【第688回】『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』(ロバート・ゼメキス/1989)


 1955年から85年の世界に戻ってきたマーティ・マクフライ(マイケル・J・フォックス)は、未来の世界からドク・ブラウン(クリストファー・ロイド)の訪問をうけ、未来の自分の子供の身が危ないと知らされ、恋人のジェニファー(エリザベス・シュー)を伴い、2015年の世界にタイムスリップする。年老いたビフ・タネン(トーマス・F・ウィルソン)の孫グリフ(トーマス・F・ウィルソン)にいじめられる息子のジュニア(マイケル・J・フォックス)を助け、悪の道に足を踏み入れることをとどまらせたマーティは、安心して85年の世界に戻ろうとするが、その間に、マーティがちょっとした悪戯心で手にしたスポーツ年鑑を、ビフが盗み過去の世界へ旅してしまう。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズ3部作の2作目。当初85年に制作された1で完結の流れだったものの、大ヒットに味をしめたユニバーサルはゼメキスに続編を依頼。当初『バック・トゥ・ザ・フューチャー・パラドックス』の名で制作されていたが、3時間半と長尺になったため2本の映画に分割。撮影自体は同時に行われたが、Part2とPart3として89年と90年に半年のブランクで編集され世に出た。過去にタイムスリップするなら未来にも行ってみようという気軽な気持ちでアイデアが練られたはずだが、過去=再構築に対し、未来はあくまで想像の域を出ない。

 85年から30年後と言えば去年だったが、1989年に仮定した2015年の描写は結果としてあらゆるところに無理が生じているのは致し方ない。『ジョーズ19』というジョーズ・シリーズの第19弾をスピルバーグの息子が監督していることになっていたり、NIKEの自動靴紐結びも一般化していない。当然車は空を飛んでいない。しかもマーティの息子に起きる悲劇は、未来からドクが血相を変えてタイムスリップしてくるほどのものではない 笑。あくまで悪ガキ同士の遊びの範疇であり、些細な日常のトラブルでしかないところを、ドクがマーティとジェニファーを巻き込んだことで、傷口に塩を塗ることとなる。そもそもジェニファー役はこんな顔だっただろうか 笑?はっきりとは覚えていないが、顔の作りがまるで違うのには当時唖然とした。前作では運命を変えることに対し、ゼメキスなりの倫理観や道徳観が感じられたが、今作においてはマーティが想起した欲望を、外野から現れたビフが強引に変えようとし、パンドラの匣を開けてしまう。いらぬお節介で30年後に飛んだ彼らはジュニアをかろうじて救うことが出来たものの、ある種の手違いで歴史に修正が施される。現代に戻った彼らは安息の日々を取り戻すかに見えたが、そこでは歴史修正主義で歪められた現在が存在する。父親のジョージは73年に死んでおりこの世にはいない。幾ら未来に行ったところで歴史は書き換えられるだけだが、過去に戻れば幾らでも修正可能だという論証にもなり得る。

 結局、マーティは1の後半部分の裏側を取りながら、決して事件の主役にはならない裏街道をひた走る。未来は書き換えることが出来ないが、過去なら書き換えられるという壮大なお題目の元、未来のスポーツ年鑑を奪い取ることに物語の主眼を置く。未来を知ってしまうことは、必ずしも自分たちにとってプラスにならないというドクの忠告は、我々観客にも強く認識される。すっかり小太りで老けたマーティがテレビ電話で会話する場面は、見てはいけないものを見てしまった気不味さに溢れていた。85年のジェニファーが2015年のジェニファーとばったり鉢合わせし卒倒する場面も笑うに笑えない。89年当時はクローンのような複製技術が2015年に存在するという仮説はまだ見い出せていない。そこにあるのは現実を生きる登場人物と、彼らの30年後の姿との対峙に他ならない。1985年のドクが55年のドクに会う場面も強烈だったが、SFの想像力だけは楽天的だった80年代の思想を一蹴する。壮年期のビフの強烈な老いを漂わせた姿もなかなかパンチが効いていたが、それよりもマーティとジェニファーの年老いた姿は大ヒット・シリーズの続編として何よりも強烈に目に焼き付いて離れない。後年の『永遠に美しく…』にも通じるシニカルなユーモアが光るシリーズ第二弾である。

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