【第1244回】『さよなら、僕のマンハッタン』(マーク・ウェブ/2017)


 街の息吹が聞こえてくるような都会の雑踏、アメリカ・ニューヨーク、天を貫くような高層ビル群、等間隔で立ち並ぶ道路信号、黄色いタクシー。街は今日も活発に動き始めるが、主人公は今のニューヨークは商業主義に塗れ、活気を失っていると考えている。今のアート・シーンの活気はフィラデルフィアなんだと、片思いのミミ・パストーリ(カーシー・クレモンズ)に呟く。ロウワー・イースト・サイドにあるぼろアパート、ここで暮らすトーマス・ウェブ(カラム・ターナー)は華奢な身体を持て余していた。父親イーサン(ピアース・ブロスナン)は出版社の社長として辣腕を振るい、高級住宅街のアッパー・ウェストサイドで何不自由なく育てられたトーマスは、大学卒業後、突如家を出る。「Pale Fire」という名の古書店で働く女友達との距離を縮められず、他人に誇れるような人生の目標は夢などなく、生粋のニューヨーカーでありながら、人生を持て余す姿はモラトリアムそのものだ。だが青年の退屈な日常はある日突然、刺激に満ちる。アパートの階段で出会った隣人W・F・ジェラルド(ジェフ・ブリッジス)の不気味な眼差し、父親が密会するジョアンナ(ケイト・ベッキンセイル)という女の影に青年の心はざわめく。

 主人公のモラトリアムからの脱却と成長の物語は、謎めいたW・F・ジェラルドをメンターと仰ぐことで突然歩みを始める。かつて小説家に淡い夢を抱いていた青年と、物書きの男との緊張感のあるやりとり。女を数歩後ろから尾行する男はただの興味本位なのか?それとも彼女に心惹かれるのか?ジョアンナは『(500)日のサマー』のサマー・フィン(ズーイー・デシャネル)のように、自由奔放に男を弄ぶジョアンナの姿は小悪魔のようなファム・ファタールな魅力に溢れる。だがトーマス・ウェブもW・F・ジェラルドも彼女の妖艶な魔力に屈するつもりはない。まるで『(500)日のサマー』のトム・ハンセン(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)と瓜二つなトーマス・ウェブの姿だが、マーク・ウェブの監督としての着実な成長が主人公の姿に深みをもたらす。ウラジミール・ナボコフ、エズラ・パウンド、ウィリアム・バトラー・イエーツら名作家たちの光と影。Herbie Hancockの『Maiden Voyage』、Simon & Garfunkelの『Blues Run the Game』、Bob Dylanの『Visions of Johanna』などのまるで今作に当て書きされたような素晴らしさ。ニューヨークの街で繰り広げられるセイン俊群像劇は決して若い人の為だけでなく、すっかり枯れた大人たちのためにある。父親イーサンやW・F・ジェラルドの枯れた味わいも魅力的だが、主人公の母親ジュディスを演じたシンシア・ニクソンの名演が印象深い。

【第1125回】『(500)日のサマー』(マーク・ウェブ/2009)


 映画は冒頭、鉤括弧付きで500を示してから、488日目にまで遡る。街が見渡せる丘、ベンチの中心に寄り添うように座る男女、女は男の手の上にそっと手の平を乗せる。ボーイ・ミーツ・ガールな物語の起点は1月8日、グリーティングカードの会社に勤めるライターのトム・ハンセン(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)が、初めてサマー・フィン(ズーイー・デシャネル)に会ったのは、会社のボス(クラーク・グレッグ)が新しいアシスタントとして彼女を紹介した時だった。それがサマーとの1日目、トムは一瞬で恋に落ちた。4日目、エレベーターの中でトムのヘッドフォンから漏れるThe Smithsの「There Is a Light That Never Goes Out」のメロディ、サマーはトムの名前もわからないまま、次第に会話を交わすようになる。28日目、カラオケパーティの席で、トムはサマーに恋人がいないことを知るが、彼女は愛を信じていなかった。ブルース・スプリングスティーンと見せかけて、ナンシー・シナトラの『シュガー・タウンは恋の町』を歌うサマーの姿にトムは夢中になる。次の日の午後、サマーは会社で不意にトムにキスをする。それが男の心に火を点けた。34日目、二人は一緒にIKEAへ行き、展示されているソファに並んで腰かけたり、ベッドに寝そべったりして新婚夫婦ごっこを楽しんだ。「真剣につきあう気はない」と言うサマーに、トムは半ば強引に「気楽な関係でいい」と言わされてしまう。

 タイトルの『(500)日のサマー』とは500日目の夏のことではなく、サマーという女性に恋した主人公の恋の終わりを意味する。「私たちは友達」「軽い友人関係でいましょうね」「真剣に付き合う気はないわ」という女の3点セットの念押しに男は渋々頷きながらも、職場での情熱的なキスや家具屋での擬似夫婦ごっこ、そしてシャワー室での情事に徐々に本気の速度を上げて行く。ベル&セバスチャンのブレイク前に飛び付き。アイスクリーム屋や不動産屋を繁盛させた女は、トム・ハンセンにとっても仕事を充実させてくれる女に見えるが、その実、男はサマーと本気でお付き合いしているのか?それともただの友達なのか?そのどちらかの判断に苦しみながら100日を越え300日を越え、400日目に差し掛かったところで聞きたくなかった言葉を聞き、ただただ塞ぎ込む。シド&ナンシー状態だった初期のイケイケ・モードから一転し、2人の仲がお通夜のような湿っぽさに変貌した理由は何だったのか?それを映画はトム・ハンセンの側から明らかにしようとするが、もう1人の当事者であるはずのサマー・フィンの心理描写は一切明らかにされることはない。失恋男の男女の整合性の取れないレポートは、愛する女に裏切られた男の悲痛な叫びをこれでもかと伝える。彼女は果たして天使だったのか?それとも悪魔だったのか?物語は核心に触れることがないまま、生涯の伴侶を勝ち取った女の背中を男はただ黙って見守るしかない。だが運命の歯車に狂わされた男の運命は信じられないことに暗転する。その意表を突くラストの清々しさにやられる21世紀の男の失恋映画の決定版に違いない。

【第1019回】『gifted/ギフテッド』(マーク・ウェブ/2017)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

【第913回】『アメイジング・スパイダーマン2』(マーク・ウェブ/2014)


 ニューヨーク・クイーンズブリッジ、リチャード・パーカー(キャンベル・スコット)はビデオメッセージに自身の思いを託す。妻メアリー(エンベス・デイヴィッツ)と突如家を空けた両親の姿を呆然と見つめる4歳のピーター(マックス・チャールズ)。オズコープ社の社員証と自家用ジェット、妻がトイレで席を立った瞬間、手の甲に鮮血がついた副操縦士の男が洗面台で手を洗う。彼の目を盗むように、リチャードが送信したルーズベルト宛のアップロード動画、やがて外側からトイレの鍵を閉めた副操縦士は殺し屋としての姿を露わにし、リチャードと取っ組み合いの喧嘩をする。見る見るうちに高度が下がる車体、強化ガラスを割ったリチャードの銃弾、こうして飛行機は墜落し、乗組員乗客合わせて4人が犠牲になる。一方その頃、プルトニウムを積んだトラックを強奪したアレクセイ・シツェビッチ(ポール・ジアマッティ)をNYPDよりも早く、スパイダーマンが追っていた。数kmにも及ぶカー・スタント、アレクセイとの死闘を続けるピーターを尻目に、ミッドタウン高校の卒業式が始まろうとしていた。卒業生総代のグウェン・ステイシー(エマ・ストーン)のスピーチ、クラスで2番だったピーターはアレクセイを退治し、ギリギリで卒業式に紛れ込む。心配した保護者メイ(サリー・フィールド)の安堵の表情、だが良心の呵責に駆られるピーターの目には、グウェンの父親ジョージ(デニス・リアリー)の幻が見えていた。

 マーク・ウェブの『スパイダーマン』シリーズ通称「アメスパ」の完結編。リア充なモテ男ピーターとその恋人グウェンの順風満帆な人生。そこに満を辞して8年ぶりの再会となった親友ハリー・オズボーン(デイン・デハーン)が交差し、物語が展開するが、旧トリロジーのような三角関係の鞘当てはない。サム・ライミ版の1と並行する物語には当初、メリー・ジェーン・ワトソンの名前があり、実際に撮影現場にシェイリーン・ウッドリーが入ったものの、出来上がった物語からはMJの出演する場面は全てカットされた。今作はピーターが自分を捨てた両親の真実を探る物語であり、ピーターとグウェンの最高のカップルの悲恋の物語に他ならない。代父であるベンの死から、アメリカの正義の英雄としてニューヨークの治安を守り続けた男は、警察署長だったジョージとの約束を忘れずにいた。大黒柱を失った恋人同士、ピーターよりも優秀で、インターンとしてオズコープ社に出入りするグウェンは、自身の人生の未来予想図を最愛の恋人に告げられずにいた。物語を出来るだけシンプルな相克関係に落とし込んだ前作に対し、前半はマックス・ディロン(ジェイミー・フォックス)、後半は急遽ハリー・オズボーンの挿話を物語に盛り込む展開はやや詰め込み過ぎなのは否めない。20歳で2000億円もの巨大企業のボスに登り詰めたハリーを襲うドナルド・メンケン(コルム・フィオール)のクーデター、フェリシア(フェリシティ・ジョーンズ)への仄かな愛、スパイダーマン以上に男勝りなグウェン・ステイシーの手助けが今作では残念ながら仇となってしまう。

 当初、旧3部作同様にトリロジー(3部作)となるはずだった今作はおそらく、アレクセイ・シツェビッチのヴィランであるライノと、レイヴンクロフト収容所に隔離されたハリーのグリーン・ゴブリンの復讐劇が続いたはずだが、北米で製作費の回収すら出来なかった今作の不甲斐ない結果を見て、MARVEL首脳陣はすぐさま新トリロジーを打ち切り、マーク・ウェブの監督降板を決める。2015年2月9日、突如MARVEL映画はスパイダーマンの版元であるソニー・ピクチャーズ(旧コロンビア映画)との数十億規模のパートナー・シップ協定を結び、これによりスパイダーマンという巨大コンテンツの『マーベル・シネマティック・ユニバース』シリーズへの移籍・合併を急遽宣言する。かくして『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』でのMCUへの電撃的なスパイダーマンの参画が始まり、単独作である『スパイダーマン:ホームカミング』へ繋がって行く。

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