【第1075回】『パターソン』(ジム・ジャームッシュ/2016)


 ニュージャージー州パターソン市で、バスの運転手をしているパターソン(アダム・ドライバー)。彼の1日は定刻に起きるところから始まる。キングサイズのベッドに枕を二つ並べ、いつも傍らには彼の妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)が眠る。テーブルに置いた時計で時刻を確認するのが彼の癖で、1人寂しく朝食のシリアルをゆっくり口に運ぶ。夫婦はまだ子供がおらず、妻は自由気ままに創作活動に励んでいる。バスの運転手の仕事というのは、定刻通りに目的地に着いて、また新たなお客様を乗せなければならない。常にオンタイムが要求される仕事で、彼の毎日は淡々とした日常を刻んで行く。だが同じような日常でも、一度たりとも同じ出来事は起こらない。キングサイズのベッドの上、背中合わせに眠ることもあれば、相手の呼吸を感じながら目覚める朝もある。妻のローラがパターソンよりも早く目覚める朝もある。淡々とした日常は反復しているように見えて、そこに僅かに見られる差異をしっかりと浮き上がらせる。パターソン市に住む市井の人々のなんて事ない1週間は、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』で病気になった叔母の家から従妹のエヴァ(エスター・バリント)がやって来た10日間や、『ミステリー・トレイン』でジュン(永瀬正敏)とミツコ(工藤夕貴)がメンフィスに滞在した数日間と決定的に違う限定された時間に過ぎない。

 旅行者たちは普段は決して立ち寄らない異空間・異文化をカルチャー・ショックを持ちながら受け止め、時間を消化して行く。一方でバスの運転手であるパターソンの日常は例えば双子の子供が生まれたりするかもしれないが、これから定年退職を迎えるまで、未来永劫変わらない。その時間の流れはグレートフォールズの滝の流れが絶対に逆流しないことに似ている。パターソンはその不可逆な時間の流れを書き留めようと秘密のノートに詩を綴る。午前中、脳内で何度も推敲した言葉を彼はランチの後にノートに記す。バスの乗客の何気ない会話、ブルドッグの散歩の帰りに一杯だけ呑むBARで次々に起こる出来事、そして心落ち着けるマイホームでの妻とのやりとり、壁にかけられた額縁の微妙な違い。パターソンは決して饒舌ではないが、彼の表情は何よりも豊穣に言葉を綴る。妻にねだられたアコースティック・ギター、移民の妻の手作りのスウィーツのイマイチな味に男は癇癪を起こすことなく、ただ妻の言葉に耳を傾ける。ウィリアム・ジャクソン・ハーパーやバリー・シャバカ、メソッド・マンなど登場人物たちのクローズ・アップと豊穣な語り口が素晴らしい。思えばジャームッシュの作家性は『パーマネント・バケーション』の頃から本当にブレない。ストーリー・テラーではなく、映像詩を紡ぐジャームッシュ独特の無常感、複雑な構造をスピーディーに矢継ぎ早に繰り返す昨今のジェットコースターのような映画とは対照的なシンプルで拍子抜けするような朴訥とした物語を味わう。

【第925回】『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(ジム・ジャームッシュ/2013)


 レコードにゆっくりと置かれたカートリッジ、Wanda Jacksonの『Funnel Of Love』は流れ出し、ターンテーブルは45回転で静かに回り出す。まどろみの奥では、アダム(トム・ヒドルストン)とイヴ(ティルダ・スウィントン)の真上からの俯瞰ショットも静かに回り出している。やがてレコードが終わると、2人はほぼ同時刻に起き、窓の外の景色を眺める。アダムは財政破綻した街デトロイトに潜伏しながら、アンダーグラウンド・シーンでカリスマ的な人気を誇る伝説のミュージシャンとして活動していた。イヴは16世紀末に死んだとされる異端の作家クリストファー・マーロウ(ジョン・ハート)の庇護の下、モロッコのタンジールに滞在していた。彼らは有に数百年の時を生きる吸血鬼の生き残りで、アダムとイヴは数百年のロマンスを続ける恋人同士だった。O型RH-というレアな血液だけが、彼らを生き永らえさせる。アダムは必要な物の多くはイアン(アントン・イェルチン)という男に調達を依頼。時折、素顔を隠してワトソン医師(ジェフリー・ライト)の病院を訪れ、密かに血液を入手していた。イアンに頼んだ木製の銃弾、死期を悟った男の元に、タンジールから夜行便で最愛の女イヴがやって来る。

 21世紀に生きる吸血鬼たちは、血液をマリファナのように闇で売り買いし、みだりに人を襲わない。青白い顔をした夜行性の彷徨者たちはそれぞれが地球上で人間たちの為に創作意欲を燃やし合う。ティルダ・スウィントン、トム・ヒドルストン、ジョン・ハートという英国俳優のトライアングルは聡明で気品さえ溢れる。タンジールからデトロイトへの長旅、距離や時空さえも軽々と超えるヴァンパイアのバイタリティは、ロサンゼルスからイヴの妹エヴァ(ミア・ワシコウスカ)が2人を訪ねて来たところから歯車が狂い始める。87年前にパリで起きたある因縁、マーロウが見たLAで堕落し生きるエヴァの夢、聡明な姉イヴとは対照的な破天荒なファム・ファタールを演じたミア・ワシコウスカの危うさが素晴らしい。ヴァンパイアとして生まれた宿命を背負い、ひっそりと生きるカップルは自由奔放なエヴァの登場で人生の危機に直面する。ブラウン管テレビとi-phoneによるSNS的繋がり、2人がフル充電で車を走らせたデトロイトの夜景は、21世紀の夜間撮影の魔術師の異名を持つヨリック・ル・ソーの手で美しく生まれ変わる。ステーヴィー・ダラス(!)とデイジー・ブキャナン(!)という偽名で国境を渡る2人の行方、ひっそりと生えたベニテングダケ、レバノン人のヤスミンの美しい歌に魅了された2人がカフェ千夜一夜で目の当たりにする吸血鬼の生と死。地下に生きるヴァンパイアたちの純愛物語は、狂おしく残酷で儚くも美しいメロディを奏でる。

【第924回】『リミッツ・オブ・コントロール』(ジム・ジャームッシュ/2009)


 「無情な大河を下りながら もはや船曳きの導きを感じなくなった」というアルチュール・ランボーの「酔いどれ詩人」の一説。孤独な男(イザック・ド・バンコレ)はスペインの空港に降り立つ。駅のトイレ、息を吐きながら、ゆっくりと太極拳の動きを行う男の天地は逆さまになっている。ビジネス・クラスの待合室、「スペイン語が話せるか?」との問いに男は「No」とだけ答える。フランス人通訳(ジャン=フランソワ・ステヴナン)の言葉に男は表情を変えることなく、全てを聞き終えた後、再び歩き出す。男の本名は不明で、「孤独な男」というコードネームだけが割り与えられている。男のミッションは自分こそ偉大だと思う男を墓へ送ること。リュミエール空港(マドリッド・バラハス国際空港)から高速でマドリードへ、上下品の良い紺色のスーツにノー・ネクタイでキメた男は、指示された目的地にある高級ホテルに泊まる。数日待って、コードネーム「ヴァイオリン」を探せ。そう指示された男は、異国スペインの地での空白の時間を哲学的に過ごす。左右が見渡せるオープン・カフェ、エスプレッソを別々のカップで2つ注文した男は、ウェイター(オスカル・ハエナダ)が1つしか持ってこなかったのを見ると、怒りを露わにする。男がエスプレッソを2つ要求するのには意味がある。殺し屋たちとコンタクトを取りながら、マッチケースの中にある紙でボスからの伝達を理解した後、エスプレッソの泡で一気に飲み干すのだ。

 発信源の残る携帯電話を嫌い、誰とも会話をしない主人公の様子は、真っ先にジャームッシュの99年作『ゴースト・ドッグ』で、専ら連絡は携帯電話ではなく、伝書鳩のみだった主人公ゴースト・ドッグ(フォレスト・ウィテカー)を連想させる。あの作品でイザック・ド・バンコレはゴースト・ドッグの大親友のアイスクリーム屋・レイモンを演じていたが、今作の孤独な男は生前のゴースト・ドッグの意思を受け継ぐ人物に思えてならない。ハイテクを嫌い、バーバル・コミュニケーションを嫌い、本ではなく、美術館の絵の中に価値を見出した男の自分探しの旅は、この世界のシステムの元締めをアナログな嗅覚で見つけようとする。ジャームッシュ組の『ブロークン・フラワーズ』のティルダ・スウィントン、『デッドマン』のジョン・ハート、『ミステリー・トレイン』の工藤夕貴の起用はさながら同窓会の様相を呈す。相似形のようなマッチ箱とエスプレッソ、全裸にまとった透明なレインコート、現実を模写した美術画、ファム・ファタールの誘拐とストリートに貼られたポスター。幾つものイメージが心底難解な物語を補足し、不条理劇の骨子すら補強する。まるで鈴木清順のプログラム・ピクチュアのような物語の中で、主人公はいつだってイマージュの力だけで目的地(トポス)に辿り着く。ゴースト・ドッグの意思を継ぐ男は、自分の嗅覚だけを頼りにグローバル経済の黒幕へのアクセス権を手に入れる。毎度撮影監督、作曲家の起用に一過言あるジャームッシュだが、キャリア30年目にしてクリストファー・ドイルと日本代表BORISを初起用する嗅覚にもただただ度肝抜かれた。

【第923回】『ブロークン・フラワーズ』(ジム・ジャームッシュ/2005)


 青いポストに届けられたエアメイル、集荷に来たUS MAILのトラックに集められ、アメリカ各地へ送られて行く。アメリカの都市部、広い庭先を持つ一軒家、玄関先に投げ入れられた封筒の束。物音すらも聞こえないまま、ドン・ジョンストン(ビル・マーレイ)はソファに腰掛け、アレクサンダー・コルダの34年作『ドン・ファン』をただじっと眺めていた。その姿に苛立つ愛人のシェリー(ジュリー・デルピー)はドンにすっかり愛想を尽かし、荷物をトランクに纏め、2人の愛の巣から旅立って行くが、ドンはシェリーの決断を止める様子もない。男はIT業界で巨万の富を築きながら、烈しい鬱で無気力な様子だった。シェリーが出て行った日、ドンの家に届けられたピンク色の封筒、差出人不明の手紙には「あれから20年、あなたの息子が探しに行きますから」と一方的な報告だけが書かれていた。困惑したドンは隣に住むエチオピア人のウィンストン(ジェフリー・ライト)に相談をする。ピンク色の封筒にピンクの文字のタイピング、切手のデザインはキツツキ。これらの手掛かりだけをヒントに、素人探偵であるウィンストンは浮名を流した女のリストを教えろとドンに迫る。彼が一生懸命思い出した5人の女のリスト、不幸にもミシェル・ぺぺは5年前に他界していることがわかるが、他の4名は健在だった。ウィンストンは4人の家を巡る旅の行程表を渡し、浮かないドンはかつての恋人たちとの再会の旅に出る。

 一見してジュリアン・デュヴィヴィエの38年作『舞踏会の手帖』を想起させる物語は、生粋のコメディアンであるビル・マーレイの笑顔を隠した無表情の魅力に集約される。一貫して鬱状態にあるドンは常に、全ての喜怒哀楽を無表情という免罪符で誤魔化す。やり手のIT実業家が、隣に住むエチオピア人の旅の行程に全てを委ねる受け身のユーモアは、自分探しの旅=ロード・ムーヴィとしての性質も帯びる。かつての恋人の突然の来訪に対し、女たちは各人それぞれに困惑した表情を浮かべる。かつては「ドン・ファン」のような優雅なプレイボーイ生活を送っていたドン・ジョンストン(冗談のような名前!!)はもしもこの人と結ばれていたらとひたすら過去を思う。しかしながら身寄りもない独身50代の孤独な人生は、どちらを明確な勝者とも敗者とも線引きしない。ローラ(シャロン・ストーン)とはちゃっかりと夜を共にしながらも、徐々に苦悶の表情を浮かべる主人公の姿。特に2件目に辿ったドーラ(フランセス・コンロイ)の家で食べた料理の味気なさを、フォークで串刺しにした人参で表現するビル・マーレイの即興演技が素晴らしい。3件目で出会うカルメン(ジェシカ・ラング)よりも印象に残るアシスタントのクロエ・セヴィニーの描写、70年代のバイカー集団の遺物のような環境に取り残された4件目のペニー(ティルダ・スウィントン)とドンとは、もはや前時代に取り残された20世紀の遺児としての滑稽さを帯びる。

 息子だと信じて疑わなかったマーク・ウェバーが去った後、車中から不敵な表情を浮かべるのは、ビル・マーレイの最愛の息子ホーマー・マーレイに他ならない。フィクションの中にほんの少し散りばめられたノン・フィクションの萌芽、『デッドマン』から3作続く物語の定型からのジャームッシュの小気味良い逸脱は今作で一つの到達点を迎える。図らずもこの年のカンヌでは、兄弟子で盟友でもあるヴィム・ヴェンダースの『アメリカ、家族のいる風景』、デヴィッド・クローネンバーグの『ヒストリー・オブ・バイオレンス』と過去を巡る男たちの旅の主題が3作重なるという2005年の一つのトレンドを作った。病巣を抱えた男たちの旅の主題は、2001年にアメリカを襲った9.11同時多発テロとも無縁ではない。平和な21世紀を迎えたはずの主人公たちは、三者三様にかつての傷が疼き、病めるアメリカと向き合わねばならない。残念ながらパルム・ドールはベルギーのダルデンヌ兄弟の『ある子供』(傑作!!)に奪われたものの、今作は第58回カンヌ国際映画祭においてヴェンダースやクローネンバーグを押し退けて見事、審査員特別グランプリを獲得した。

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