【第843回】『LOGAN/ローガン』(ジェームズ・マンゴールド/2017)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

【第841回】『ウルヴァリン: SAMURAI』(ジェームズ・マンゴールド/2013)


 1945年8月、長崎県長崎市。地下に掘った牢獄に収容されているローガン(ヒュー・ジャックマン)は石壁に爪を立てながら、爆撃機の羽音を注意深く聞いていた。B-25爆撃機のプロペラ音、市民は空襲の合図により次々に逃げ惑うが、青年将校の矢志田市朗(ハル・ヤマノウチ)だけは最後まで勇敢に戦い、非業の死を遂げようとしていた。将校たちの3人連なった割腹自殺、爆風ギリギリのところでローガンはヤシダを救い出し、地下牢へ逃げ込む。あれから70年後の現代、『X-MEN: ファイナル ディシジョン』で最愛の恋人ジーン・グレイ(ファムケ・ヤンセン)を殺してしまったローガンは自責の念に苛まれている。カナダの山奥の洞窟内、すっかり髭も伸びきったローガンを探す1人の女ユキオ(福島リラ)が現れる。シロアメリカ熊と共に暮らすローガンは、最愛のグリズリーに毒矢を放った街の若者に激昂する。だがユキオは「断斬」という名刀を盾にローガンを誘惑する。その刀には70年前のローガンと矢志田市朗との友情があった。「矢志田産業」のプライベート・ジェットで15時間あまり、東京に降り立ったローガンは末期癌の病床にある矢志田市朗を見舞うのだが、そこで矢志田家のドロドロとした因果に触れてしまう。

 『X-メン』シリーズのスピン・オフ作品である『ウルヴァリン』シリーズの第二弾。あのデッドプールも端役で出演した前作は兄弟の愛憎を描き、ヴェトナム戦争末期の混乱の中を生き抜いた兄弟の激動の半生を描き出したが、老いや肉体的ダメージをも超越するローガンは、1970年代の忌々しきヴェトナム戦争だけでなく、1945年の世界大戦の渦中にいた悲しい過去が明かされる。毎夜繰り返される最愛のジーンの悪夢、名誉ある死と苦痛からの解放を追い求めるローガンの病巣は、やがて矢志田市朗の孫である矢志田真理子(TAO)に出会い、救われる。前作『ナイト&デイ』のキャメロン・クロウとトム・クルーズ同様に、ローガンは真理子の命を付け狙うヤクザ組織からヒロインを救い出す。奇しくも前作『ナイト&デイ』と同様の構図の物語は、新宿〜秋葉原〜上野〜港区芝公園の増上寺〜長崎へと連綿と続くジャポニズム掘り起こしの旅へと我々を誘う。新幹線の屋根部分での心底馬鹿馬鹿しいVFXアクションは前作『ナイト&デイ』を見事に踏襲している。緊張と緩和で言えば明らかに緊張のアクション描写以上に、マンゴールドは2人が泊まったラブホの部屋の描写を丁寧に紡ぎ出す。火星探検の部屋での気まずい2人の描写、自然治癒能力を奪われたローガンはラブホのオーナーの手荒な人体実験に助けられる。

 物語的にはほとんど幻想の中の武士道精神を掘り起こした2003年のエドワード・ズウィックの『ラストサムライ』やクリント・イーストウッドによる2006年作『硫黄島からの手紙』、はたまたクエンティン・タランティーノによる2003年作『キル・ビル vol.1』ら日本を舞台にした大作と比べると新機軸は見るべくもないが、馬鹿馬鹿しい日本の戯画的な描写に対し、極めて誠実にロジックを紡いだマンゴールドの手法はバカにされるべきではない『ラストサムライ』以来の矢志田信玄(真田広之)の剣術さばきにはアメリカ人から見た古き良き日本のサムライへのリスペクトが垣間見える。『X-メン』シリーズの中では突出して歪な作品ながら、親子三代の愛憎の歴史という縦軸に対し、愛するジーンを失ったウルヴァリンの苦悩を横軸に据え、天涯孤独な真理子とローガンとが互いの傷を舐め合うという物語上の骨子は決してB級映画を目指してはいない。小川直也や角田信朗の清々しいまでの殺られっぷり、ラスボスにしては随分と頼りないヴァイパー(スヴェトラーナ・コドチェンコワ)や原田剣一郎(ウィル・ユン・リー)の活躍も含め、結果的にB級活劇に成り下がっているものの、『アウトロー』のクリストファー・マッカリーの紡いだ脚本をマンゴールドはあくまでウェルメイドにプロフェッショナルに丁寧に紡いでいる。

【第840回】『ナイト&デイ』(ジェームズ・マンゴールド/2010)


 ウィチタ・ミッド・コンティエント空港のボストン行き77便。ジューン・ヘイヴンス(キャメロン・ディアス)は妹のエイプリル(マギー・グレイス)の結婚式に出席するために、生まれ故郷であるボストンへ帰ろうとしている。エスカレーターで到着した彼女はどういうわけかロイ・ミラー(トム・クルーズ)に二度ぶつかる。ボストン行き77便は遅延し、ようやく目的地へ向かうところだが、ジューンの席はない。次の便に乗ろうと諦め掛けていた矢先、座席の空いた彼女は77便のロイ・ミラーの斜め前の席に座る。フランクに話しかけてくるロイに対し、女は満更でもない様子を見せる。彼女が化粧室に入った時、ロイ・ミラーは突如もう一つの顔を見せる。乗客やパイロットを散々蹴散らした後、何食わぬ顔で乾杯する優男は、次の瞬間、不時着するからとジューンに告げる。かくしてボストンの草むらの中に不時着したボストン行き77便から降りると、ジューンは睡眠薬を飲まされ卒倒する。男に一目ぼれしたジューンだったが、ロイの正体はジューンが夢に見た理想の男性どころかCIA所属の超一流のスパイであり、そのCIAから追われる身だった。カーチェイスと銃撃戦の末に、ロイはジューンをCIAから救出するが、怖くなったジューンはロイから逃げ出し、消防署へと駆け込む。そこにはかつての恋人であるロドニー(マーク・ブルカス)がいる。

 キャメロン・ディアスとトム・クルーズの2001年作である『バニラ・スカイ』以来の共演作品。結婚適齢期をとうに過ぎ、妹に先を越された結婚式までの道中で、運命の男に偶然(のようにして)出会ったヒロインのジューンの描写は多分にロマンティック・コメディ的な軽快さに溢れている。明らかにシェイクスピアの戯曲『十二夜』、『夏の夜の夢』などを下敷きにしたであろう物語は、古典的な脚本を熟知したジェームズ・マンゴールドならではの機知に富む。当初は胸元から首筋のあたりに香水を振りまき、ブラをたくし上げやる気満々のヒロインは、一目惚れしたロイ・ミラーの粗暴さにたじろぐ。女は腕力に長けた元カレにすがるものの、男の粗暴さはその斜め上を行く。ロイ・ミラーはヒロインに対し、「僕と一緒にいてくれ」と懇願され男の寂しい背中に気付く。『アイデンティティー』において、いわゆる「クローズド・サークル」ものの典型的で秀逸な密室劇を具現化したマンゴールドの手腕は、ロマンティック・コメディの王道を丁寧に踏襲する。それはつまり男と女は偶然に出会い愛し合うものの、第一印象の悪さに気後れし、会うたびに口喧嘩になる。ところが互いに協力し合わなければならない事態に遭遇し、惹かれ合う物語上の機微に他ならない。今作はロマンティック・コメディの王道を『ミッション:インポッシブル』シリーズのイーサン・ハントのメタ批評的なアクション・シーンとジグザグに交差させる。また2人だけの世界に齟齬をもたらすポール・ダノの怪演ぶりも素晴らしい。トム様のファンにはただただ不評だった作品ながら、マンゴールドは今作で見事にB級からA級作家へと華麗なる転身を果たす。

【第839回】『アイデンティティー』(ジェームズ・マンゴールド/2003)


 ネバダ州北部、大雨が降り続き、雷鳴が轟く夜。モーテルの管理人ラリー(ジョン・ホークス)は酒を呑みながらTVを眺めている。降り続く雨で視界も不明瞭な田舎の道路を一台の車が走っている。後部座席に座るアリス(レイラ・ケンズル)と息子のティミー(ブレット・ローア)は視界も不明瞭な中、ジョージ・ヨーク(ジョン・C・マッギンリー)の運転で目的地へ辿り着こうとするが、次の瞬間左のリア・タイヤがピンヒールを轢き、パンクチャーを起こす。突然の不具合に外に飛び出し作業をする夫婦だったが、次に来た車にアリスは撥ねられる。かつて売れっ子女優だったカロライン(レベッカ・デモーネイ)の運転手を務めるエド(ジョン・キューザック)は動揺する様子も見せずに、アリスの救護に当たる。ジョージは血だらけの妻を抱きかかえながら、モーテルのドアを開ける。カロラインに借りた携帯電話は通じず、エドは最寄りの救命病院へと急いで車を走らせるのだが途中、車が故障した娼婦パリス(アマンダ・ピート)に助けを求められる。その先の道路が冠水し、行き場を失ったエドたちは仕方なくモーテルへと戻る。そこへ一台の怪しい車が到着する。警察官ロード(レイ・リオッタ)は犯罪者の移送中に立ち往生し、このモーテルへ辿り着く。その夜、11人もの男女がうらぶれたモーテルへ取り残される。全ては一晩だけ眠り、明日雨が止むのを待てば良かったはずだった。

 僅か15億円の低予算でシルヴェスター・スタローン、ハーヴェイ・カイテル、ロバート・デ・ニーロの3大俳優共演作である『コップランド』をヒットに導いた(実際は制作費のほとんどが名優3人のギャラだったことは想像に難くない)効率的なB級プログラム・ピクチュアの職人であるジェームズ・マンゴールドの輝かしいフィルモグラフィ。その後、ウィノナ・ライダー最後の力作『17歳のカルテ』やヒュー・ジャックマン、メグ・ライアン主演による『ニューヨークの恋人』のようなライトな恋愛映画を経て、今作へと辿り着く。明らかに1939年に刊行されたアガサ・クリスティの長編推理小説『そして誰もいなくなった』に端を発する物語は、うらぶれたモーテルに泊まる11人の群像劇であり、いわゆる「クローズド・サークル」ものの典型的で秀逸な密室劇であろう。行き先を阻むような雷鳴と豪雨、先客のいないモーテルの軒下でようやく暖を取れると安心したのも束の間、突如1件目の殺人が起こる。いったい誰が、何の目的で快楽殺人を繰り返すのか?まるでホラー映画の登場人物のように次々に分断されていく彼らは殺人鬼の格好の標的となる。真に頼りない刑事と元刑事のレイ・リオッタとジョン・キューザックのW主演はアメリカの中堅映画の熱狂的な支持者にはあまりにも嬉しい。かくして僅か25億円の低予算で作られた物語は全米初登場1位に輝き、見事全世界興行収入100億以上を叩き出した。M・ナイト・シャマランの『スプリット』よりも14年早く解離性同一性障害をモチーフとした物語は、90分で緊張と緩和を過不足なく見事に描き切り、中堅作家ジェームズ・マンゴールドの名を内外に轟かせた。

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