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瓜屋茜AKB48研究生卒業

AKB48関連のモバメを登録されているファンの方々は、

昨日からの不穏なニュアンスを含んだ内容を見るにつけ、

このNHKホール公演で、AKB48を去るのが、
大島麻衣と早野薫だけではない
ということに薄々、気付いてしまったはずだ。

かくいう私も、長年の経験で、それを察知した。
嫌なことが起こる前はそれとなくわかるものだ。

研究生の書いた文面からは、離別の念が滲んでいた。

誰が辞めるのかと一日中考えていたが、
まさか瓜屋茜とは。

瓜屋茜と言えば、研究生の中でも最古参のメンバーだった。
劇場デビューは2007年10月29日。
大家と並ぶ、もはやたった二人だけの四期生である。

後輩である五期生や六期生が次々にレギュラー・メンバーに昇格
していく中で、いつかAKB48になれることを夢見て、信じて
ちょうど1年半の歳月を頑張ってきた。

チームAやKで休演による欠員が出れば、
補欠要員としてその子のポジションに入り、
必死で代役を務めた。

チームAとKとBはそれぞれ曲目も振り付けも全て違う。
各チーム・メンバーが自分たちのチームの曲目だけを
完璧に覚えればいいのと違って、
研究生はいつ誰の代役になってもいいように、
チームAとKとBの全ての曲を覚えなければならない。

休演する子を推しているファンからすれば、
「なんだ、瓜屋茜かよ」
と思われることも多かったかもしれない。

1年半の間、過酷な状況に耐えてきたが、
遂にはAKB48のメンバーになるという夢
は瓜屋茜には果たせなかった。

正直、温情措置でどこかのチームに昇格させても、
その子にアイドルとしてのポテンシャルがなければ
AKB48の中で、トップをとるのは難しい。

みんな将来のある若い子達なので、
やり続けて陽の目を見ないよりは、

アイドルになる夢をあきらめさせて、
進学させるか、就職させるかして、
アイドルではない自分の人生を早めに模索させる
ほうが、長い目で見たらやさしいことなのかもしれない。

10年後、20年後、
その時AKB48にはなれなかった人と、なれた人
どちらが幸せな人生を歩んでいるかは誰にもわからない。

ただ、現状、10代の彼女たちにその状況を受け止めさせる
のはあまりにも酷ではないだろうか?

オーディションで落ちた子たちとは違って
瓜屋茜は、研究生でありながらAKB48メンバーと
同じステージに立ち、先輩たちの活躍をその目で見てきた。

そんな彼女はいま、自らがAKB48に一番近い位置にいながら、
結局は手が届かず、卒業するということに
どう整理をつけたのだろうか?

出口あたりの悲惨な卒業の仕方と比べると、
それでも功労者である瓜屋茜には
最大級の送り方を用意したのかもしれない。

劇場とは違うNHKホールという大舞台で、
瓜屋茜のためのVTRが用意され、

いまいち関係性が見えてこないが、
先輩である宮澤佐江に花束をもらう。

感動的な別離の瞬間。

しかし私には釈然としないものが残る。

AKBの3年半の歴史の中で私たちは、
夢を掴みかける人、夢に手が届かず去っていく人、
どちらもたくさん見てきた。

見つめる側の重みというか、
どうしてもファンも、見続けることで、
推しメンだけではなく、その子の周りにいる一人一人
に情がわいてきてしまう。

ほとんどの人が夢を現実に出来ずにAKBを去った。

AKBの世界では、このように私たちを
夢と現実が一緒に襲うのである。

そのことを肯定出来る人も、出来ない人も、
どちらが正しいかなんて永遠に答えは出ない。

一番楽しいはずの大舞台で、離別を伝えることが、
他のメンバーに及ぼす影響について私は考えてしまう。

萎縮してしまう人もいれば、
気を引き締める人もいるだろうが、
どちらにしても残されたメンバーには
瓜屋茜や早乙女の無念の気持ち
を忘れずに頑張って欲しい。

瓜屋茜さん、1年半お疲れ様でした。
ゆっくり休んで下さい。

AKB48にあなたがいたことを、
きっと忘れることはないでしょう。

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