【第771回】『ジョイ』(デヴィッド・O・ラッセル/2015)


 1960年代ニューヨーク州ハンティントン、しんしんと雪が降るクリスマスの季節、「RUDY'S BUS AND TRACK」と名付けられた修理工場の前、8mmカメラはマンガーノ一家の幸せな光景を映し出す。娘のジョイ・マンガーノには母親違いの姉ペギーと親友のジャッキー、一匹の犬と祖母のミミがいる。小さい頃から物作りが得意だったジョイはレコードの針を興味深そうに見つめている。大きくなったら世界中の人々に素敵な物を作ると将来の夢を語るジョイの姿に、ペギーはどこか白けた様子で応える。「大人になったら王子様を見つける?」という姉の問いかけに対し、王子様はいらない。私には不思議なパワーがあるのと自信満々に答えた10数年後の現在、ジョイ・マンガーノ(ジェニファー・ローレンス)の幸せな家族の姿はどこにもない。母親テリー・マンガーノ(ヴァージニア・マドセン)と修理工場を切り盛りする父親ルディ・マンガーノ(ロバート・デ・ニーロ)の関係はとっくに壊れ、失意のどん底にある母親はベッドから動かず、1日中TVドラマばかり観ている。ジョイはジョン・F・ケネディ国際空港のグランド・スタッフとして働くが、日々の生活は少しも楽にならない。そんな折、父ルディが2年間の蜜月関係を築いた愛人に愛想尽かされ、家に戻る。家長だったルディのみっともない姿に母テリーは嘲笑の言葉を浴びせ、怒り心頭の父は花瓶を叩き割る。父親を落ち着かせたジョイは地下室に父を案内するが、そこには既に元夫でヒモのベネズエラ人であるトニー・ミラン(エドガー・ラミレス)が呑気にAntonio Carlos Jobimの『Águas De Março』を歌っている。

 幼い頃から物作りが好きだった少女の夢は、いつの間にか日々の生活に洗い流される。高校を首席で卒業し、ペース大学で経営学士の博士号を取得した女は好きになってはいけない男を好きになる。ホーム・パーティの席、ジョイの視線は目の前にいるトニーに釘付けになる。「俺は第二のトム・ジョーンズになるから」と口にした男の言葉を間に受けず、左から右に受け流せば良いものを、ジョイは高校の文化祭でヒロインに指名したトニーの誘惑に堕ちる。スポットライトを身体中に浴びる中、慣れないステップで青春を確かめ合うジョイの姿は『世界にひとつのプレイブック』と同工異曲の様相を呈す。しかし女に満ち足りた幸福をもたらす男の登場はもうしばらく待たねばならない。2人の娘に恵まれた夫婦は、「俺は第二のトム・ジョーンズになるから」と言う言葉を何度も口にし、勤労意欲のない夫に「両親のようにはならない」と三行半を突きつける。夢だけで食える時代はとうの昔に破綻し、ジョイは壊れかけた家族を立て直すために身を粉にして働くが、一向に生活は楽にならないばかりか、あろうことか父親であるロバート・デ・ニーロはやもめ専用のデート・サービスに入れ上げる。云うまでもなくデ・ニーロの情けない描写は『世界にひとつのプレイブック』でたかがノミ屋稼業でチーズ・ハンバーグのレストランを建てようとした無謀な父の姿に呼応する。根っからの博打打ちの家長は心底非常識で定型を外れているのだが、クルーザーで溢れた赤ワインを拭いたジョイの体験が彼女に天啓を与える。

 『世界にひとつのプレイブック』から『アメリカン・ハッスル』を経て、今作が実に3度目の共演となった監督デヴィッド・O・ラッセルとすっかりお馴染みになったジェニファー・ローレンス、ブラッドリー・クーパー、ロバート・デ・ニーロという最強トライアングルの共演場面は、別れた夫トニーの紹介から始まる。20世紀FOXのドンであるバリー・ディラーの立身出世物語をなぞる今作の出資会社はまさしくその20世紀FOXであり、ジョイはバリーに24時間ショッピングチャンネル「QVC」の成長を任されたニール・ウォーカー(ブラッドリー・クーパー)と運命の出会いを果たす。数字に見える成果でしか物事を判断しないドライな経営者ニールは、この国は生い立ちや人種で人を判断しないとジョイにプレゼンする。『世界にひとつのプレイブック』同様に、家族の人生の全てをベットした物語は『世界にひとつのプレイブック』とは対照的に最悪の結果をもたらすことになるのだが、JOY=喜びという言葉を持つジョイ・マンガーノの心はそう簡単に折れない。デヴィッド・O・ラッセル作品におけるジェニファー・ローレンスの折れない心は家族の未来に信じられない奇跡を起こす。失意のどん底の中、長かった髪を切り、テキサス州のダラスで海千山千と対峙するジョイの姿は『世界にひとつのプレイブック』でシニアに堂々と対峙し、スコア丸暗記でデ・ニーロをKOしたティファニー同様に圧倒的に逞しい。クライマックスの場面もさすがに『世界にひとつのプレイブック』同様の衝撃はないが、女は自分にシンデレラのドレスを着せてくれた運命の男を思い浮かべ、その面影を抱えながら生きる。DVDスルーになったのはあまりにも勿体ない2015年の佳作である。

【第770回】『世界にひとつのプレイブック』(デヴィッド・O・ラッセル/2012)


 カレル精神病院の病棟、ノックで何度も催促されるパットリック・ソリターノ・ジュニア(ブラッドレイ・クーパー)は、愛する妻ニッキ(ブレア・ビー)へ着くはずのない手紙を何度も読み上げていた。雑然とした室内、壁に貼られたEXLELCIOR(より高く)の文字。自殺する道具を持っていないか身体検査の後、躁鬱病のクスリを医者に処方されるが、パットは口に入ったカプセルを見てないところで吐き捨てる。複数名による体験会、肥満だった身体の肉が落ち、すっかり痩せた男はその後も筋トレを欠かさない。屋外で筋トレをしている最中、男の背中に誰かの手が伸びる。パットの母親であるドロレス・ソリターノ(ジャッキー・ウィーヴァー)は家族には内緒で、8ヶ月にも及んだパットの入院生活に終止符を打つ。帰りの車中、もう一人乗せたい人物がいると母親に言ったパットはレントゲン技師で不安神経症だったダニー・マクダニエルズ(クリス・タッカー)を後部座席に乗せるも彼に退院許可など降りていない。母ドロレスは自分の過保護さを恥じるも、息子の姿に申し訳なさが隠せない。パトリツィオ・ソリターノ・シニア(ロバート・デ・ニーロ)との再会の場面、フィラデルフィア・イーグルスの中心選手デショーン・ジャクソン(現在はワシントン・レッドスキンズに所属)の話で盛り上がる父親は息子の退院に懐疑的な様子を隠さない。その夜、両親にニッキと自分との愛は本物だからと自信満々に語るパットの様子は明らかに双極性障害が完治していない。翌朝彼は黒のゴミ袋を上半身に纏いながら、日課のジョギングへと向かう。

 パットはクリフ・パテル医師(アヌパム・カー)から処方された薬を拒否し、専ら肉体を鍛えることで精神をコントロールしようとしているが、その行動は明らかにキチガイじみている。ヘミングウェイの『武器よさらば』のクライマックスに突然怒り狂い、午前4時に憤りの理由を両親に熱っぽく語る男の姿はまだまだ現世に出すのは早過ぎるのだが、両親はパットの病理をまるで腫れ物に触れるかのようにビクビクしながら扱う。彼の父親はこの8ヶ月の間に失職し、今はもともと熱狂的なファンだったフィラデルフィア・イーグルスのノミ屋で生計を立て、いずれはチーズ・ステーキの店を建てようと野心を抱く。息子の躁鬱を抑えようと、過干渉な母と破天荒な父(突然キレるのは父親譲り)の元で暮らすパットは明らかに症状が改善する環境には見えないが、近所に住む唯一無二の親友ロニー(ジョン・オーティス)とその妻ヴェロニカ(ジュリア・スタイルズ)との食事会で思わぬ出会いを果たす。胸元の開いたラフな服装、10本の指に真っ黒なマニキュアを塗り、姉にダンスが得意なのと褒められた妹ティファニー・マクスウェル(ジェニファー・ローレンス)は不愉快な表情を浮かべる。警察官だった彼女の夫は死に、未亡人となった女はパットと躁鬱病の薬の話で盛り上がる。リチウム、セロクエル、エビリファイ、ザナックス、クロノピン、トラゾドン。数々のクスリを試してきたパットへティファニーは満更でもない素振りを見せる。夫を亡くしたショックからセックス依存症となり、11人もの職場の同僚たちと関係を持ったティファニーは手慣れた色仕掛けでパットを誘うが、ニッキへの思いが強い男は彼女の誘いを固辞し、君とニッキでは住む世界が違うと断言する。

 今作で心打たれるのはパット家の様子よりも、彼を心底愛してしまったティファニーの一途な気持ちに他ならない。女は朝のジョギングに待ち伏せし、ハロウィンの日の7時30分に待ち合わせをするが、ディナーの席ではレーズン・ブランだけを食し、彼女は自身の尊厳を著しく踏み躙られる。それでもティファニーはダンス大会のパートナーに、まったくのダンス初心者であるパットを指名する。彼女の両親が母屋で過ごすのに対し、離れに引っ込むティファニーの描写はクレイグ・ガレスピーの『ラースと、その彼女』同様である。ティファニーはそこに全面鏡張りの部屋を作り、連日連夜パットを鼓舞し、練習に招く。父親はその行動を怪しみ、息子にフィラデルフィア・イーグルスの幸運の救世主になるよう誘惑するのだが、ロバート・デニーロに対峙するジェニファー・ローレンスのあまりにも堂々とした姿勢に唖然とさせられる。彼女の情熱に絆されたのか、シニアは興行主とあまりにも危険な賭けを取り決める。家族の行く末を心配するパットはその姿に及び腰になるが、強い運命の力にまずはティファニーが乗り、その姿にシニアは息子と自分の人生を100%ベット(心中)する。パットが愛した妻の残像を演じて来たヒロインは、姉夫婦の要らぬお節介に心を惑わす。ウォッカ2杯を勢いで呑んだティファニーが、果たしてあの動きが出来るのかという疑問は拭えないが 笑、心底満ち足りた表情を浮かべたヒロインの視線をパットが素通りし、ニッキへと向かうのを確認するクライマックスが残酷で容赦ない。ティファニーはニッキを自作自演した罪悪感よりも、愛する人を奪われた喪失感に苛まれる。クライマックスの夜道の場面は何度観ても涙腺が緩む2000年代屈指の名場面に違いない。

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