【第905回】『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』(リチャード・カーティス/2013)


 イギリスの最南端及び最西端の街コーンウォール、ティム(ドーナル・グリーソン)は海岸線の田舎町に生を受けた。母親メアリーは自我に溢れ、クイーンをライフスタイルの中心に置く奔放な女性で、父親は50歳で教職を早期退職した後、家族との時間を大切にする温厚な男だった。叔父のデズモンド(リチャード・コーデリー)は気さくな楽天家だがいつもスーツで過ごす人で、キットカットと呼ぶ妹のキャサリン(リディア・ウィルソン)だけは自由奔放な問題児だった。海の見える家、家族は毎日石切りや海岸線を散歩しながら、思い思いの日々を過ごしていた。金曜日の夜は雨が降ろうが決まって映画鑑賞会をする一家にとって、ティムの巣立ちの時はすぐそこまで迫っていた。ティムの21歳のニュー・イヤーズ・イヴ、冴えない恋をする男は2日酔いの身体を妹のキットカットに叩き起こされる。父親からの家族にまつわる重大な告白、この家では代々、息子が21歳になった時に重大な告白をする決まりだった。半信半疑のままクローゼットの中に迷い込んだティムは、特殊能力「タイムトラベル」に目覚める。この家の男たちは(叔父は除く)、決して未来には行けないが過去に戻ることの出来る特殊能力の持ち主だった。オレンジ色の髪、趣味の悪いボーダーのシャツを着たティムは一貫して冴えない青春時代を過ごしながら、苦みばしった地元から一路、イギリスの中心地ロンドンを目指す。

 過去に遡っても盛大にフラれたシャーロット(マーゴット・ロビー)とのこっぴどい恋の結末は真っ先にリチャード・カーティスの脚本で大ヒットを記録したブリジット・ジョーンズを彷彿とさせる。かくして実家暮らしだった主人公は田舎町コーンウォールから、ロンドンのアビー・ロード近くに居を構える父親の友人の脚本家ハリー(トム・ホランダー)の元で居候を始める。不器用な男2人暮らし、駆け出しの法曹界、やがて少しずつ余裕が生まれ始めた6月17日、「ドレスコードは娼婦」という合言葉で男は運命の女メアリー(レイチェル・マクアダムス)に出会う。何度もトライ&エラーを繰り返せる「タイムトラベル」の能力を駆使し、ティムは何度もメアリーのハートをノックする。その展開は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズ以上に荒唐無稽ながらも、運命の人とのすれ違いのレイヤーを何度も再現する。出会い、初めてのSEX、すれ違いと初恋の人との再会、そして出産、一見して予定調和に彩られた脚本はその都度分岐点に出くわし、主人公は自身の運命の決断を迫られる。愛する妹キットカットの尊厳を守ろうとした主人公の決断は、兄の思惑を外れ、父親と自身との関係性においても、思い通りにならない葛藤が滲む。タイムトラベルで簡単に愛は手に入らないし、簡単に家族を幸せにすることも出来ない。クライマックスの海岸線を歩く父子の描写は何度観ても涙腺が緩む。ケイト・モスの展覧会で出会う運命の2人、強風と豪雨に晒された結婚式、卓球台を前に息子が口にした感謝の言葉、恋愛映画の達人だったリチャード・カーティスは男と女の絆からより広く、家族の物語へと歩みを進める。さり気ない物語ながら、観た後に人生とは何か考えたくなる哲学的で心地良い1本である。

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