【第690回】『GONIN』(石井隆/1995)


 新宿区歌舞伎町にあるバッティングセンター、偶然、知らない男の免許証を拾った万代樹木彦(佐藤浩市)は彼の後を追い、免許証を届けようとするが、路地裏で男を金属バットで滅多打ちにする三屋を目撃する。三屋純一(本木雅弘)は金持ち相手のコールボーイを装い、金を巻き上げている美青年だった。彼が傷害罪で逮捕された時、偶然それを見ていた万代の姿を目撃したことから、三屋は万代の密告のせいだと勘違いし逆恨みしている。路地裏に溜まった水溜り、水滴の落ちる音、ある夏の暑い日に三屋は万代にタレ込まれた悪夢を思い出し目覚める。額には玉のような汗、うつ伏せに寝た三屋が目を見開いた時、ほぼ同時に万代も悪夢から目覚める。かつてはヤングエグゼクティブとして雑誌に紹介されたこともあり、バンドのギタリストだった万代樹木彦はディスコのオーナーになっていた。経営は当初は上手く行っていたものの、バブル崩壊の煽りを受け多額の借金を背負い、今は暴力団大越組の借金の過剰な取り立てに苦しんでいた。ある夜、バッティングセンターで憂さを晴らす万代は、サラリーマン風の男・荻原(竹中直人)に執拗にからまれ、反対に殴りつけると、荻原は血反吐を吐き翻筋斗打って倒れる。リストラで会社を解雇された荻原は、高級外車を乗り回す万代の景気が良い姿に再就職を懇願する。怪我をした荻原を乗せて店に帰った万代を待っていたのは、大越組組員によるいつもの嫌がらせだった。調子に乗って暴れる組員を、美貌の青年三屋がナイフで刺す。三屋の執拗な挑発に対し、万代は逆にある計画を持ちかける。

 1980年代、日本経済は空前のバブル景気により支えられていた。80年代後半には、東京都の山手線内側の土地価格でアメリカ全土が買えるという算出結果となるほど日本の土地価格は高騰し、空前の資産価格のバブル化が起こった。円高不況という文字がメディアから消え、多くの一般人がバブル景気の雰囲気を感じていたのは1988年頃から1991年2月のバブル崩壊以降少し後までの僅か数年間である。今作において暴力団大越組に叛旗を翻すのは、このバブル崩壊の煽りを食った人物たちに他ならない。万代樹木彦は順調だったディスコ経営が暗礁に乗り上げ、暴力団の資金に頼るしかない。三屋はバブル期に刑務所で臭い飯を食っていた。荻原は東京都心で働くサラリーマンだったが、リストラに遭ったことを家族には言えずに歌舞伎町を徘徊している。バブル崩壊以後、一転して苦杯を舐めさせられた男たちは一攫千金のチャンスの匂いに群がる。万代は3人では達成出来ない計画を遂行するために、もう2人の人物を仲間に取り込む。それはバブル期に汚職でクビになり、現在は場末のキャバレー「ピンキー」にて用心棒をしている氷頭要(根津甚八)であり、元ボクサーで新宿のバッティングセンターで働いている大越組の構成員ジミー(椎名桔平)の2人である。主義・主張も職業さえもまったく違うそれぞれが強烈な個性を放つ「GONIN」が出会った時、バブルで壮絶に散った徒花たちは裏社会への華麗なるリベンジを果たす。しかしその後の彼らの運命には壮絶な結末が待ち構えている。

 様々な理由で結集した「GONIN」も相当な曲者どもの集まりなら、数々の暴力団を束ねる五誠会の会長である式根(室田日出男)が、大越組組長・大越康正(永島敏行)に黙ってよこした殺し屋2人組の京谷一郎(ビートたけし)と柴田一馬(木村一八)の人物造形は、それを凌駕するほどに残酷で容赦ない。大金をせしめ、悠々自適な生活を送ることを夢見た「GONIN」の一匹狼たちは組織の流儀により次々に悲惨な末路を迎える。中でも真っ先に悲惨な運命に翻弄されるタイ出身の売春婦ナミィー(横山めぐみ)と大越組の構成員ジミーの描写はさながら『天使のはらわた』シリーズの「土屋名美(なみ)」と村木哲郎の関係性を漂わせる。ファム・ファタールな女ナミィーと出会ったばかりにジミーは過酷な運命に堕ちて行く。それは別れた妻である早紀(永島暎子)と娘とよりを戻そうとした氷頭も同様である。石井隆は万代樹木彦と三屋純一の運命の出会いに同性愛のメタファーを隠し、同じく最強の敵役である京谷一郎と柴田一馬の関係性を鏡像関係のように結ぶ。ちあきなおみ『紅い花』のカセットテープ、叩きつけるような強烈な雨、それぞれの弔い戦となるクライマックスの描写は、北野武の『その男、凶暴につき』、竹中直人の『無能の人』を手掛けた佐々木原保志のカメラワークの最高傑作である。大越康正が雑誌の切り抜きのその目に気付いた氷頭要を演じた根津甚八の鋭い目つき。『夜がまた来る』において村木哲郎を演じた根津甚八の人生の落伍者としての破れかぶれ。裏社会に精通し、幽霊のように突然現れる氷頭の死に様が心に深く突き刺さる。改めて俳優・根津甚八のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

該当の記事は見つかりませんでした。