【第1206回】『30年後の同窓会』(リチャード・リンクレイター/2017)


 2003年12月、バージニア州ノーフォーク州に1人の男が降り立つ。「SAL'S BAR&GRILL」という名の呑み屋は既にネオン管が切れ、夜の闇の中に不気味に佇んでいた。常連客と話すサル・ネルソン(ブライアン・クランストン)の言葉は下品でとても長く聞いていられるものではないが、ラリー・シェパード通称ドク(スティーブ・カレル)は店主と距離のあるカウンターに陣取り、男の言葉に聞き耳をたてる。「僕を覚えているか?」その言葉にドクの表情をしげしげと見つめたサルはやがて全てわかったような笑顔を見せる。30年ぶりに再会したサルとドクはヴェトナム戦争の戦友であり、共に生き残った部隊の仲間だった。彼らは互いを懐かしみ、その夜は一晩中呑み明かし酩酊するが、翌日にドクは「見せたいものがあるんだ」とサルをある場所へと誘う。到着したバージニア州リッチモンドの「ビーコンヒル教会」では、またしても懐かしい戦友であるリチャード・ミューラー(ローレンス・フィッシュバーン)が日曜礼拝を取り仕切っていた。妻ルース(ディアーナ・リード=フォスター)の好意もあり、その夜泊まった旧友3人に対し、ドクは静かに自らの置かれた現状を話し始める。その言葉にサルとミューラーは絶句し、適切な言葉がなかなか見つからない。かくして30年後の同窓会の幕は静かに幕を開ける。

 知る人ぞ知る傑作アメリカン・ニュー・シネマ『さらば冬のかもめ』の原作者ダリル・ポニクサンの精神的続編となる物語は、またしてもバージニア州ノーフォーク州で幕を開け、終点をニューハンプシャー州ポーツマスに定める。図らずも『さらば冬のかもめ』同様に白人2人と黒人1人の列車・バス・トラックを乗り継いだロード・ムーヴィーは、アメリカン・デモクラシーの矛盾とヴェトナム戦争の疲弊を暗喩した『さらば冬のかもめ』のように、2つの戦争で刻まれた彼らの悲しみと罪悪感を描いている。妻と息子の不幸が受け入れられないドクの病巣は、忌憚なき意見を述べてくれる本物の友情として、ヴェトナム戦争で共に最前線に立ち、生き残って祖国の地を踏んだ2人の戦友に助けを求める。寡黙でほとんど台詞のないドクは、亡き息子の潰れた顔を見るかで意見の割れるサルとミューラーの対立を待っていたようにも見える。『さらば冬のかもめ』の終点だったニューハンプシャーのポーツマスからノーフォーク州にあるサルのバーに向かう物語は、ワシントンDCのアーリントン国立基地やデラウェア州にあるドーバー空軍基地を経由する。あえて原作にはない2003年12月に物語が始まるのは、ブッシュ大統領の愚かなイラク侵攻を暗喩しているからに他ならない。

 ある種異様なウィリッツ大佐(ユル・ヴァスケス)の登場の影で結ばれるチャーリー・ワシントン(J・クイントン・ジョンソン)との親愛の情は、2つの戦争で悲しみを背負った男たちの親愛の情に他ならない。息子をアメリカの英雄と規定し、埋葬したいウィリッツ大佐の杓子定規な空虚さは、彼ら3人の中に燻るヴェトナム戦争の火種をも炙る。人生を変えるほどの後悔をもたらした3人の人生は大きく変わるが、時流を意識した携帯電話の購入が憎い。クランク・イン前におよそ3週間もの脚本の読み合わせを行った主要キャスト3人と監督のリンクレイターの脚本はその度にリアルな形状に変化し、3人の名優がそれぞれにアドリブを持ち込むことで、プリミティブな魅力と洗練を讃えた会話劇となる。静かに折り畳まれるアメリカ国旗、一切の回想を含まず、現在〜未来へ流れるロード・ムーヴィー、『地獄の黙示録』を真っ先に想起させるミューラーのヴェトナムのディズニーランド表現、ブヨに噛まれ変形した耳と彼が大事にしていた手紙、エンド・ロールに流れるBob Dylanの『Not Dark Yet』まで、円熟期を迎えるリチャード・リンクレイターの演出と、4人の役者たちのアンサンブルに酔いしれる恐るべき傑作である。

【第1193回】『テープ』(リチャード・リンクレイター/2001)


 缶ビールを流しに捨てながら、もう1本を一気飲みするヴィンセント(イーサン・ホーク)の奇行。ミシガン州ランシングにあるモーテルの2人部屋の一室で、ヴィンセントはハイになった身体でいきなり腕立て伏せをする。オークランドで消防士をするかたわら、ドラッグを売り捌くヴィンセントは久々に帰郷すると、高校時代の親友であるジョン・ソルター(ロバート・ショーン・レナード)をここに呼び出した。映画監督のジョンは明日行われる映画祭に新作を出品するため、10数年ぶりに故郷の地を訪れる。互いの近況報告、3年付き合った女との別れを切り出すヴィンセントの様子はどこか吹っ切れている。だがジョンと再会を果たしたヴィンセントは、突如10年前のあの日の出来事についてジョンを問い詰め始める。それは、ヴィンセントの初恋の恋人エイミー(ユマ・サーマン)に関わることだった。ビア缶に穴を開けて飲むなど、突飛な行動を続けるヴィンセントは、午後8時に約束していると意外な事実をジョンに伝える。彼は今では地方検事補となっているもう一人の当事者エイミーもここに呼び寄せていた。

 公開当時は未上映だったスティーヴン・ベルバーの舞台劇を映画化しようとしたイーサン・ホークは、『恋人までの距離(ディスタンス)』で共演済みだったリチャード・リンクレイターに話を持ち掛ける。安モーテルの中での3人の心理劇という映画化しづらい物語を、リンクレイターは一夜という区切られた時間の物語に魅力を感じ、映画化する。高校の元同級生男女の三角関係は、ヴィンセントの10年間引きずり続けた想いに火を付ける。そうとは知らずにモーテルにやって来たジョンとエイミーは互いの再会に気まずさを感じながら、ヴィンセントの私怨を込めたテープに翻弄される。映画監督、地方検事補と互いに夢を叶えたように見える2人に対し、ヴィンセントは消防士の仕事を続けながら、どこか空虚で自堕落な生活を続けている。「私にとってあなたは初恋の人よ」というエイミーの言葉に妙な地雷原となり、ヴィンセントはゆっくりと10年前に起きた心のキズを語り出す。

 現実を生きる女性以上に、ロマンチストな男性の誤解や妄想が生む過去の美談とは枚挙に遑がない。ドラッグでハイになり、アルコールの回ったヴィンセントはかつて天使に見えたエイミーの化けの皮を剥がそうとするが同時にそれは、天使であって欲しいというアンビバレントな感情に縛られてもいる。起動性や役者の即興に特化したデジタル・ビデオ・カメラの映像は、86分という区切られた現実の時間を映し出している。

【第1192回】『バッド・チューニング』(リチャード・リンクレイター/1993)


 自己主張の強いアメ車がゆっくりと駐車場に押し込まれ、思い想いのやり方でジョイントを巻きながら、煙に火を付ける。夜の光に集まる虫たち(若者たち)はその燻した匂いに魅了され、車のサイド・ボディにもたれ掛かりながら太巻きを楽しむ。アメリカ合衆国テキサス、1976年5月28日の就業日、パーティは9時半に始まるという多幸感だけが若者たちを支配する。ランドール・フロイド通称ピンク(ジェイソン・ロンドン)は今夜のパーティに気もそぞろで、下級生で野球部でピッチャーでエースのミッチ・クレイマー(ウィリー・ウィッギンス)はガキ大将の先輩たちに目を付けられ、戦々恐々としている。200日目の終戦記念日を祝おうと先生が言った矢先、女学生たちは先輩に空襲警報の練習だと無茶振りされる。プロポーズの練習だと称し、男の先輩たちに求愛させられる姿は今では立派なセクハラだがこの時代は違う。洗車室に入れられた車を出て、強烈なシャワーを浴びる女学生たちの姿。一方、主催者の家では1時間半前に届いたビア樽に父母がざわつき始めた。いかにも中流階級の一家の暮らし。部屋でマリファナを吸う男子学生たちは思い通りにならない夜の計画に苛立つ。その一方で、一匹狼のデイヴィッド・ウッダーソン(マシュー・マコノヒー)は意気投合したミッチを引き連れ、街のビリヤード場にやって来る。

 1980年の夏休みのテキサスを描いた『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』のプロトタイプとも呼ぶべき物語は、4年前の終業日の多幸感に満ちた一夜を描き出す。だらだらとした日常と登場人物たちの自堕落な感情、冗長な会話はここでも冴え渡るが、たった1年間のレイヤーの違いが上級生たちと下級生たちを決定的に分かつ。下級生たちは未来に希望を託すが、上級生たちは未来に言いようもない不安を抱えている。下級生たちの中からターゲットを見つけ、百叩きする行為は、先輩たちの将来有望な学生への嫉妬に他ならない。ミッチは初めて出会ったデイヴィッドに兄のような親近感を抱きながら、大人へ向かうイニシエーションの主題を纏う。突然放り込まれるボーリングの球、AUTO MACHINE SHOPの屋上から悪ガキに放たれた汚物、KISSのかかし人形、マイクの喧嘩。鉄塔を登る上級生たちの焦燥感はやがてアメリカという国に呑み込まれる。例えそうだとしても、今日の日の一瞬を楽しむことに精を出す。Deep Purpleの『Highway Star』、Alice Cooperの『School's Out』、Black Sabbathの『Paranoid』らに彩られた物語は、エアロスミスの最前列を約束した束の間のヒーローの誘惑、コートに佇む少年少女の焦燥と体制への決別、2度と戻らない今日という日に少年少女は淡い区切りをつける。

【第1127回】『ビフォア・ミッドナイト』(リチャード・リンクレイター/2013)


 ギリシャ・カラマタ空港、アメリカ・シカゴへ戻る息子のハンク(シーマス・デイヴィー=フィッツパトリック)を見送りに来たジェシー(イーサン・ホーク)は、息子にお節介を焼きながら、名残惜しそうな目で彼の背中を見送るが、14歳で母親と暮らす息子には父親の愛情が負担で仕方ない。1人寂しく空港を出た父親の前には、携帯電話で誰かと話すセリーヌ(ジュリー・デルピー)がいる。SUV車の後部座席で仲良く寄り添いながらうたた寝する双子の姉妹エラ(ジェニファー・プライア)とニーナ(シャーロット・プライア)の姿。運転をするジェシーの隣には妻のセリーヌが座る。風力タービンの交渉に苛立つセリーヌは相変わらず環境活動に夢中で、小説家として有名になったジェシーは避暑地の南ギリシャで3週間、時間に縛られない執筆生活を送っていた。アル中の妻と別れ、晴れてセリーヌと再婚したジェシーには双子の姉妹がいる。子供たちをロンドンにいるセリーヌの母親に預け、久しぶりに夫婦水入らずになった2人はハンクの帰国から険悪なムードを漂わせる。シカゴで新しい生活をスタートさせたいジェシーに対し、ようやく仕事が上手く行き始めたセリーヌは夫に従いアメリカへ行くつもりはない。9年前、2作目の『この時』を発表したばかりだったジェシーはその後、3作目の『途切れなく続く一瞬という芝居の演出者たち』を書き上げ、4作目の小説に着手しようとしていた。

 ハンガリーのブタペストから、パリ行きの列車に乗ったアメリカ人男性とフランス人女性の恋を描いた『BEFORE』トリロジー・シリーズ完結編。前々作から18年、前作から9年の月日が経過した物語は、23歳だったジェシーを41歳の中年男に変える。時の流れは残酷で、前妻よりも運命の女であるセリーヌを選んだジェシーはたった1人の息子との密なコミュニケーションを絶たれている。マイペースなロマンチストのジェシーにとっては、高校生活の3年間を息子と一緒にいてやれないことを妻のセリーヌに愚痴りまくるのだが、逆にセリーヌにとってはその夫の煮え切らない態度にただただ苛立つ。老作家パトリック(ウォルター・ラサリー)に招かれた食事の席、SNSで愛を語り合う年下のカップルの姿に2人は自分たちの18年前の姿を重ね合わせる。南ギリシャの背景を舞台に繰り広げられる物語は、もはや小さな出来事の積み重ねを必要とはしない。監督のリチャード・リンクレイターと共に脚本に大きく関与したイーサン・ホークとジュリー・デルピーの即興による掛け合いは、ただ2人で歩くだけの瞬間瞬間を特別なものに変える。ビザンチン時代の協会でシンボルを舐めるような仕草を見せるジュリー・デルピーの茶目っ気、ホテルの部屋に入った瞬間、四十路の熟れた身体を露わにする彼女の女優魂。18年前、ウィーンの芝生の上で結ばれた2人は、ハンクの成長という人生の岐路に立ち、夫婦の未来を憂う。何度も部屋を出たフリをするセリーヌが本当に出て行った時、ジェシーは18年前の列車の中のように、セリーヌに親しげに声を掛ける。ロマンチストな男と現実主義者の女の運命の恋は、18年を経ても燻り続ける。

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