【第763回】『はじまりのうた』(ジョン・カーニー/2013)


 机に置かれた飲みかけのウィスキーの瓶、NYの狭小アパートの一室、ベッドでいっぱいになった部屋ではタンクトップ姿のダン(マーク・ラファロ)が泥酔して眠っている。空調設備もなく、ニューヨークの真夏のうだるような暑さの中、ようやく起きた男は外階段の踊り場で煙草を吸う。髭を剃ろうと洗面台に立った男だったが、いつの間にかやる気をなくし、再びベッドの中へ。その幸福をかき消すように1本の電話が鳴る。男は突然神妙な様子でドアを閉め、愛車のJAGUAR MARK Xへ乗り込む。カー・ステレオでは1枚ずつ素人の売り込み音源を聴きながら、「光る何かをくれ、多くは望まない」と呟く男はこの5年間、レコード・ヒットを出していない。やがて学校の前に停まり、娘のバイオレット(ヘイリー・スタインフェルド)を拾い、その足でレコード会社へ。共同経営者であるサウル(モス・デフ)の会議に参加した男はオーディオ・コメンタリーの収録の話で揉め、サウルにクビを宣告される。娘が見ている前で受けた赤っ恥。怒り心頭の男はインテリアに八つ当たりし、その場を立ち去る。娘の大胆な格好にイチャモンをつける男は、逆に元妻であるミリアム(キャサリン・キーナー)から私の教育方針に文句を言うのと言い返される。両親の不和を二階のベッドで聞くことになるバイオレットの描写は『シング・ストリート 未来へのうた』と同工異曲の要素を呈す。自暴自棄になったダンはふらっと入ったBARでバーボンを飲みながらグレタ(キーラ・ナイトレイ)の歌を聴き、雷に打たれたような衝撃を受ける。

 失意のどん底にある年増男、最愛の彼氏にフラれて失意の女性とは、1曲の歌を媒介にある日突然出会ってしまう。お世辞にも決して上手いとは言えないキーラ・ナイトレイの歌声だが、バーボンですっかり酔い潰れた男には彼女の歌声を下支えするフル・バンドの幻影が見える。「君と契約したい、これが運命だ」とグレタは熱烈なアピールを受けるが、酔い潰れたダンの容姿に女の疑念が拭えない様子は、『ONCE ダブリンの街角で』のグレン・ハンサードとマルケタ・イルグロヴァの出会いの場面と同工異曲の様相を呈す。このようにジョン・カーニーの映画は全てが円環状に繋がっている。その中心に来るのは「音楽への熱い情熱」である。BARを出た後、もう一軒はしごし、あと1日だけ滞在を延ばしてくれと言った男の言葉にグレタは満更でもない様子を見せる。1年前のイギリス、恋人デイヴ(アダム・レヴィーン)と共同で作曲した『LOST STARS』がとんとん拍子で映画の主題歌に決定したカップルはイギリスから一路、ニューヨークへとやって来る。調子の良い大物プロデューサーにデイヴとの間柄を聞かれたグレタは思わず、彼の伴奏者としての姿にセルフ・プロデュースしてしまう。それから先はスタジオの給仕のような惨めな役柄をこなしたグレタは結局、人一倍野心の強い女ミムにデイヴを寝取られる。彼女の唯一の味方で親友のような存在であるスティーヴ(ジェームズ・コーデン)がグレタとダンを運命の出会いへと導く様子が心底心地良い。

 ジョン・カーニーの映画ではいつだって肉体関係抜きでも、男と女が音楽への熱い情熱だけで最高の夢追い人同士になれる。互いに脛に傷持つプロデューサーと新進気鋭のシンガーは音楽の夢で心を通わせ合い、成功を目指すその1点で強く惹かれ合う。『ONCE ダブリンの街角で』で思わず涙腺が緩む名場面と評したマルケタ・イルグロヴァがウォークマンにイヤホンを差して、ダブリンの夜の街を彷徨い歩く姿がここでは、グレタとダンが2股の配線で互いに影響を受けた曲を聴き合う場面にパワー・アップしている。ダンはヘッド・フォンを装着し、対するグレタはイヤフォンを付けてNYの夜の街を彷徨い歩きながら、互いの傷や野望を確認し合う。ここでのグレタの満ち足りた幸福そうな表情から一転して、再びニューヨークに戻ったデイヴが録音した『LOST STARS』を聴く場面の落差とが残酷で容赦ない。グレタはレーベル・オーナーであるサウルに対しても、元カレであるデイヴに対しても、真の芸術家としての自身の立ち位置を決して崩そうとはしない。しかし自分の才能を認め、メンバーの勧誘やゲリラ録音のお膳立てをしてくれたダンの優しい思いに報いようと、彼女はダン一家の再生計画に愚直なまでに向き合う。ダンがベースで、バイオレットがハウリング気味のストラトキャスター風のギターをかき鳴らす様子の筆舌に尽くしがたい素晴らしさに何度観ても涙ぐむ。自分の心の欠けた部分を埋めてもらったヒロインのホスピタリティは、自己ではなく自他への思いやりに満ち溢れる。クライマックス場面はやはり何度観ても泣けて泣けて仕方ない2000年代屈指の名場面である。

【第762回】『ONCE ダブリンの街角で』(ジョン・カーニー/2007)


 アイルランド・ダブリンのグラフトン通り、50%OFFの張り紙がしてあるアパレル店の前、客におひねりを入れてもらうギター・ケースを置きながら、男(グレン・ハンサード)は今日も歌いながら、ギターをかき鳴らすが、一向に客は集まらない。やがてタギングに溢れた裏路地から1人の少年が挙動不審に彼の周りを動き回る。しゃがんで靴紐を結び始めた少年の次の一手に男は勘付き、歌の途中に「盗んだら追っていくからな」とクギを差す。やがて2,3人の聴衆が彼を取り囲むように立った時、少年はおひねりをギター・ケースごと強奪する。HMVに逃げ込んだ少年は諦めない男の姿に心が折れ、公園に入ったところでへたり込む。少年のやったことは明らかに犯罪行為だが、男はそれを許し、病気なんだと話す少年に5ユーロを渡す。その日の夜、再びグラフトン通りに立った男は昼間とは違い、カバー曲ではなく自作曲を夜空の下で思う存分熱唱している。相変わらず客は集まらないが、そんな彼のギター・ケースに10セントを投げ入れる女(マルケタ・イルグロヴァ)が現れる。両手いっぱいに抱えられたビッグ・イシュー、明らかに場違いな女に当初、男は戸惑いながら10セントを入れてもらった手前、彼女の質問攻撃に苦笑いしながらも答える。「彼女にこの歌を歌ったら戻って来るわよ」と言う女に対し、男は即答で「望んでいない」と答えるのだった。数秒の気まずい沈黙の後、フーバーの修理をやってくれると言う男と明日また会う約束をして女は去って行く。

 結論から言えば、彼女は男の歌に惚れたのか?それとも男自身に惚れたのか?どちらが先だったのかは最後までわからない。作詞・作曲した歌は時に人の人格や性根まで見通せてしまう。10セントを入れてくれた女との行きずりの関係を男はその場限りのものだとタカを括っているため、翌日本気でフーバーの掃除機を持って来た彼女の姿に、男はただひたすら戸惑いの表情を浮かべる。修理道具が無いからこの場では修理出来ないと告げた男は、その時点で彼女にまったく興味も関心もない。しかし前日に直すと言ってしまった気まずさか、それとも彼女の強引な誘いに心折れたのか、2人はカフェでグラフトン通りを眺めながら初めての食事をする。ロンドンでの愛情溢れる生活の何もかもを失い、今はただ音楽だけが身近にある男は、彼女の音楽が好きと言う言葉に反応する。チェコからの移民だった女の父親はオーケストラの一員だったが自殺し、もはやこの世にはいない。幼少時代、彼女にピアノの道を手引きしたのは父親だが、移民としてアイルランドへ渡った彼女と母親には、高級ピアノを買うお金などどこにもない。娘のイヴァンカ(間違ってもトランプ大統領ではない)の世話を昼間母親に任せ、花やビッグ・イシューをグラフトン通りの路上で売りながら何とか暮らす女の姿はこの国の底辺を彷徨う。彼女が暮らす部屋の外観は『シング・ストリート 未来へのうた』でヒロインのラフィーナ(ルーシー・ボイントン)が暮らしていた貧しい住処と酷似している。扉の前には何段かの階段があり、ゲットー育ちの黒人たちが群れている。

 互いに脛に傷持つ年増男と移民女性の心の通い合いにただただ胸が熱くなる。男は楽器店で1時間だけピアノを弾かせてくれるという彼女の約束に何の気なしに付いて行き、彼女とセッションし、雷に打たれたような衝撃を受ける。ジョン・カーニーの映画ではいつだって男と女は互いの夢の実現のために共同作業をする。その過程で1人また1人と共感者が集まる。Thin Lizzy(ご存知ダブリンの国民的バンド)しかコピーしないと言った内気なストリート・ミュージシャンであるベーシスト(アラスター・フォーリー)やギタリスト(ゲリー・ヘンドリック)、ドラマー(ヒュー・ウォルシュ)を次々にリクルートしていく後半部分は『シング・ストリート 未来へのうた』の前半部分同様にリクルートものの定型をしっかり抑えている。バンドというのは後天的に形成された家族そのものであり、天井の低い四畳半の狭苦しい部屋に5人がすし詰めに座った時、彼らにケーキと紅茶を持って来る実の父親(ビル・ホドネット)の姿が心底心地良い。昔はクライマックス場面に号泣していたが、今はCDウォークマンの電池が切れた女が、娘のイヴァンカの貯金箱から僅かばかりのお金をくすね、日本で言うところのコンビニで買った新しい電池を入れたCDウォークマンを聴きながら、夜の街で男の曲に詞を乗せる長回しの場面でうっかり涙腺が緩む。それ以外の場面では手持ちカメラはまったくの蛇足だが、マルケタ・イルグロヴァを長回しで据えた夜間撮影部分は何度観ても素晴らしい。荒削りながら楽曲・共同作業・大きな野望に夢を馳せる登場人物たちの描写と、『シング・ストリート 未来へのうた』同様に主人公のロマン溢れる背中を見送る血縁家族の姿に思わず涙ぐむ。

【第677回】『シング・ストリート 未来へのうた』(ジョン・カーニー/2016)


 1985年のアイルランド・ダブリン、南部にあるインナーシティ地区。ベッドに寝そべりながらギターを爪弾くコナー・"コズモ"・ロウラー(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)は、一階から聞こえる両親の口論を浮かない表情で聞きながら、ギターをかき鳴らし、詞にして口ずさみ始める。この場所に住むロウラー家は、長引く不況から建築家の父ロバート(エイダン・ギレン)が失業し、苦境に立たされていた。いつも喧嘩が絶えないロバートと妻ペニー(演:マリア・ドイル・ケネディ)は別居を考えており、父親は将来の不安から酒浸りになり、タバコの量も日に日に増えている。ある日、ロウラー家は両親と子供たち5人で家族会議を開く。父親が失業し、母親の週3日だけのパート生活では日々の暮らしは当然苦しい。コナーの兄・ブレンダン(ジャック・レイナー)はドイツで勉学に励み、その後就職するという夢を既に諦めていた。姉のアン(ケリー・ソーントン)は父の後を継ごうと大学の建築科に通うため、大っぴらに父親に咎められることなく、代わりに末っ子のコナーだけが学費を節約するため、無料の公立高校への転校を一方的に決められる。かくしてカトリック系の私立高校からクリスチャン・ブラザーズ運営の学校に転入させられたコナーは、ガラの悪い生徒たちに囲まれたまったく別の環境に送られる。

 導入場面から重苦しい描写が続くが、今作はまさに引き裂かれた家族の物語に他ならない。1980年代のアイルランドは経済成長率がほぼゼロで、失業率が20%強と長らく経済が低迷状態にあった。その影響は大人たちのみならず、自力で働くことの出来ない学生たちをも直撃する。これまで兄と姉の言われるままに育った末っ子であるコナーは、入学早々、学年の番長バリー(イアン・ケニー)から目を付けられ、校則違反の茶色い靴を校長のバクスター修道士(ドン・ウィチャリー)にも厳しく叱られる。まさに地獄のような環境の中で見つけた僅かな光が音楽であり、若い女性モデル・ラフィーナ(ルーシー・ボイントン)だった。彼は高校の真向かいにあるフラットの入り口に立つ彼女を一目見て心奪われる。その瞬間、バリーにいじめられたことも無効化し、彼は大人びたヒロインに声をかけずにはいられなくなる。「電話番号を教えて」彼女の番号が聞きたいがために、コナーがハニカミながら拙い音程で歌うA-HAの『Take On Me』が素晴らしい。彼女はそのとっぽい歌声を聞いた途端、微笑みながらコナーのノートに番号を綴る。その時、彼のバンド活動は口火を切る。自称「校内コンサルタント」のダーレン(ベン・キャロラン)、楽器に万能な友人・エイモン(マーク・マッケンナ)、「街で唯一の黒人」として誘われたンギグ(パーシー・チャンブルカ)、メンバー募集の張り紙を見てやってきたギャリー(カール・ライス)とラリー(コナー・ハミルトン)を加え、5人体制になるのは幾ら何でも少々出来過ぎの展開だが 笑、未来の音楽への愛と初期衝動で繋がった5人組のエピソードは、この時代を生きた者ならば文句なく楽しい。

 90年代、アイリッシュ・ロックグループのThe Framesでベースを担当し、MVの監督も務めたジョン・カーニーはやがてグループを脱退し、音楽への限りない愛情溢れる『ONCE ダブリンの街角で』や『はじまりのうた』を生み出す。今作は監督の自伝的物語である。ニット・キャップを被り、アコギを爪弾いていたコナーはやがてBBCの『TOP OF THE POPS』の洗礼に遭い、The Cureのロバート・スミスそのものなゴス風ファッションになり、次にSpandau Balletのサングラスとたすき掛けの鞄を完コピする。一度はVillage Pepole風のファッションに迷走するが、やがてDURAN DURANのようなニュー・ロマンスのファッションからU2へと行き着く。透明な少年は兄の影響下で何色にも染まりうる。それが10代の特権だからだ。今作の主人公であるコナー・"コズモ"・ロウラーも、ヒロインであるラフィーナも、いかにもUKフーリガン的な風貌を持ったいじめっ子バリーも、それぞれが不幸な生い立ちを抱えた精神的孤児として描かれる。中盤以降は彼らの点と点を結び付けるために、バンドの結束や繋がりが少しおざなりになっている点には不満もあるが、コナーとラフィーナのロマンスの影に隠れたコナーの兄・ブレンダンの存在感が素晴らしい。ジョン・クローリーの『ブルックリン』においても、ヒロインの旅立ちを見守った姉のローズ(フィオナ・グラスコット)の姿があまりにも印象に残ったが、地元に燻った兄の姿が心に焼き付いて離れない。家族の再生を夢見た主人公の妄想による『バック・トゥー・ザ・フューチャー』へのオマージュがあまりにも素晴らしく、逆にクライマックスの学園祭の場面が霞んでしまうような圧巻の名場面だった。

このカテゴリーに該当する記事はありません。