【第646回】『天国に行けないパパ』(グレッグ・チャンピオン/1990)


 ワシントン州シアトル。米軍の新兵器を乗せたトラックが夜道を走り出すが、人気のない道路で挟み撃ちに遭い、軍人2人は外に放り出される。犯人たちは荷台に積まれた武器を強奪し、トラックで逃げるが後ろから検問をしていたパトカーが接近する。焦った犯罪組織のリーダー・スターク(ザンダー・バークレー)はトラックの後ろを開けると、強奪した擲弾筒でパトカーごと爆破する。一方その頃、シアトル市警察ではアーニー・ディルス刑事(マット・フリューワー)がドーナツタワーを抱えて、バート・シンプソン刑事(ダブニー・コールマン)の一足早い定年祝いをしていた。プレゼントは入れ歯というキツいジョークを挟みながら、談笑する彼らに警部(バリー・コービン)がハッパをかける。バートは一週間後に定年を控えた50歳の中年である。刑事という職業柄、妻との不和が続き、数年前には離婚し、独り身になった。バートと別れた妻のキャロライン(テリー・ガー)との間には、10歳半になる息子のダギー(カジー=エリック・エリクセン)がいる。どんなに忙しくても息子の学校への送り迎えを欠かさないバートは、別れても好きな時に息子に会える良好な関係を築いていた。仕事でコンビを組むアーニー・ディルス刑事とはもう10年来の付き合いであり、今の生活にはあまり不満はない。だが明るい老後を描いていた主人公に突如降って湧いたような報せが舞い込む。

 防弾チョッキを二枚着込み、命知らずの相棒に突如待ったをかけるバート・シンプソン刑事の描写は、円満に定年を迎えたいという思いに溢れている。だが毎年きちんと受けていた健康診断の席で、マリファナ常習者のバス・ドライバーが罪を逃れるために、バートの検査結果とすり替えたところから思いがけず事件は起こる。医師の診断結果は末期の自家溶血。癌とは違い、もはや施しようのない状態にまで至ったことを医師から告げられたバート・シンプソンは天国から地獄へと落ちる。余命は何と2週間。自分のやるべきことを冷静に考える余裕もないまま、30年間アメリカの治安維持に務めて来た男は自分のこれまでの人生を振り返る。今作はもし自分が医師から余命2週間だと告げられたらという観客の思いを導く。最後に看取って欲しいのは愛した異性であり、自分の血を受け継ぐ子供たちであり、長年仕事でパートナーを組んだ後輩への感謝の念に他ならない。バート・シンプソン刑事が車の中から、学校で遊ぶ息子ダギーの動きを目を細めて見る姿は実に切ない。息子がハーバード大学に入ることを密かに夢見る父親は、息子の誕生日にハーバード大学の名前入りのビール・ジョッキをプレゼントする。いつかこのジョッキで、息子と2人で乾杯する日を心待ちにしていたパパはあと数日後にはもうこの世にはいない。贖罪の念に駆られたバートは言えなかった思いをダギー、キャロライン、アーニーに順番に伝えていく。

 今作が製作された1990年と言えば、エディ・マーフィとジャッジ・ラインホルドの『ビバリーヒルズ・コップ』シリーズや、メル・ギブソンとダニー・グローヴァーの『リーサル・ウェポン』シリーズ、ブルース・ウィリスの『ダイ・ハード』シリーズなど刑事ものがそれぞれ特大ヒットを記録し、ジャンルとして再び脚光を浴びた時代だった。バート・シンプソンとアーニー・ディルス刑事の捜査はそれらに比べれば随分と生温いが、今作の旨味は10歳半の息子に何とか遺産を残そうと、5日後の定年退職までに何とか殉職しようというピークを過ぎたおっさんの悪あがきに他ならない。殉職して愛する息子に学資として何とか保険金を残そうと、つい先日までは防弾ジョッキをダブルで着ていたおじさんが一変し、犯罪多発地帯の昼夜勤務を志願、防弾チョッキもつけずに現場に乗り込む様子が何とも可笑しい。『天国に行けないパパ』という邦題はまさに死にたくても死ねない中年パパの悲哀に溢れる。『くたばれ!ダーリン』や『9時から5時まで』などのライト・コメディで知られるダブニー・コールマン唯一の主演作であり、喜劇役者としての180°の変わり身が素晴らしい。現在では間違いなくビル・マーレイ以外適役のいない役柄を嬉々として演じている。刑事もの、コメディどちらにも舵を切らない作品ながら、途中現れるカー・チェイス場面はピーター・イェーツの『ブリット』ばりの迫力を見せる。当時、ジョディ・フォスターとアンソニー・ホプキンスの『羊たちの沈黙』と2本立てで観た忘れることのできない作品をおよそ25年ぶりに観たが、肩の凝らない中々の力作に仕上がっている。

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