【第39回】『さすらいのカウボーイ』(ピーター・フォンダ/1971)

妻と娘を捨てて旅立ったハリー(ピーター・フォンダ)は、
7年間の放浪の果てに、仲間と西海岸には行かず家に戻ることを決意する。
だが、7年ぶりに再会した妻(バーナ・ブルーム)は戸惑いを見せるのだった。

『イージー・ライダー』のピーター・フォンダが
バイクから馬に乗り換え、西部劇に果敢に挑戦した初監督作。

ピーター・フォンダとウォーレン・オーツという
70年代のいぶし銀の2大スターの共演作ながら、
製作当時はまともに上映してくれる映画館もなく、
長らく幻の1本と言われていた作品である。

普通はこの2人の共演と聞いた時点で
ピーター・フォンダが正義でウォーレン・オーツが悪という対比で
物語は進んでいくと予想するだろうが、実際はまったく異なっている。

2人は流れ者同士の親友関係であり、
常に互いの気持ちを思いやる2人の友情が物語の核になっている。

そしてこの映画が最も特徴的なのは、
女性を主軸に据えた西部劇であるという点に尽きる。

正義と悪、流れ者と保安官、土地を守る者と奪う者のような
西部劇に最も必要とされる明確な対立構造がこの映画にはない。

ひょっとしたら、派手な撃ち合いを期待した人には
思いっきり肩透かしかもしれない。

家に戻ることを決意した主人公が7年ぶりに妻に会うことで
ウォーレン・オーツとの友情とバーナ・ブルームへの愛情の板挟みに遭い、
主人公は苦しみ、大いに葛藤する。

その葛藤こそが物語を動かす原動力になっている。

7年ぶりに自らの家に帰ったピーター・フォンダを迎え入れる時の
バーナ・ブルームの殺伐とした表情があまりにも素晴らしい。

7年という残酷な月日が、愛する夫を前にしてもどれ程冷淡なものであるのか?
彼女は表情だけでしっかりと表現している。

その時の表情とは対照的に、
ウォーレン・オーツが西海岸へと向かったことで、ようやく2人きりになり、
7年ぶりに2人が結ばれるシーンの
バーナ・ブルームの少女のような瞳が実に美しく、本編で最も輝く場面でもある。

俳優出身であるピーター・フォンダは、
役者の気持ちをよく汲み取りながら、その演技を実に丁寧に引き出している。

主役のピーター・フォンダよりも、
むしろバーナ・ブルームやウォーレン・オーツの方が印象的な演技を見せ、
主人公の存在を食っているとも言える。

大半の西部劇にあるようなアクションつなぎは
強奪シーンとクライマックス・シーンのみで、
あとは風景から風景へ、風景から顔のクローズ・アップへと
詩情溢れるオーバー・ラップが執拗に繰り返される。

これも西部劇としては異様な雰囲気を持っている所以である。

それらは初監督のピーター・フォンダのアイデアではなく、
恐らく撮影監督を務めたヴィルモス・スィグモンドのアイデアだろう。

夕焼けの美しさ、湖面の煌びやかな輝き、風車の上から撮られた平原の美しさ
それらを実に丁寧に、ある意味3人の役者と同じくらいの熱量で丁寧に掬い上げたことが
この映画の味わいを忘れられないものにしている。

それはまさに「楽園」と呼ぶに相応しいものである。

後にスピルバーグやアルトマン、チミノに重用されたスィグモンドの初期の作品であり、
ピーター・フォンダの初監督作となった本作は、
まさに若いスタッフ総結集で手探りで練り上げられた純粋無垢な作品に仕上がっている。

西部劇として観れば、決して褒められたものではないが、
アメリカン・ニュー・シネマの奇跡と呼ぶべき忘れ難き作品である。

また構造的にはアメリカン・ニュー・シネマの神話性を帯びつつも、
ラストの圧倒的な清涼感は、この時代の作品としては他に例を見ないのである。

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