。ただ物語の曲解と混乱が、新シリーズ及びスピン・オフ作品である『ウルヴァリン』シリーズを混乱に陥れたのは云うまでもない。70年代から連綿と続く垂直統合型のルーカス帝国とは違い、DCコミックやマーベル映画はまず漫画ありきであり、監督は雇われでしかない。そのため監督の交代と些細な設定の変更が、全体の整合性を著しく壊していくことになる。

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