【第752回】『ラースと、その彼女』(クレイグ・ガレスピー/2007)


 しんしんと雪が降り積もったアメリカ中西部の小さな田舎町。小さなガレージに佇むラース・リンドストロム(ライアン・ゴズリング)は向かいに立つ大きな家を見ながら、物思いに耽けっている。首にはマフラーをし、部屋にいても長靴が欠かせない極寒の季節。向かいの家のドアが開くとカリン(エミリー・モーティマー)が現れ、ラースを朝食に誘う。向かいの家には水道局に勤めるラースの実の兄ガス(ポール・シュナイダー)と兄嫁カリンが住んでおり、彼女のお腹の中にはもうすぐ生まれて来る赤ん坊がいる。ラースは兄嫁の誘いを「教会に行かなければならないから」と拒絶する。距離僅か10数mに暮らす血を分けた兄弟だが、ラースはどういうわけか自分の殻に閉じこもり、一切の人付き合いをしようとしない。教会の一番後ろの席に座った男は赤ん坊にちょっかいを出すが、その姿を熱い眼差しで見守る女がいる。マーゴ(ケリ・ガーナー)はラースの働く会社に入った入社1年目。ラースのルックスに惚れたマーゴは彼に親しげに話しかけるが、ラースはお婆さんにもらった一輪の花を投げ捨て、彼女に辛く当たる。イケメンで高身長、チョビヒゲの生えたライアン・ゴズリングは一貫してコミュケーション不全の症状を抱えている。ラースには兄嫁の好意が心底鬱陶しく感じられ、彼女の申し出をことごとく拒絶する。

 そんな彼がある日突然、ガス夫婦を夕食会に招く。1年に1度も有り得ない弟ラースからの積極的なお誘いに兄夫婦は喜ぶ。ラースは「パートナーを紹介したいんだ」と言う。27歳で童貞の弟にパートナーが出来たことに兄夫婦は感激が隠せない。英語があまり得意ではなく、足が不自由で車椅子生活なんだと伝えても、感激の気持ちが勝る兄夫婦は弟の全ての言葉に優しく頷く。しかし次の瞬間、兄夫婦の前には信じられない光景が拡がる。人付き合いが苦手で、ましてや女性の前に出ると萎縮してしまうラースは何らかの精神疾患を抱えている。夫婦は絶望し、この街で唯一のツテのある精神科医ダグマー・バーマン医師(パトリシア・クラークソン)に指示を仰ぐ。片田舎の小さな街はキリスト教信者が多い。兄夫婦は街の人々を説得し、ダッチワイフを人間として接するよう懇願する。最初は馬鹿げたナンセンス・コメディの類だと思われた物語は徐々にシリアスに毛色を変える。やがてラースの病巣に母エリノア1979年に死去の墓石の言葉が深く関わっていることがさりげなく伝えられる。ラースを生んで間も無くして亡くなった母の死のショックにより、父親は人嫌いで塞ぎがちになる。2003年に父親が死んだ後、青春時代を謳歌した兄ガスは雪に閉ざされた街を出て、カリンと運命の出会いを果たす。この家をただ一人守っていたラースは、ガス夫婦の帰還によりガレージへと居を移す。

 この世に生を受けた人間はもれなく、両親からの虐待を多かれ少なかれ受けて育つ。その何らかの抑圧や虐待を糧とし、やがて恙無く大人になる。後天的に受けた家族間のトラウマや欠損は逆に言えば、その人の大きな魅力ともなり得る。幼い頃に母親を失い、まるで自閉症のように心を閉ざした父親に育てられたラースの心にはその後ぽっかりと大きな穴が開き、その精神的トラウマは容易に埋め合わせることが出来ない。ラースが追い求めたラブ・ドールこそは、天国へと旅立った母親の代理に他ならない。ブラジルとデンマークとのハーフや、信心深い宣教師であるというラースの妄想は脇に置くとして、何らかの精神疾患を患った男の会話には時折、真実が混じる。ビアンカの両親が赤ん坊の時に死んだという主人公の妄執は彼自身のトラウマに他ならない。当初は滑稽に見えたラブ・ドールとのコミュニケーションは、彼自身が恐怖心を解くために用意した大人になるための通過儀礼であり、自分自身にかけた暗示を解かなければ人は前には進めない。マーゴが大事にしていたテディベアや、同僚が大切に保管していたフィギュアはラブドールと同じく、自己を投影した一種のアイコンではなかろうか?明らかに兄嫁の出産に端を発したラースの神経症的な妄執は、一生このままという兄夫婦の諦念にも似た言葉通りにはならず、やがてビアンカと周囲の人たちとの粘り強い関わり合いの中で、マーゴの手のひらに触れることが出来るまで回復する。クライマックスで入水する湖は母親の子宮のメタファーとして登場し、意識不明になったダッチワイフの死を受け入れたことで、ラースは最愛の母親の死を克服する。無菌状態の安全圏に逃げ続けた男は初めて外気に触れ、この雑菌だらけの世界で生きてゆく覚悟を背負う。中盤まではどこかファニーな佇まいを見せたライアン・ゴズリングの中盤以降のシリアスな演技に深い感銘を受ける涙なしには見られない見事な佳作である。

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