【第876回】『オクジャ/okja』(ポン・ジュノ/2016)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

【第874回】『母なる証明』(ポン・ジュノ/2009)


 漢方薬局の向かいの写真館の前、母親(キム・ヘジャ)は一人息子トジュン(ウォンビン)のことが気になって仕方ない。息子はジンテ(チン・グ)に命令され、飼い犬と共に手を振るも、そこに猛スピードで通りがかったベンツがトジュンに接触する。母親は息子の事故に驚き、指を切る。息子はジンテと共に逃げたベンツの行方を追う。5293の黒のベンツをゴルフ場で見つけたジンテはサイドミラーを破壊し、逃げた男たちの足取りを追う。捕まえたのは地位も名声もある大学教授の御一行で、当て逃げとサイドミラー破壊により、相談を受けた警察は示談にしようとしていた。チンピラの先輩ジンテとの交流を絶つべきだと考える母親は知的障害の息子を説得するも、彼の心はジンテからなかなか離れない。ある日ジンテに待ち合わせをすっぽかされたトジュンは「マンハッタン」でしこたま酒を呑み、娘のミナ(チョン・ウヒ)に声をかける。しかし相手にされなかったトジュンはパッグを背負った1人の女子高生に出くわす。知的障害のトジュンは後ろから女に声をかけるが、一向に相手にされない。翌日、女子高生は屋上で死体となって発見される。名前はムン・アジョン、高校2年生が殺された陰惨な事件に、ジェムン刑事(ユン・ジェムン)は大規模な捜査を行う。

 ポン・ジュノにとって2003年の『殺人の追憶』以来、2度目の猟奇ミステリーとなる今作は、ある母子の尋常ならざる関係にフォーカスする。過保護な母親と、それを当たり前のようにして育った知的障害の息子には、年頃になっても彼女の1人も出来ない。息子が愛する女は密かに先輩と肉体関係にあり、SEXの最中にしりとりをカマす。クローゼットからその姿を見て、あろうことか被害者の葬式にまで参列する母親の判断はどこか常識を欠くものの、そこには残酷なまでに純粋でイかれた息子への愛情が浮き彫りになる。物語の構造は『ツイン・ピークス』のドラマ版第一シーズンのような趣だが、セパタクローの技術には優れているものの、一向に頼りにならないソン・セビョクやユン・ジェムンに代わり、ただ1人事件を解決せんと願う母親の気狂いじみた衝動が中盤以降、物語を駆動させる。呪われたこめかみの挿話、溢れる2ℓの水、SEXとしりとり、米餅少女が現像所で出した鼻血、遊園地と観覧車が事件の核心に朧げながら母親を近付けるものの、事件は栄養ドリンクと農薬にまつわる母子の因果を明らかにすることで、皮肉にも息子を救うために母親が重い十字架を背負うことになる。名前入りのゴルフ・ボールに変わり、トジュンが拾ったお灸セットだけが母子の間のたった一つの真実(秘密)を伝える。

【第873回】『インフルエンザ』(ポン・ジュノ/2003)

 ソウル市内に設置された監視カメラのモノクロ映像、男が最初に目撃されたのは2000年11月、漢江(ハンガン)のセンフォ橋の上だった。チョウ・ヒョクレ(ユン・チェムン)31歳無職。お金に困った男は、駅のトイレの洗面台で手品を繰り出すも、道行く歩行者には一向に見向きもされない。それから2年後の2002年、男は飢えソンブックのゴミ置場で残飯を漁っていた。単独で初めての犯行を犯すのはそれから1年後のことだった。2004年、パートナーの女(コ・スヒ)と共にプサン銀行を襲った怠惰なカップルは20周年記念で銀行からプレゼントを貰うも、次第に犯罪に歯止めが効かなくなる。5000万ウォン(約500万円)以内の予算で製作し、全てデジタル・フォーマットで撮影・編集まで行う条件の『三人三色』プロジェクトの一編『インフルエンザ』は、冷たく無機質な監視カメラの映像を数年に渡りシームレスに繋ぐ。粒子の粗いモノクロ映像が続く中、駐車場の強盗シーンは首振りのカメラがゆっくりと左右にパンしながら、2人の凶行を斜め上から据える場面がヒリつくように怖い。

 キム・ギドク監督の2000年の『リアル・フィクション』とのある程度の親和性は見られるものの、『ほえる犬は噛まない』で主人公ペ・ドゥナの親友役を演じたコ・スヒの怪演ぶりが凄まじい。最初に痛めつけるのは男であるユン・チェムンだが、犯行をエスカレートさせるのは常に女であるコ・スヒの役目である。監視カメラの映像は時に犯罪を犯す対象との間に厳格な距離を取り、暴力を他人事のようにロング・ショットで据える。だが狭い密室での凶行を余儀なくされる壮絶なラスト・シーンまで、底辺に生きるカップルの底の抜けてしまった感覚が心底怖い。日常に漂う犯罪の気配を辺りに漂わせながら、銀行でハイになったコ・スヒが踊るダンス・シーンの滑稽さ、その暴力性とシニカルなユーモアを危うく配合するポン・ジュノの手腕が光る傑作短編である。

【第872回】『ほえる犬は噛まない』(ポン・ジュノ/2000)


 韓国ソウル、天気の良い日、ユンジュ(イ・ソンジェ)はジョンピョ先輩(イム・サンス)に電話をかける。電波の悪い集合住宅、ユンジュは外に出て電話をしているが犬の声に苛立つ。大学講師のユンジュはなかなか教授になれないまま、2歳年上の姉さん女房であるウンシル(キム・ホジョン)に養われるヒモ同然の生活を送っていた。後輩たちには先を越され、遂には同期だったナムグンにも先を越された男は先輩に教えを乞うが、逆に説教をされる始末。妻のお腹には赤ん坊が宿り、これから一家の大黒柱として養っていかなければならないものの、その重圧に耐えきれなくなった男は犬の声に神経過敏になり、犬を始末しようと考える。隣のドアの前に座る犬を拐い屋上に連れて行くが、お婆ちゃん(キム・ジング)が切り干し大根を干しに来たことで、犬は危機を免れる。絞首刑なども考えるものの、臆病なユンジュは自分で手を下せず、地下室にあるタンスの中に犬を隠す。一方その頃、商業高校出身のヒョンナム(ペ・ドゥナ)は、マンションの管理事務所で経理の仕事をしていた。怪力の友人チャンミ(コ・スヒ)とのうだつの上がらない青春の日々、そこへ団地に住む少女(ファン・チェリン)が行方不明になった愛犬ピンドリを探しにやって来る。

 韓国の鬼才ポン・ジュノの長編デビュー作。マンションに住む1組の夫婦の悲哀に満ちた日常を描きながら、そこにまともな就職口が見つからなかった管理事務所の事務員を絡ませる見事な脚本の妙。まったく別々に見えた2組の物語が中盤から実に密接に絡み合う様子は見事というより他ない。犬の鳴き声にノイローゼになった主人公、あろうことか生きた犬を締めて食おうとする警備員(ピョン・ヒボン)、地下室に隠れていたホームレスの男(キム・レハ)、老い先短い切り干し大根おばさん、そして幻のボイラー・キムなどオリジナリティ溢れるキャラクター描写。ペット禁止を謳いながらも、一向に守られない規律。まさにこの郊外型マンションは韓国の縮図としてそびえ立つ。ほぼ同時に落ちた愛犬と双眼鏡。団地に住む少女の雨ガッパの黄色からリレーされるヒョンナムのパーカーの色。ユンジュのおでこのキズとヒョンナムの顔の痛々しい傷跡、『グエムル-漢江の怪物-』でも印象的だった辺り一面見えなくなるような消毒液の煙。コンビニまで続くトイレット・ロールと妻がいじるテーブルの上のトイレット・ロール。ユンジュとヒョンナムの2人が共同で貼る「犬探しています」のポスター、ラストの天然ぶりまで今作と続くチョン・ジェウンの『子猫をお願い』で一躍スターダムに駆け上がったペ・ドゥナの天真爛漫な愛らしさが素晴らしい。次の展開がまったく読めない見事なシナリオ展開に、登場人物たちの朴訥とした味わいが光る衝撃の処女長編である。

このカテゴリーに該当する記事はありません。