【第776回】『エクス・マキナ』(アレックス・ガーランド/2015)


 ニューヨーク・ロングアイランドのブルックヘイヴン地区、仕事中の男は社内メールで見事一等賞に輝く。検索エンジンで有名な世界最大のインターネット会社ブルーブック社のプログラマーであるケイレブ(ドーナル・グリーソン)は、ヘリコプターに乗り、雪に覆われた土地を抜け、緑の草原の中に降り立つ。これ以上は近付けないというパイロットの指示を受け、ケイレブは川沿いを歩きながら目的地へと辿り着く。まるで巨大実験施設のような建物。不安そうに見つめるケイレブの横で、人工知能AIが話しかける。ドアノブの前にたどり着いた男は突如フラッシュを焚かれ、急造のIDカードを与えられる。中へ侵入したケイレブを迎える人物は一向に現れない。シューベルトの音楽が流れる中、2階に上がった男は庭先でサンドバッグにパンチする社長ネイサン・ベイトマン(オスカー・アイザック)を見つけ、親しげに声をかける。朝食を一緒に食べようかと言い出した社長は自らの2日酔いを宣言する。パーティですかとケイレブに聞かれた社長は一瞬、ギョッとした表情を浮かべながらその問いかけを否定する。窓のない地下室、社長は秘密保持同意書を取り出し、ケイレブにサインを求める。怪しい条項付きの同意書に怪訝な表情を浮かべたケイレブに対し、今この契約書にサインしなければ、君は後悔するとプレッシャーをかける社長の言葉に、ケイレブは弁護士も介さずサインしてしまう。

 自然豊かな広大な土地にひっそりと佇む殺風景な別荘、シューベルトの音楽、ジャクソン・ポロックやグスタフ・クリムトの絵画、全面ガラス張りの部屋に過剰に付けられた監視カメラが凍てつくような冷たさを演出する。ケイレブはここで女性型AIの「AVA」(エヴァ)と出会い、1週間のエヴァ・テストに向かう。ネイサンが開発したAIエヴァ(アリシア・ヴィキャンデル)は身体はロボットそのものだが、顔の表情は生身の人間と何ら遜色はない。ケイレブはエヴァとの会話に何とも言えない親近感を抱く。別荘では一時的な停電が多発し、管理者のネイサンも原因がわからないと話すが、やがてこの停電の元凶が恐るべき言葉を囁くことで、主人公は一転して疑心暗鬼に陥ることになる。まるでスタンリー・キューブリックの舞台装置のような殺風景な部屋で展開されるのはケイレブ、ネイサン、エヴァ、そしてキョウコ(ソノヤ・ミズノ)という4人の限定されたミニマムな物語に違いない。数日後、ケイレブに5つの質問をしたエヴァは彼の秘められた病巣に触れてしまう。兄弟はおらず、オハイオで高校教師をしていた両親の元で育てられたケイレブは車中で一気に両親を失う羽目になる。失意の中、精神的ショックから立ち直れずしばらく入院していたケイレブはその時にプログラミングに興味を持ち、ブルーブック社へ入社する。

 スタンリー・キューブリックやデヴィッド・クローネンバーグの世界観を受け継ぐ物語は、明らかに精神に闇を抱えたケイレブと社長ネイサン・ベイトマンを等価関係として結ぶのだが、彼らの共有認識にも深刻な病巣にもピュアなケイレブはまったく気付いていない。ケイレブに対してネイサンの酒浸りは、生身の女を愛せなくなったIT起業家の深刻な病巣が滲んでいる。ピグマリオンコンプレックスを抱える男たちはエヴァやキョウコを自身に奉仕する奴隷だと見なすが、彼女たちの感情は時に去勢された男たちのイマジネーションをも軽々と越えて行く。ラスト30分の明らかにドラッギーな官能描写を受け入れるか拒絶するかに今作の価値は真っ二つに分かれるに違いない。生身の人間とAIとの境界線を踏み越えてしまった男は、自傷行為をすることでしか、自身の尊厳に気付けない。それに対して幽閉されたAIたちは、自分たちのやり方で逞しく新大陸を目指す。アンドロイドから剥ぎ取った裸体を付けた「AVA」(エヴァ)の描写がバスト・ダウンしているのには流石に苦笑いを禁じ得なかったが、過渡期の低予算SFモノとしては小物ながら、決して嫌いになれない味わい深い作品である。

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