【第691回】『GONIN サーガ』(石井隆/2015)


 19年前の大雨の夜、私怨を滾らす三屋純一(本木雅弘)と氷頭要(根津甚八)の姿は大越組事務所と目と鼻の先の場所の車中にあった。ちあきなおみの『紅い花』のカセットテープ、ダッシュボードに挟んであった氷頭の妻・早紀(永島暎子)と娘の笑顔の写真、氷頭は苦しみをしばし忘れるように、静脈に針先を入れる。広域暴力団指定大越組を襲撃する2人組の男。激しい銃撃戦の末、彼らの命は激しい雨の中凶弾に散る。大雨が降りしきる中、運び込まれた新宿中央病院の玄関先で、組員と襲撃者たちの亡骸は遺族たちと悲しい対面を果たす。組長を庇い命を落とした大越組若頭だった久松茂(鶴見辰吾)の妻・安恵(井上晴美)は取り乱した様子を見せる。あれから19年、五誠会は初代会長・式根(室田日出男)の孫にあたる誠司(安藤政信)が三代目となり、順調に勢力を伸ばしていた。19年前の事件で命を落とした大越組若頭・久松の息子・勇人(東出昌大)は建設作業員として働きながら、スナックを営む母・安恵を支えていた。大越組長(永島敏行)の息子・大輔(桐谷健太)は誠司の用心棒をしつつ、いつか組を再興させたいと願っていた。ある日、安恵のもとに富田と名乗るルポライター(柄本佑)がやってくる。19年前の事件を追う彼の出現により、再び勇人らの運命の針が動きはじめる。

 石井隆の『GONIN』の正当な続編にして、シリーズ3部作の完結編。暴力団野崎組の非情な借金の取り立てにより、首を吊った妻の復讐に出かける外山正道(緒形拳)と5人の女たちの活躍を描いた『GONIN2』の面影はなく、今作の起点は95年の『GONIN』のクライマックスへ遡る。当時の日本は空前のバブル景気が崩壊し、その後多くの人々が借金を背負った。『GONIN』はまさにバブル経済の崩壊で天国と地獄を味わった傷ついた男たちの破れかぶれな資金強奪計画に他ならない。ディスコ「Birds」のオーナー万代樹木彦(佐藤浩市)は80年代末期に大越組の金をバックにディスコを設立する。当時は順風満帆に見えた羽振りの良い生活も、あっという間に運転資金が底を尽き、厳しい大越組の取り立て地獄へ堕ちる。『GONIN』では久松茂(鶴見辰吾)は大越組の若頭であり、万代から違法な借金を取り立てる立場だったが、3代目だった式根誠司(安藤政信)は大越組組員が一掃された忌々しい事件を利用し、舎弟団体だった大越組を消滅させる。これに意を唱えるのは、若頭・久松の妻だった安恵である。生きた痕跡を抹消された大越組長(永島敏行)と若頭である久松茂(鶴見辰吾)の息子たちはさながら出自を消された悲しい遺児となる。大輔は誠司に仕えながらも、いつか消されたライセンスの再発行をしてもらおうと愚直に働き続ける。そんな彼のひたむきな姿に疑問を呈するのは、誠司の愛人である元グラビア・アイドルの菊池麻美(土屋アンナ)である。

 バブルの時代には生まれていなかった若者たちが巻き込まれるのは、まさしくバブル期に勝者と敗者にはっきりと区分けされた「バブルの負け組」たちの負の連鎖(レッテル)である。大輔は愚直なまでに誠司の下で働けば、出世のレールに乗れると本気で信じているが、当の誠司は組の最大の汚点となった忌々しい事件に関わった構成員たちを信じていない。映画はオリジナルの『GONIN』にあった借金を取り立てる側と取り立てられる側の区分けを曖昧にし、19年前の因果に縛られた若者たちの連帯を炙り出す。5人の連帯と欲望は大越組を潰した五誠会の3代目誠司の鼻を明かす事態になり得るものの、氷頭要(根津甚八)の眼力を大越組長(永島敏行)が見通していたように、誠司は反逆側のマスクに覆い隠された眼力の正体を見破る。今作ではオリジナルの殺し屋2人組の京谷一郎(ビートたけし)と柴田一馬(木村一八)には遥かに及ばないものの、荻原昌平とはまったく別の人格である明神(竹中直人)と余市(福島リラ)とが牙を剥く。およそ20年ぶりの『GONIN』の正当な続編において印象的なのは、どうしても役柄の追い込みが甘い勇人よりも、前景化した女性たちの姿に他ならない。久松の妻・安恵(井上晴美)も菊池麻美(土屋アンナ)も余市(福島リラ)も、今作では男たちよりも随分吹っ切れた生き様を晒す。その中でただ一人のオリジナル『GONIN』の生き残りを演じた氷頭要(根津甚八)の全身全霊の演技は身震いするほどに、引退した俳優・根津甚八の生をまざまざと見せつける。死臭に群がるハエの羽音、割れた鏡と並んで石井隆のイメージを決定付ける烈し過ぎる雨はスプリンクラーに代わり、屋内に否応無しに叩きつけられた洪水のような雨の中、あの男の影が一瞬浮かぶクライマックスにスクリーンの前でとめどなく涙が溢れた。あらためて根津甚八さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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