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【第721回】『人のセックスを笑うな』(井口奈己/2008)


 冒頭、急な坂を据えたロング・ショットの中で1人の女が酩酊しながら歩いている。車が通りかかるとタクシーでもないのに女は手を挙げ、車を停めようとする。やがて靴を脱いで靴下になった女はいかにも恐ろしい暗闇の中のトンネルを小走りで駆け抜ける。そこに3人乗りのトヨタ・タウンエースが通りかかり女は急に車を停める。このファースト・シーンの尋常ならざるショットのつながりこそが、今作の本質を示唆する。大学生の男の子2人と女の子1人の楽しい三角関係の中に、急に年増の女が姿を現す。女は酒に呑まれていて、この時のことをまったく覚えていない。永作博美は21世紀の典型的なファム・ファタール像として3人の前に顔を出す。えんちゃん(蒼井優)にとって恋のライバルは突然現れる。しかも相手は非常勤講師で学生のえんちゃんよりも恋愛経験も男女の駆け引きも上手く、彼女の嫌な予感を察するようにみるめ(松山ケンイチ)はユリ(永作博美)に自然と心惹かれていく。再会の場面は校内にある喫煙所で2人は偶然にもまた出会う。それを通路を挟んだところで見守るえんちゃんと堂本(忍成修吾)の配置が絶妙に上手い。みるめはユリのミステリアスな雰囲気に惹かれ、リトグラフ教室へ向かうが彼女は酔っ払った時に介抱してくれたみるめのことをまったく覚えていない。

 酩酊状態だったとはいえ、ユリが本当に覚えていなかったかは実に疑わしい。したかたかな女の行動にみるめは次第に翻弄され、平和だった堂本・みるめ・えんちゃんの三角関係は崩壊する。監督はユリとの出会いから、初めてのSEXまでを実に丁寧にゆるく描写する。寒い冬の日、みるめを部屋に招き入れたSっ気の強いユリは服を脱ぐよう命令する。嫌々ながら1枚ずつ服を脱いでいったみるめはそこで初めてユリと結ばれる。男性監督のように、肌と肌を付き合わせる直接的な描写はまったく出て来ない。けれどそこに至るまでの描写を丁寧にすることで、観客に想像させる。決定的な映像よりもその過程の描き方に井口奈己の並々ならぬ才能の片鱗が見える。えんちゃんは市川実和子とキャッキャした階段の踊り場でみるめとユリが2人で校内を歩く姿を目撃する。2人の雰囲気に、一線を越えてしまった男と女の空気を感じたえんちゃんはただただ落ち込む。みるめのその地に足のつかない浮かれ方に彼女は深い絶望を感じてしまう。しかし中盤以降はまるでえんちゃんの心の病がみるめに感染したかのように天国から地獄へと叩きつけられる。ある日のリトグラフ教室、みるめの視線の先にはユリの姿が見えない。住所を頼りにユリの自宅を訪れてみると、「猪熊カメラ工房」とある。その中からユリの父親ぐらいの歳の男(あがた森魚)が出てきた。ユリの口からその男が父親でなく、夫であることを聞かされる主人公は、思いもよらぬ現実に衝撃を受け、ユリとの関係を断つ決心をする。

 思えば今作におけるユリとえんちゃんの対比はそのまんま『犬猫』のヨーコとスズの関係を連想させる。片方は男心を自由奔放に振り回す。もう一方は恋愛に対してどこか自信がなく臆病で、好きという気持ちを素直に伝えることが出来ない。前作『犬猫』同様に、男性たちの描き方も女性の数倍なよっとした草食系男子として描かれる。堂本もみるめも与えられた環境に対して、抵抗しながら恋を成就させようという気は毛頭ない。みるめはユリの行動全てに良いように翻弄され、堂本もえんちゃんの大学退学をただ黙って見送るだけである。けれどクライマックス前に描かれる、堂本のささやかな男としての抵抗が随分と心地良い印象を残す。思えばあがた森魚の猪熊さんも温水洋一の山田先生も桂春團治のじいちゃんも今時びっくりするくらいファニーな雰囲気を画面全体から漂わせている。年が変わりようやく一人一人が自分たちの人生を歩み出したかのように見えるが、ただ一人みつめだけは過去の思い出を微妙に引きずっている。そういうみつめ・えんちゃん・堂本の三者三様の視点に対して実に冷静で的確な距離を取りながら、三人を見つめる井口監督の眼差しの温かさに唸る。

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