【第845回】『20センチュリー・ウーマン』(マイク・ミルズ/2016)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

【第844回】『人生はビギナーズ』(マイク・ミルズ/2010)


 一輪ざしの白い花、部屋の脇に固められた段ボールの山。オリヴァー・フィールズ(ユアン・マクレガー)はクローゼットの中から、懐かしい父親の上着を取り出し、畳んで段ボールにしまい込む。アーサーという名のジャック・ラッセル・テリアに話しかけながら、今日から君の飼い主だと話すオリヴァーは数日前に父親ハル・フィールズ(クリストファー・プラマー)の死を看取り、手狭な部屋に引っ越して来る。オリヴァー・フィールズ38歳独身、イラストレイターとして数々のCDジャケットを手掛けた売れっ子作家の母親は5年前に死んだ。母親の葬式を済ませた後、突然父親は自らが「ゲイ」であることをカミング・アウトし、同性愛者として自由気ままに生きることを決めた。それは45年連れ添った母親との夫婦関係を否定するものに思えたが、癌を宣告された父親はゲイであることをカミング・アウトしたところから、自らの終末生活を謳歌する。3周りも年の離れた若いゲイのアンディ(ゴラン・ヴィシュニック)との恋愛関係、オリヴァーは天国に旅立った母親ジョージア(メアリー・ペイジ・ケラー)の姿を思い浮かべる。ユダヤ人の母ジョージアと美術館の館長だったハルとは出勤の際、いつも決まって口づけを交わす。幼い頃のオリヴァーにはその姿だけがただただ思い出される。

 処女作『サムサッカー』同様に、歪な家族関係の中で主人公は父親とのコミュニケーションの取り方がわからぬままもがく。保守的で厳格だった父親像と、それとは真逆の破天荒な母親の姿。オリヴァーはそんな両親の元でアートに興味を持った。その姿はX-GIRL、マーク・ジェイコブスなどのアート・ディレクター、NIKEやフォルクスワーゲンのCMプランナー、SONIC YOUTHやBEASTIE BOYSのアルバムのジャケット・アート・ワークを手掛けた今作の監督であるマイク・ミルズのキャリアとも無縁では無い。今作はミルズの父親の死後、半年間で脚本が練られ撮影されたミルズの半自伝的物語である。美術史家だった父親は妻を愛しているかに見えたが、50年代の平和な家庭像の範疇に自らを閉じ込め、軋轢のある時代をひたすら耐え抜いて生きて来た。母親はユダヤを隠し、父親は自らのゲイを隠して、平穏無事にオリヴァーを育て上げた。しかしステージ4の癌の告知をされたことで、厳格な父親の姿は一気に変貌していく。今作は直近の過去とオリヴァーの幼少時代の回想、そしてオリヴァーの運命の人アナ(メラニー・ロラン)との現在とを器用に交差させながら、時系列をシャッフルするように大胆にフィールズ家の家族像を描き出す。それは父親を失うことと、新しい恋人を受け入れることが2層構造となって主人公オリヴァーの感情をかき乱すのである。

 LAに憧れるアウトサイダーたちの永遠の憧れの象徴であるcosmopolitan book shopの父子の僅かなやり取り。龍安寺の石庭に思いを馳せながら、2人が見つめた天井のシミ、ゲイを集めた映画鑑賞会で再生されたハーヴェイ・ミルクのドキュメンタリー、ハルが息子に何度も聞くことになる「ハウス・ミュージック」という響きのリフレイン。50年代のギンズバーグとビートニクの青春時代。幾つかの詩的な感情をエモーショナルに切り取るマイク・ミルズの手腕はレッド・ワンデジタルカメラを使用しながら、フィックスと手持ちの間を行き交う。それは愛情と恐れの間をたゆたうオリヴァー・フィールズの心象風景を巧みに切り取っている。本能の赴くままに生き、ステージ4の癌だと診断された後の5年間を真っ当に生きた父親の姿に息子は愛することの大切さを教えられながら、目の前の運命の出会いになかなか踏み出せずにいる。処女作『サムサッカー』同様に男たちは外見ばかりを気にし、女たちの微妙な感情に気付かない。闇夜のグラフィティ・アート、ストリートを占拠するように走る2人のローラー・スケート、ホテルの部屋に帰ったオリヴァーとアナは心を病んだ父親の鳴らすベルに出ない。キング・サイズのベッドの両端で電話を取った2人の背中合わせの描写の筆舌に尽くし難い素晴らしさは、2010年代屈指の名場面であろう。処女作『サムサッカー』で突如アメリカ映画に登場した遅れて来た天才作家は、父親との生々しい関係性を露わにした今作で、一躍インディペンデント作家の要注目株に躍り出た。

【第842回】『サムサッカー』(マイク・ミルズ/1999)


 早朝のオレゴン郊外、閑静な住宅街。17歳の長男ジャスティン・コッブ(ルー・プッチ)はなかなか眠りから目覚めずに父親のマイク・コッブ(ヴィンセント・ドノフリオ)に起こされる有様。部屋が違う弟ジョエル(チェイス・オファーレ)は既に起き朝の体操を始め、食卓では母オードリー(ティルダ・スウィントン)が俳優の写真が描かれたシリアルの広告を見ながら、自分の長所について思案に暮れていた。明らかに歪な4人暮らし。ジャスティンは学校に行けばディベート部の同級生で意中の女の子レベッカ(ケリ・ガーナー)の意見を全肯定し、ギアリー先生(ヴィンス・ヴォーン)に嗜められる。クラスでなんの取り柄もないジャスティンにとって、唯一の頼みの綱は歯科医のペリー先生(キアヌ・リーヴス)だった。いかにもアート思考な額縁の絵画、美しい環境音楽の調べの中、17歳の少年は歯列矯正を受けながら、先生と話すこのかけがえのない時間だけが頼りだった。思春期の17歳の少年にとって、隠したいコンプレックスがある。それは親指を吸う癖がなかなか治らないことだった。Sonic Youthの95年のアルバム『Washing Machine』のアートワークも手掛けた90年代のカリスマ的アート・ディレクターであるマイク・ミルズの手捌きはショットとショットをポップに配置し、Elliott Smithのサントラが静かに華を添える。

 10代ならではの疎外感や焦燥感、実の父親と母親をパパとママと呼べずに、マイクとオードリーと呼ぶ少年の両親との独特の距離感はもどかしさとなり、大人になるためのトラウマを抱える同級生の少女との恋はなかなか上手く行かない。もどかしい思いを抱えるジャスティンにメンターであるペリー先生は声を掛ける。「守護獣を呼べ」という彼の自己暗示はどういうわけかジャスティンの心をいたく苦しめる。父親からタトゥーのように刻まれたMFC(マイケル・フォレスト・コップ)の言葉も彼の病巣を取り除くことには繋がらない。しまいには医師に注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断され薬を処方されるのだが、この強い薬を飲んだ途端、ジャスティンの眼前の景色は一瞬でバラ色に変わる。こうして自信喪失気味だった長男の病巣は徐々に薄れて行き、17歳らしい活気を取り戻すのだが、それでも家族4人の歪なバランスに変化は見られないどころか、一層深く家族の病巣は進行する。夜勤の仕事に転職した美しい母親への少年の強い思い、コミュニケーション不全の父子は遥か彼方に行ってしまった聖母マリアの姿を思い浮かべながら、互いに傷を舐め合う。コカインと分子3つしかないスピードを自身への鞭として利用しながら、生身の姿になった男たちの描写はことごとく弱く、あまりにも脆い。それは母親の憧れだったマット・シュラム(ベンジャミン・ブラット)も例外ではない。カッコつけた男たちは大してカッコ良くもなく脇道に逸れて行き、女たちの心底図太い情念に寄り添う。かくしてソフィア・コッポラやウェス・アンダーソン、ハーモニー・コリンに遅れてやって来た遅咲きの天才の長編処女作は、2000年代の青春映画の金字塔となった。

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