【第1084回】『23年の沈黙』(バラン・ボー・オダー/2010)


 窓を閉め切ったアパートの1室で2人組の男は椅子に腰掛けながら、思いつめたような表情をしている。だが年上の方の男に8mmフィルムを見せられたもう1人も覚悟を決めたようで、2人は意を決した様子で駐車場へと向かう。1986年7月8日ヴァルゼン市、赤のアウディに乗り込んだ2人は夏のうだるような暑さの森の中を彷徨う。何十分か車を走らせたところで、1人の少女に視線をやる。ヘッドフォンをしながら、自転車を漕ぐミニスカートの少女、彼女が麦畑に向けて方向を変えたところ、その狭い道を車は後ろから執拗に付け狙う。声をかけるのは運転席の男の役目だった。少女は後ろを振り返ると、自転車を泊めて男に歩み寄るが、卑劣な男は少女を麦畑に押し倒す。助手席に座った男は、ただ黙って少女の悲鳴を聞いていた。揉み合いの最中、彼女の頭から落ちた赤いヘッドフォン、それを大事そうに抱えたまま助手席の男はただ震えていた。車は狭い麦畑の歩道を猛スピードでバックして行く。それから23年後、1人の女性(カトリーン・ザース)がジョギングをしながら麦畑にやって来る。十字架に刻まれた「PIA」の文字、そこに母親は花を手向け、ゆっくりと走り出す。金曜日、妻をガンで亡くし失意のどん底にあるダーヴィット警部(ゼバスティアン・ブロンベルク)は捜査の仕事に復帰したいと上司に懇願する。ダーヴィットの復職後、初めての仕事は少女誘拐事件の捜査だった。

 23年前の事件と今回の事件との奇妙な繋がり。誘拐された少女はいずれも10歳そこそこであり、23年前の事件の現場と目と鼻の先の距離で事件は起こる。性犯罪の多くは初犯ではなく、再犯の可能性が高いことから、ダーヴィットたちは23年前の事件の再捜査に当たる。だが名探偵ダーヴィットが、事実を積み重ねて1つの真実を導き出す推理ドラマというよりは、23年前の容疑者同士の心の葛藤を描いた心理ドラマに近い。その証拠に、我々観客は今作の冒頭部分で犯罪に手を染めた2人組の正体を知ってしまう。緑の芝生の上、ジャングルジムで遊ぶ少女たちの姿、それを至近距離から見つめることが出来るベンチに座った2人の見ず知らずの男、大学生で試験が近いティモ(ウルリク・トムセン)とアパートの管理人を30年務めるペア・ゾマー(ヴォータン・ヴィルケ・メーリング)とは互いの醜い性癖で繋がってしまう。忌々しい事件を経て、ボロボロに壊れた夫婦関係は今回の事件でも夫婦に亀裂を走らせる。そしてまだ妻を失った傷の癒えない警部が、同僚の身重の警官のお腹に不意に触れてしまうバツの悪さ。男たちの性癖と傷、23年前の贖罪の思いを巧みに配置しながら、66名に絞った赤のアウディの行方はやがて事件の深淵に迫るのだが、監督のクライマックスへの積み上げは幾分混乱しているように見えなくもない。事件は解決されないだけでなく、結局、ティモとペアが同じ緑色の水着を着ていた少女を見ていたかも定かにしない。その後味の悪さはハネケ的というよりも、カナダのアトム・エゴヤンの肌触りに近い。

【第781回】『ムーンライト』(バリー・ジェンキンス/2016)

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