【第851回】『パトリオット・デイ』(ピーター・バーグ/2016)

あらすじ、結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

【第850回】『ローン・サバイバー』(ピーター・バーグ/2013)


 アフガニスタン東部、クナル州アサダバード近郊の村。砂漠の中を一機のヘリが飛行している。ベッドで眠るマーカス・ラトレル一等兵曹(マーク・ウォールバーグ)は血だらけで、すぐに応急手当てをしなければ命が危ない。我々は嵐の中にいたのだというラトレルの深遠なるナレーション、「Based On A True Story」の文字。3日前の早朝、マイケル・マーフィ大尉(テイラー・キッチュ)は起きがけにパソコンをいじると、嫁からの誕生日プレゼントの催促。そこには2頭の白い馬が写っていた。PCを持ちながらラトレルの部屋に向かうマイクはまだ起きていないラトレルに馬の値段を聞くが、安くはないと答える。2つ隣のダニー・ディーツ二等兵曹(エミール・ハーシュ)の部屋。ベッドの上で話しかけようとするマイクに対し、ディーツは「今日こそお前を打ち負かす」とやる気満々な返事をする。互いに負けられない早朝ランニング、ようやく起きたマシュー・アクセルソン二等兵曹(ベン・フォスター)はアメリカに残したアジア系の恋人シンディと束の間のチャットに興じる。作戦で2日間チャット出来ないと告げるマットの悲しい報せ。数時間後、彼らはエリック・クリステンセン少佐(エリック・バナ)からレッド・ウィング作戦の指令を受ける。

 彼ら部隊はネイビーシールズ(Navy SEALs)と呼ばれるアメリカ海軍特殊戦コマンド特殊部隊として広く知られている。主に2つの特殊戦グループ、8つのチームに分かれて編成されており、苦しい訓練を突破出来なければ入隊は叶わない。タイトル・バックに出て来た水中順応訓練、基礎水中爆破訓練は精鋭たちを篩に掛ける厳しい訓練に他ならない。約6ヶ月にも及ぶ訓練過程を耐えぬくことができるのは、せいぜい入隊志願者の15%から20%であると言われている。厳しい訓練に音を上げた者は、緑のヘルメットを床に置き、故郷へ帰る。南ベトナム解放民族戦線掃討を目的として1962年1月1日に発足した精鋭部隊は、アメリカ軍が出来ない危険な任務を行う民間の部隊として21世紀に急成長を続けている。89年のジェームズ・キャメロンの『アビス』や92年のアンドリュー・デイヴィス『沈黙の戦艦』などでチラッとネイビーシールズの称号が役柄設定として出て来るものの、20世紀においては実際の活動は秘密のベールに包まれていた。ネイビーシールズの活躍を描くきっかけは、キャスリン・ビグローの2012年作『ゼロ・ダーク・サーティ』からである。ネイビーシールズから独立したチーム6、DEVGRUのウサーマ・ビン・ラーディン掃討作戦での活躍を描いた物語から、ネイビーシールズの名前は一気に表舞台へと浮かび上がる。イラク戦争に4度従軍したクリス・カイルの自叙伝を映画化した2014年のクリント・イーストウッドの『アメリカン・スナイパー』は、イスラムとの対立関係を1兵士の立場から描いた秀逸な戦争映画だった。

 今作はそのネイビーシールズ創設以来、史上最悪の出来事となったレッド・ウィング作戦の実写映画化である。150人程度の武装勢力を率いる耳たぶがない男アフマド・シャー(ユセフ・アザミ)暗殺のために、ネイビーシールズのチーム10が派遣される。有名なビール・ブランドの名前を隠語に冠した作戦はフェーズ1から5段階に分けられ計画立案された。2005年6月27日未明、2機のMH-47が降下地点のサウテロ山南側付近に到着する。降下したのはSEAL・SDVチーム1のマイケル・P・マーフィ大尉、マシュー・アクセルソン二等兵曹、マーカス・ラトレル一等兵曹、SEAL・SDVチーム2のダニー・ディーツ二等兵曹の4名であり、徒歩により目標地点へ接近、対象を監視できる拠点を確保して偵察行動を開始した。当初、この戦いでビッグ・マネーを稼いで祖国アメリカへ帰るつもりだった4人は双眼鏡の遥か目の前に見えるアフマド・シャーの殺害に鼻息も荒い。だが対象を狙うには目障りな木々のせいで、ラトレルたち4人の「スパルタン0-1」作戦は微妙な軌道修正を余儀なくされる。結論から言えばこれが悲劇の引き金となった。事実も結末も知っている物語ながら、やはり中盤から後半の怒涛の攻撃の迫力は凄まじい。山の中腹を転げ落ちる4人のスロー・モーション、4対100で為す術もなく追い立てられる彼らの壮絶なラストにはただただ絶句する。タリバンと相容れない宗教観を持つパシュトゥーン人との突然の融和はいかにも出来過ぎな物語に思えなくもないが、レッド・ウィング作戦の紛れもない真実を照らし出す。この後、主演のマーク・ウォールバーグと監督であるピーター・バーグのコンビは、メキシコ湾原油流出事故をモチーフとした『バーニング・オーシャン』、そしてボストンマラソン爆弾テロ事件を描いた『パトリオット・デイ』と実録路線で計3本の映画として見事に結実する。

【第849回】『ハンコック』(ピーター・バーグ/2008)


 白昼のロサンゼルス、白の4WDに乗ったアジア系3人が警官に発砲しながら追跡を掻い潜る。民間人を危険に晒す凶悪な強盗犯に対し、ロス市警はまるで為す術もない。TV中継車は昼間のワイドショーで追跡の模様を生中継しているが、ホームレスのように路上に眠るジョン・ハンコック(ウィル・スミス)はまるで関心がない。辺りに散らばったウィスキーの空き瓶、ベッド代わりにしていたダンボールの中から新しいウィスキーを取り出したハンコックは子供に「Asshole」と揶揄される始末。2日酔いの男は渋々ながら容疑者逮捕に一役買う。並外れた跳躍力と鋼のような肉体、車を軽々と持ち上げる怪力を誇る超人ハンコックは窓をぶち壊し後部座席に侵入し、ビルの屋上の尖った部分に標的となる4WDを突き刺す。こうして民間人の被害は未然に防いだものの、代わりに建物に甚大な被害が及ぶ。だがマスコミ嫌いで有名はハンコックは警察の前にもTVの前にも姿を現さず、ひたすら地下に潜る。アメリカ国内の世論もハンコックの存在に賛否両論だった。ロスのリーダーはTVの前で「NYに行って欲しい」と偽らざる本音を述べるが、我関せずの男は今日もどこかで人々を危機から救い出す。広告セールスマンのレイ・エンブリー(ジェイソン・ベイトマン)は「オール・ハート・マーク」という名の慈善事業のPR活動をしているが、木曜日の帰り、車は線路内に立ち往生する。そこへ貨物列車がやって来るのだった。絶体絶命のエンブリー、彼を絶体絶命の窮地から救い出だすのはジョン・ハンコックだった。

 2000年代のマーヴェル映画やDCコミックス映画を地で行くようなヒーロー像、本来なら国家の英雄であるはずの男はセルフ・プロモーションが下手なせいで「ダーティ・ヒーロー」としての軋轢に塗れた姿を晒す。行く先々で国民の好奇な目に晒され、どこにも行くべき場所などないジョン・ハンコックの深い深い病巣。命の恩人としての感謝という理解を超えて、ピュアな慈善活動家レイ・エンブリーはそんな深いトラウマを抱えた男の姿が見過ごせない。アーロン・エンブリー(ジェイ・ヘッド)を産んだ直後、この世を去った亡き妻の代わりに、アーロンの母親役をメアリー・エンブリー(シャーリーズ・セロン)が買って出る。女は当初から特殊な能力を持った赤の他人の存在に不信感が拭えない。映画はハンコックをトラウマから救い出したい夫と、彼の立ち位置に恐れを抱く妻とを対比的に描きながら、やがて衝撃の事実を明らかにする。ラスト40分の真に衝撃的な展開、ヴィランのいないスーパー・ヒーローものは恐るべき出自の問題に触れる。マイケル・マンの『コラテラル』に出演したピーター・バーグはここでも師匠マイケル・マン直々の指名を受ける。ピーター・バーグには率直に言って実録路線とメタ批評的なコメディとが両立する。全力疾走する車内から鳴り響く射撃音、ビルや道路を丸ごと吹っ飛ばすような威勢の良い爆発音は正にピーター・バーグの十八番だが、今作は決してシリアスな方向には舵を切らず、アメコミ・ヒーローもののメタ批評として十分に機能し得る。個人的にはピーター・バーグの素質はアメリカの復権を目指すようなシリアスな実録シリーズよりも、アメリカの英雄の裏側をコメディ・タッチで描いた今作の匙加減の方がすこぶる心地良い。

【第848回】『キングダム/見えざる敵』(ピーター・バーグ/2007)


 1932年のサウジアラビア建国からの歴史を解説したタイトルバック。合弁会社〜オイル・ショック〜湾岸戦争とアメリカとサウジのズブズブの関係を一通り説明した後、最後に巧妙に9.11アメリカ同時多発テロ事件のニュース映像が挿入される。テロ首謀者として認定された19人のうち、何と15人がサウジアラビア国籍だったという衝撃の事実で物語の幕は開く。サウジアラビアの首都リヤド、厳格なイスラム法で裁かれない完全な治外法権を手にした外国人居住区。公園では白人同士のソフトボール大会が優雅に開かれていた。隣でウィンナーを焼くBBQの席、応援席では草野球に興じる男たちの家族が熱い声援を送っている。外国人居住区のセキュリティ・ゲート、カーキ色の軍服を着たニセ軍人たちはまずセキュリティの2人を射殺した後、マシンガンで次々に罪もないアメリカ人を殺して行く。皆殺しの惨劇から逃げ果せた人々はFBI捜査官フラン・マナーブ(カイル・チャンドラー)らの呼びかけにより広場に集まるが、そこで二度目の悲劇は起こる。ピーター・バーグの18番である爆風にやられた凶悪な事件の死者は100人以上、死傷者も200人以上にも及ぶテロ事件となった。12月4日、自身の息子の誕生日を人生最良の日だと断言するロナルド・フルーリー(ジェイミー・フォックス)の元に事件の痛ましい一報が入る。同僚で親友だったフルーリーの死、居ても立っても居られなくなったフルーリー捜査官は爆発者専門家のサイクス(クリス・クーパー)と情報分析官のレビット(ジェイソン・ベイトマン)、法医学調査官のメイズ(ジェニファー・ガーナー)ら3名と共にサウジアラビアへと向かう。

 ピーター・バーグの実録シリーズの記念すべき第1作。今作は1996年6月26日に起きたホバル・タワー爆破事件と2003年5月12日のリヤド居住区爆破事件とを組み合わせ、映画的に巧妙にアレンジしている。当初は男たちの熱過ぎる群像劇を得意とするマイケル・マンに白羽の矢が立ったものの彼は製作総指揮に回り、代わりにマンの一番弟子であるピーター・バーグが監督に指名される。平穏だったコミュニティに突然起きる爆発場面、利害の一致しない様々な立場の交錯、それでもプロフェッショナルに事件を解決しようとする登場人物たちの活躍ぶりは当初からピーター・バーグの実録路線のストレートな突破口であり核となり得る。事態を穏便に済ませたいサウジアラビアの国王側の自主規制路線、イスラムの男を女が裁いていけない、事件の深層に入り込んではならない、サウジアラビア警察の指示が無ければ勝手に動いてはならないなど幾つかの制約がフルーリーたちのチームを苦しめるが、片や彼らの味方になるはずの主権国家アメリカも石油の利害関係が元で、事件の深層に迫ることが出来ない。すなわち世界一の石油産出国と世界一の石油消費国の関係性はwin-winを貫き、200人以上の死傷者が出た大事件においても健全な裁きを下すことが出来ないでいる。当初、サウジ政府の雁字搦めの威嚇に行動すらも制限されていたフルーリーたちは、サウジアラビア国家警察のアル・ガージー大佐(アシュラフ・バルフム)の正義感と出会い、全ての潮目が変わる。

 今作の核はイスラム教の聖地メッカはサウジ領内にあり、イスラム保守派は聖地のすぐ側に堕落したアメリカ軍がいることを快く思っていないと云う歴史的事実に端を発する。何百人の人間を殺めた後、「アッラーに栄光あれ」と叫ぶイスラム保守派やイスラム教原理主義者にとっては、アメリカ軍の駐留という事実が宗教的な価値観を二重三重に苦しめる。サウジアラビアの周辺国であるイランやイラクとの政情不安は、云うまでもなくアメリカ軍需産業を肥え太らせる結果となる。政治的に見れば、アメリカ軍の日本駐留とサウジアラビア駐留とはまったく意図が違う。ロシアが影で支援するイランやイラクに対し、サウジアラビアの政情不安を煽れば煽るだけアメリカ製の兵器は飛ぶように売れる。合衆国は対岸の火事である中東情勢に過剰に乗り入れることで、90年代以降の軍需産業の拡大を推し進めて来た。その皺寄せが民衆を苦しめ、復讐の構図が出来上がったのは明らかであろう。映画はまったく別の環境で暮らすロナルド・フルーリーとアル・ガージー大佐とをある種の正義感で結ぶ。「超人ハルク」に影響を受けて警察を志したアル・ガージー大佐の思いは、国家権力に縛られない個人と個人としての友情を結び付ける。何某かの組織に所属する者同士が、互いの利害関係を超越して深く結びつくことこそがピーター・バーグの通奏低音であり、持ち味なのだろうが、それにしても終始手持ちカメラの落ち着きのない構図には最後まで肝を冷やした。地に足のついた実録シリーズに対し、終始グラグラな手持ちカメラの構図はさすがに演出の適格性を著しく欠いている。

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