【第714回】『イレブン・ミニッツ』(イエジー・スコリモフスキ/2015)


 ポーランドの首都ワルシャワ、PKiNとして親しまれる文化科学宮殿の時計が鳴る頃、ようやく警察に保釈された夫(ヴォイチェフ・メツファルドフスキ)が部屋に戻る。顔には殴られたような大きなアザ、すっかり憔悴しきった表情の夫は妻アニャ(パウリナ・ハプコ)の「午後5時の約束なの」という言葉に再び逆上する。妻の手に握られたカメラ付き携帯電話の横倒しにされた縦型の映像は、まるで夫の凶行を記録するためにRECされている。手持ちカメラの不安定さ、左右上下の視野の狭い映像、妻をベッドに押し倒した男は睡眠薬をシャンパンで流し込み、そのままベッドに果てる。一方その頃、監視カメラのモノクロ映像内では、犯人の男(ダヴィッド・オグロドニック)が学校の半径100m以内には侵入しないという誓約書を書かされていた。ゆっくりと浮かび上がる保護観察書のテロップ。同じ頃、金髪のトサカ頭の女(イフィ・ウデ)は全焼した部屋で取り調べを受けていた。時を同じくしてアパートの一室では、ぼんやりと空を眺めていた少年(ウカシュ・シコラ)が目の前に拡がる空に異変を発見する。webカメラに向けて呟いた予兆めいた遺言、その頃高級ホテルの上階では映画監督の男(リチャード・ドーマー)が常設してある電話のコードを抜くと、安価なビデオ・カメラのRECボタンを押す。高級シャンパンと2個のシャンパングラスを用意し、ベルボーイに午後5時の合図を聞き、部屋のドアをかすかに開けていた男は、携帯電話をかけている振りをする。アニャを部屋に招き入れた男は、「DO NOT DISTURB」のサインをドアノブに引っ掛ける。

 今作はタイトル通り、午後5時00分から午後5時11分までの11分間の物語である。たった11分間の物語だが映画の収録時間は81分にものぼる。映画は登場人物のアニャにだけ記名を設けながら、およそ20名ものワルシャワに住む人々をラフに描写する。アニャの夫にも曰くありげな映画監督にも名前はない。映画はポーランドの首都であるワルシャワに生きる別々の人々の生活をパラレルに繋ぎながら、時間の経過と逆行を繰り返しながら来るべき5時11分に進む。その時間の経過は実にゆったりとしているのだが、それぞれのショットの羅列は随分性急で忙しない。映画は冒頭据えられた新婚夫婦に入った亀裂、アニャと浮気相手と夫との三角関係を主眼にしているように思えるが、中盤まで進んでゆくと、ただ単に20名の人生の一つとしてしか描写されていないことに気づく。巧妙に描けば優れたアンサンブル・プレイとして配置できたかもしれない登場人物たちの背景をスコリモフスキは曰くありげに留め、細部に及ぶ描写を極力避けている。ここにはそれぞれの年代の差はあれど、罪を犯した(堕落した)登場人物たちが数多く出てくるが、彼らが罪を犯した動機や理由は一切明かされることがない。嫉妬に狂った男が惨劇の発端となる物語は真っ先にスコリモフスキの『早春』を想起させる。11という数字の対称性、クライマックスの後戻り不可能な破局と印象的なトレモロ。フィルム・ノワールのラストとはまったく別の方法論で組み上げられた物語は、ありふれた日常が一瞬で変貌するテロや天災以降の現代人の姿をも暗喩する。逆流する水流、奇妙な符号を持った右上の不気味な黒いシミは、現代社会の残酷な病巣(トラウマ)をもえぐり出している。

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