【第589回】『人生の特等席』(ロバート・ロレンツ/2012)


 グラウンドをこちらに向かって走って来る一頭の黒い馬のスロー・モーション。恐怖に襲われた男は『父親たちの星条旗』のジョン・“ドク”・ブラッドリーのように脂汗をかきながら、悪夢から目覚める。壁に貼られた錚々たる大リーガーたちの額縁、ガス・ロベル(クリント・イーストウッド)は朝一の小便をしているが、乏尿でほとんど出ないことに苦笑いする。テーブルに足をぶつけ、癇癪を起こして蹴り飛ばす姿は血気盛んだが、彼の身には老いが迫っている。長年メジャーリーグのアトランタ・ブレーブスのスカウトマンとして生きてきたガスは、名スカウトとして腕を振るってきたが、ここのところ年のせいで視力が衰えてきていた。馴染みのスカウトマンたちとの軽い馬鹿話、『明日に向かって撃て』のトリビアを自慢気に話しながら、選手たちを見定める。しかしガスの目は霞みがかって視界がはっきりしない。21世紀的なデータを駆使し、有能な人材を青田買いするフィリップ・サンダーソン(マシュー・リラード)の台頭もあり、アトランタ・ブレーブスのCEOヴィンス(ロバート・パトリック)は3ヶ月後のガスとの契約更新を迷っていた。ガスの盟友でスカウト主任であるピート・クライン(ジョン・グッドマン)は彼の身体を心配し、1人娘のミッキー・ロベル(エイミー・アダムス)に声をかける。父と娘は幼い頃から互いにギクシャクしていた。ガスの妻は30年前に死去し、娘は有能な弁護士としてバリバリと仕事をこなしていた。だが33歳になりながら、仕事命で婚期が遅れている。ここでも『許されざる者』以降のイーストウッド映画に通底する歪な父娘関係が露わになる。

まるで正反対の生活をしてきた父と娘。肉食で朝からピザを頬張る父に対し、現代的な菜食主義の娘。スカウトマンとしてその日暮らしをしてきた父親と、安定した収入と出世欲のため、私生活や結婚を犠牲にしてきたキャリアウーマンの娘の対比。行きつけのBARで2人はカウンターに座り、まったく顔を合わせないまま父娘の会話をする。2人とも頑固で、なかなか思うことが口に出せない。アメリカ中をスカウトに走る父親の車には、娘のモノクロ写真が大事そうに飾られている。妻の墓参りに行く時、彼の口から漏れるのは決まって娘のことだけである。娘も娘で、堅物でタフガイな父親の虚像を追い続け、パートナーにも父親の像を重ね合わせる。7年間、昼夜を惜しまず働き続け、ようやく手にした共同パートナーへのチャンス。そんなある日、父の親友ピート・クラインからお父さんは病気なんじゃないかと告げられたことで、娘の人生は少しずつ変化していく。イーストウッド映画に特徴的な大雨の夜、キッチンでハンバーグを焦がす不器用な父親の元に、娘はやって来る。窓を開けたら吹き込むじゃないかと叱りつける父親に対し、家の中が火事だわと娘は言い返す。エイミー・アダムスは気が強く、口達者なイーストウッド好みの娘を好演している。注目の高校生バッター、ボー・ジェントリー(ジョー・マッシンギル)に目をつけていたアトランタ・ブレーブス首脳陣の命令により、ノースカロライナへと旅する父ガスに同行する娘の描写は『センチメンタル・アドベンチャー』のようなロード・ムーヴィーの様相を呈す。有力なドラフト1位候補ボー・ジェントリーの同行を探るのは何もガスだけではない。かつて自らがスカウトしながら、連投のし過ぎで肩を壊してしまった元投手で、レッドソックスのスカウトのジョニー・フラナガン(ジャスティン・ティンバーレイク)もボーの将来性を厳しく見つめている。

冒頭の悪夢の目覚め、BARでの乱闘、数々の老いの描写、物語の重大な転機となる大雨、ハンドルを切れずに事故を起こす車など、幾つもの描写がイーストウッドの刻印を確かに残す。極め付けは父娘を引き裂く要因となった加虐描写である。まるで『ミスティック・リバー』のデイヴ・ボイルのように、大人の歪んだ性愛描写が父と娘を引き裂いてしまう。それでも父の目となり、真実の耳で感じ取ろうとするミッキーの姿が素晴らしい。当初、2008年の『グラン・トリノ』で50年に及ぶ俳優人生に終止符を打ったはずのイーストウッドだったが、愛弟子ロバート・ロレンツの監督デビュー作のために、4年ぶりの主演俳優を買って出る。イーストウッドにとって自身が監督をやらない作品に出演するのは1993年の『ザ・シークレット・サービス』以来20年ぶりのことだった。『マディソン郡の橋』の第二班助監督をを皮切りに、『ミリオンダラー・ベイビー』まで助監督を務めたロレンツは『ブラッド・ワーク』から製作総指揮に昇進する。以降マルパソ・プロダクションのプロデューサーとして、イーストウッドの右腕として働いてきた。PCやデータなど現代的な手法には頼らないガスの屈強なアナクロニズムは、『許されざる者』のウィリアム・マニー、『スペース カウボーイ』のフランク・コーヴィン、『グラン・トリノ』のウォルト・コワルスキーら頑固オヤジたちの系譜に属している。その一貫したアナクロニズムとテクノロジー批判、身体性への絶対的信頼もまた、「法と正義の行使の不一致」と共に21世紀のイーストウッドの根底には息づいている。

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