【第867回】『レザボア・ドッグス』(クエンティン・タランティーノ/1992)

 
 冒頭、円卓を囲むいかつい連中が、マドンナの『ライク・ア・ヴァージン』について馬鹿げた議論を交わしている。この曲は処女の初体験の話ではなく、巨根を入れた娼婦の歌なんだという馬鹿話。彼らはお会計の際も、ケチなMr.ピンク(スティーヴ・ブシェミ)のせいでなかなかお会計が進まない。開巻早々、早くも協調性が不安になるこのいかつい集団がストリートに出ると、スロー・モーションの中で正義のヒーロー然とした集団の格好よさに惚れ惚れする実に素晴らしいタイトル・バック。しかしGeorge Baker Selectionの『Little Green Bag』が終わりを迎えようとする頃、スクリーンの向こうからは男のうめき声が聞こえる。車内ではMr Orange(ティム・ロス)がおびただしい血を流しながら、顔面蒼白でMr White(ハーヴェイ・カイテル)の片腕を握っている。どうやら彼らが集団で宝石強盗を行ったらしいとわかるのだが、肝心の強盗シーンは一切出て来ない。今作はこのようにロウ・バジェットであることを逆手に取り、肝心の活劇の場面を巧妙に隠す(省略する)ことで物語を進めて行く。

 ロサンゼルスの犯罪のプロ、ジョー・カボット(ローレンス・ティアニー)は大掛りな宝石強盗を計画し、彼の息子ナイスガイ・エディ(クリストファー・ペン)とダイヤモンド専門の卸売り業者に押し入るべく、プロの悪党たちに声をかけた。周到に練られた彼らの計画は、襲撃現場に警官が待ち伏せていたため未遂に終る。ホワイトと瀕死の重傷を負ったオレンジが集合場所の倉庫に必死に辿り着いた時、ピンクも命からがら合流する。彼らはブルーが行方不明で、ブラウンは逃走の途中で死んだことを知り、仲間への不信感が一気に沸き上がる。今作は「裏切り」に端を発した乾いたB級ノワールである。しかしフィルム・ノワールでありながら、ここにはファム・ファタール呼ぶべき女は出て来ない。ひたすら男臭い連中が、自分たちの欲望を肥大化させ、一攫千金の夢を狙うも儚く散る。命からがら逃げおうせたメンバーたちは、用意周到に練られたこの計画には、当初から罠が仕組まれていたことを悟る。タランティーノは最初から「裏切り者」と「疑心暗鬼」という今作の構造上の肝を導き出し、ほとんど力技で推し進めていく。

 予算上の理由から、我々が観たい場面のほとんどはカットされてしまったが、ハーヴェイ・カイテルが2丁拳銃を構えて乱射する場面や、ティム・ロスがお腹に致命傷を受けることになる場面のセンセーショナルな暴力性は、観る者を惹きつけて止まない。時系列シャッフルや心底イカしたサウンドトラック、そして87年のリンゴ・ラムの香港ノワール傑作『友は風の彼方に』への愛すべきオマージュの数々。この時点では、あくまで脚本家出身者の単なる監督デビュー作に過ぎなかったものの、当時、モンテ・ヘルマンやハーヴェイ・カイテルに映画の原型となった脚本を渡したことにより、90年代の来たるべきインディペンデント映画の風穴をこじ開けた。役者陣もハーヴェイ・カイテル、ティム・ロス、スティーヴ・ブシェミ、今は亡きクリス・ペン、ローレンス・ティアニーなど90年代以降のアメリカ映画を形成した錚々たる面子が並ぶ。そんな彼らと肩を並べる勢いのクエンティン・タランティーノの俳優としての登場がまた憎い。文字通り90年代アメリカ映画を象徴するタランティーノ92年のデビュー作である。

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