【第175回】『灼熱の魂』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ/2010)


映画は冒頭、ある廃墟の空間で複数の男の子たちが髪を剃られるシーンから始まる。
まるで戦争映画のワンシーンのように、1人の少年の悲しげな表情をクローズ・アップで据える。
そこからショットが変わり、2人の姉弟が母親の遺言状を受け取っている。
しかし姉弟にとってその遺言状は俄かに受け入れ難く、弟の方が席を立つ。
姉が裁判所を出て来ると弟が車の影で待っている。それを据え置かれたカメラがロング・ショットで捉える。

この尋常ならざる重厚なファースト・シーンを持つ映画は
カナダきっての実力派監督ドゥニ・ヴィルヌーヴによるものである。
映画は冒頭から尋常ならざる不穏さを辺り一面に漂わせている。

双子の姉弟ジャンヌ(メリッサ・デゾルモー=プーラン)とシモン(マキシム・ゴーデット)は
公証人ジャン・ルベル(レミー・ジラール)からもらった遺言状を見て初めて母親の生い立ちを知る。
シモンは深追いすることで母親のイメージが壊れるのを恐れるが、
姉のジャンヌは遺言にあった通り、父親と兄に会い母親からの手紙を渡そうとする。

この映画が特徴的なのは母親は全てを知っていて、
双子の姉妹には生前遂に真実を言わぬまま天国へと旅立ったということである。
遺言状には母親が知っている全ての真実を洗いざらい書けば良いと思うのだが
母親はどういうわけかそれをしない。
父親と兄に手紙を渡してくれと姉弟に託すのみで、彼女の謎多き半生にはまったく言及していないのだ。

ジャンヌはそのミステリーの秘密を解き明かそうと、母親の祖国を訪れる。
そこからは実の娘のまるで刑事ドラマのような推理と地道なフットワークにより
少しずつ母親の謎が明かされていく。
現実の描写と並んで過去の母親の行動が並行描写される。

母親は若い頃、家族の掟に逆らい子供を身籠る。
家族に隠れてその子を産み、やがて大学へ進学し子供とは離れた生活を送るが、
イスラム教とキリスト教の対立に端を発した政治情勢不安の時、1人息子の身を案じ
彼を預けていた施設を訪れるが、施設は既に爆破されていた。
この一連の描写の重厚感たるや本当に素晴らしい。
戦争映画ではないにも関わらず、あらゆるショットのリズムと構図が、
真にシリアスな雰囲気や緊迫感を生む。
久々に一つ一つのショットに説得力を持った才能の出現を目の当たりにする。

その後の母親の顛末は実際の映画を観て欲しいのだが、
ジャンヌから電話で逐一情報をもらい、現実から目を逸らすわけにはいかなくなった弟のシモンと
公証人ジャン・ルベルがジャンヌを追いかけてイスラムを訪れたところから物事は更に動いていく。
ここからは前半、刑事のように執念深く母親の秘密を追ったジャンヌからシモンへとバトンタッチし
まるでコンスタンタン=コスタ・ガヴラスの政治劇のように
イスラムにおけるキリスト右派との水面下でのネゴシエーションを経て、恐るべき真実へと辿り着く。

ラスト・シーンのあっと驚く衝撃の展開には呆気にとられたが
人物関係や年齢などの面であまり整合性が取れていないのも事実である。
母親は息子を息子だと認識するために、幼少期にある印を付けるのだが
そのことが見せる合理性も脚本を助ける手段としてしか認識されない。

ドゥニ・ヴィルヌーヴの映画はまず脚本ありきなのだが、そこに至る道筋はやや短絡的過ぎるきらいがある。
始めに結末ありきで逆算して走り出した物語には大きな破綻があってはいけないのだが
大きな破綻はない代わりに、小さな破綻は至る所で起こっているのである。

前半部分の母親が息子を探し求める場面の描写力など、
明らかに21世紀の映画監督の中では抜きん出た才能を感じるし
動きとか構図とかとにかくフレームへの意識の高さは目を見張るものがある。
ショットで言えば、明らかにジャームッシュ以降、
オリバー・ストーン以降の説得力や上手ささえ感じる。

思うにドゥニ・ヴィルヌーヴはジャームッシュがNY派の先駆者としてアート・スタイルを確立したように
オリバー・ストーンがアメリカ映画の社会派監督として戦争映画や歴史物を得意なものにしたように
まずは脚本ありきではなく、いち早く自分のスタイルを確立すべきである。

自分のフィルモグラフィは娯楽なのか?それとも芸術なのか?
それがしっかりと定まれば、ヴィルヌーヴの魅力は活きたものになるに違いない。
残念ながらその方向性がいまひとつはっきりしないため、作品1つ1つの芸術性も娯楽性も弱い。
私はドゥニ・ヴィルヌーヴにはこういうシリアスな政治劇の方が合っている気がするがどうだろうか?

2015年7月総括

2015年7月の12本(映画)
『岸辺の旅』(黒沢清)
『雪の轍』(ヌリ=ビルゲ・ジェイラン)
『アメリカン・スリープオーバー』(デヴィッド・ロバート・ミッチェル)
『麻雀』(ジョアン・ペドロ・ロドリゲス)
『男として死ぬ』(ジョアン・ペドロ・ロドリゲス)
『オデット』(ジョアン・ペドロ・ロドリゲス)
『ファンタズマ』(ジョアン・ペドロ・ロドリゲス)
『親密さ』(濱口竜介)
『PASSION』(濱口竜介)
『秋のドイツ』(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー)
『少しの愛だけでなく』(ハンス・ギュンター・プフラウム)
『はなればなれに』(JLG)
順不同

2015年7月の10冊(本)
『映画時評 2012-2014』(蓮實重彦)
『凡庸な芸術家の肖像 上 マクシム・デュ・カン論』(蓮實重彦)
『凡庸な芸術家の肖像 下 マクシム・デュ・カン論』(蓮實重彦)
『中原昌也の人生相談 悩んでるうちが花なのよ党宣言』(中原昌也)
『ヒップホップ・ドリーム』(漢 a.k.a. GAMI)
『書生の処世』(荻原魚雷)
『アンドレ・バザン:映画を信じた男』(野崎歓)
『恋人たち/降誕祭の夜 金井美恵子自選短篇集』(金井美恵子)
『“ひとり出版社”という働きかた』(西山雅子)
『ある日突然40億円の借金を背負う』(湯澤剛)
順不同

2015年7月の40曲(M.V.)
Ben Browning / Friends of Mine
Izzy True / Absolute Troll
Especia - Aviator/Boogie Aroma
This Is Head / Timmerdalen
Cosmo Sheldrake / Pelicans We (Live in the Budapest Baths)
LA Priest / Learning to Love
Papooz / Ann Wants to Dance
FLESH WORLD / The Wild Animals In My Life
Yuksek, Juveniles / Partyfine
ROPOPOROSE / BIRDBUS
The Creases / Point
Reptile Youth / Away
PWNDTIAC ft. Krue / The Beach
Fake Shark / Cheap Thrills
The Gene Dudley Group / Inspector Norse
Spangle call Lilli line / azure
レミ街×中村区中学生コーラス隊 / フワフワ
Mirror Kisses / Keep A Secret
Deradoorian / A Beautiful Woman Live
Savant / Stationary Dance
DELOREAN / CRYSTAL
サカナクション / years
Awesome City Club / アウトサイダー
サカナクション / スローモーション
Micachu & The Shapes / Sad
Mdou Moctar / Tarha chimalat
Palace / Head Above The Water
土岐麻子 / BOYフロム世田谷
Michael Vidal / Dreams (Come Back To Me)
BudaMunk / Five Elements Feat. MONJU & OYG
Communions / Forget it's a Dream
土岐麻子 / セ・ラ・ヴィ ~女は愛に忙しい~
Pat Jordache / O.M.O.
Laura Groves / Mystique
Crayon Fields / She's My Hero
Silicon / Burning Sugar
Moss Lime / Ice Cream Sandwiches
Unknown Mortal Orchestra / Ur Life One Night
This Is Head / Beginning
Wild Ones / Dim the Lights
Base Ball Bear / それって、for 誰?
順不同

2015年7月の10枚(アルバム)
FLESH WORLD / THE WILD ANIMALS IN MY LIFE
北園みなみ / lumiere
土岐麻子 / Bittersweet
EZTV / CALLING OUT
WALTER TV / BLESSED
DUCKTAILS / ST CATHERINE
NOVELLA / LAND
LUKE WYATT / TEEN REMIXES
SK. KAKRABA / YONYE
REVERIE / BLISS
順不同

Esmé Patterson: "The Glow"

椎名林檎 - 『長く短い祭』 Short Ver.


『神様、仏様』 Short Ver.

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