映画『20センチュリー・ウーマン』予告編

マイク・ミルズ監督最新作予告編情報解禁←
予告編観ただけでこれだけテンション上がることは少ない 笑 めっちゃ楽しみ

Leonald - How U Feel feat. 唾奇

うわ〜またしても最高

『ムーンライト』バリー・ジェンキンス監督インタビュー

【第784回】『ジャックナイフ』(デヴィッド・ジョーンズ/1989)


 アメリカ北東部の田舎町、辺りは真っ暗な朝4時半にジョセフ“メグス"(ロバート・デ・ニーロ)は目覚め、身支度を済ませどこかへ出掛ける。50mくらい進んだところで男は突然Uターンし、忘れ物を取りに戻る。左手に持った6缶のビール。男は眠気も見せずにどこかへと出掛けていく。早朝6時、一軒の邸宅前に着いたメグスは近所迷惑も考えず、正面のドアを何度も叩きながら「デカチン野郎」と叫び続ける。その尋常じゃないノイズに、夜中の2時までテストの採点をしていたマーサ(キャシー・ベイカー)は叩き起こされる。明らかに不審な人物がデイヴと呼びかけるのを聞いて、妹は兄(エド・ハリス)を起こしに向かうが、2日酔いで深い眠りの渦にある兄貴はまったく起きる気配がない。恐怖に駆られたマーサはゴルフ・クラブを握りしめながら、騒音の元へと向かう。女がゴルフクラブを振りかざしたところで、困ったメグスは「君のことはよく知っている」と許しを請うような目で話しかける。かつてメグスとデイヴは、ヴェトナム戦争で同じ部隊で戦った戦友同士だった。基礎訓練からずっと一緒で、気心の知れた間柄だったメグスはデイヴを連れて、魚釣りの解禁日にニジマスを釣ろうと長距離電話で誘う。だがデイヴはその約束をすっかり忘れ、酩酊状態のまま2階のベッドに横たわる。釣り餌のミミズでびっくりさせた後、デイヴはマーサを伴い、渋々小雨の降る川へ釣りに出かける。メグスとマーサが釣りに励む中、2日酔いのデイヴは大きな岩の上に座りながらウィスキーを呑んでいる。

 デイヴは明らかにヴェトナム戦争の後遺症(PTSD)を抱えている。彼は実の妹に自身の壮絶な戦争体験を語ろうとせずに、ひたすら殻に閉じこもる。既に他界した両親の代わりに、化学教師で貞淑なマーサが彼の傷ついた心を慰める。彼女はおろか、友人もおらずただひたすら孤独の檻に閉じこもる。そんな彼の内省的な心のかさぶたを強引に剥がそうとメグスが突然現れ、デイヴの人生に介入する。彼はメグスのことを狂人と罵り、妹にも親しくしないよう求めるが、戦場では2人はある人物を介し、仲良し3人組として地獄の戦場の最前線にいたことが明らかにされる。79年のフランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』の後、反ヴェトナム映画は根底にシリアスさを置きつつも、次第にエンタメ路線に舵を切る。1982年のテッド・コッチェフの『ランボー』やジョセフ・ジトーの『地獄のヒーロー』はその最たる例であろう。徐々に人々の記憶からシリアスな記憶が薄れ、戦争の爪痕は風化していくかに思われたが、そこに2本の映画が待ったをかける。1つは1985年のオリバー・ストーンの『プラトーン』、もう1つは87年のスタンリー・キューブリックの『フルメタル・ジャケット』に他ならない。冷戦構造の只中にあった80年代、核保有国であるアメリカとソ連は一触即発の状況にあったが、同時に70年代にニクソン大統領によって集結した禍々しきヴェトナム戦争の総括は済んでいなかった。まるでマイケル・チミノの『ディア・ハンター』の後日譚のようなマイケルならぬ、メグスの描写は心に傷を負っているものの、デイヴほど傷跡は深くない。

 では今作におけるメグスとデイヴの決定的なレイヤーの差はいったい何なのか?それはデイヴがアメリカ国家に無理矢理に徴兵された兵士だったのに対し、メグスが志願兵だったことに尽きる。アメリカの徴兵制は1973年1月にヴェトナム戦争の和平協定成立時に廃止される。従ってクリント・イーストウッドの『アメリカン・スナイパー』のクリス・カイルは徴兵制度ではなく、愛国心で自ら進んで志願した愛国者だったことがわかる。1960年代末期~1970年代初頭には、個人が望む望まないに関わらず、徴兵制度により多くの若者がヴェトナムの戦場に送られた。その結果、望まざる戦場送りが帰還兵の将来に大きな影響を及ぼすことになる。『ダーティ・ハリー』のスコルピオことサソリは、国家に無理矢理に地獄の戦場へと送り込まれた男の成れの果ての姿に他ならない。「お家に帰りたい」という言葉を持って国に帰ったところで、彼らには祖国アメリカはもはや安息の地ではない。今作においてもデイヴは過干渉に妹のマーサの貞操感を縛りながら、自分は誰にも悲惨な戦争体験を語れずにひたすら殻に閉じこもる。ミリタリー・ファッションに身を包んだ大学生を罵倒する酒浸りのデイヴは明らかに常軌を逸しているのだが、ASKAと同じアンフェタミン中毒でアルコール中毒に陥った男はメグスの問いや危険なドライブにもほとんど動じることはない。クライマックスの心底平和なダンス・パーティと不幸のどん底にあるデイヴとのクロス・カッティングが素晴らしい。白タキシード姿のロバート・デ・ニーロ(幾分ファニーだが 笑)はシンデレラにガラスの靴を履かせるものの、デイヴのPTSDがロマンスをも引き裂いて行く。ロバート・デ・ニーロとエド・ハリスの当代きっての2人の名優の共演は今振り返ってもやはり素晴らしい。だが89年3月に封切られた物語は、半年後の8月に封切られたブライアン・デ・パーマの『カジュアリティーズ』の映画史的評価により闇に葬られる。しかしながら今作は冷戦崩壊直前の、ヴェトナム戦争反戦映画として忘れてはならない隠れた名作中の名作に違いない。

該当の記事は見つかりませんでした。