【第695回】『タクシードライバー』(マーティン・スコシージ/1976)


 ニューヨークの蒸し暑い季節、ガス煙の中から浮かび上がる黄色いタクシーのフロント部分、運転手の目のエクトリーム・クローズ・アップ。切り返された乱反射する夜のネオン、横断歩道を渡る多人種の人々。26歳の若者トラヴィス・ビックル(ロバート・デ・ニーロ)はタクシー会社の採用試験に応募する。動機を聞かれたトラヴィスは悪びれることなく「不眠症」と答え、夜勤を希望する。70年代、治安の悪いニューヨークでタクシーの夜勤と言えば、間違いなく危険な仕事なのだが、彼はまったく臆することがない。祭日も働けると伝えた男には大した学歴もない。アメリカ中西部からニューヨークにやって来た男には特に夢も明確な目標もない。即決採用された男は早速翌日からニューヨークの猥雑な夜の街を走る。煌々としたネオンの洪水、70年代のニューヨーカーたちの欲望の渦を見つめながら走るトラヴィスはこの街の全てを憎んでいる。これまでスコシージの映画では決まって主人公たちの幼少期が冒頭部分に描かれていたが、今作の主人公トラヴィス・ビックルの過去は謎に包まれている。ただ一つ明らかなのは、トラヴィスがヴェトナム戦争帰りの元軍人だということだけである。

 夜の闇に彩られた昼夜逆転の生活。不眠症を患った主人公の描写は現代ではPTSD(心的外傷後ストレス障害)に分類されるかもしれない。今作はほぼトラヴィスの視点で描かれるが、起こっている出来事は現実なのか幻想なのか判断出来ない。半日働く仕事はせいぜい週350ドルが限界であり、深刻な不眠症を抱えるトラヴィスはしばしばポルノ映画館へ繰り出すだけの虚しい生活を送る。彼にはこの街に心を許せる友人も恋人もいない。そんな男がある日、タクシーを走らせる途中、63丁目の大統領候補パレンタインの選挙事務所の前で白いドレスを着た美しい選挙運動員の女ベッツィ(シビル・シェパード)に心奪われる。そこからトラヴィスのストーカーじみた異様な女への執着が始まる。全面ガラス張りの選挙事務所で働くベッツィがタクシーからの奇妙な視線に気付かないはずはない。最初は気味悪がるが、トラヴィスの熱心なアプローチに心が揺れる女はトラヴィスとのデートを一度だけ受け入れる。前作『アリスの恋』のカントリー歌手クリス・クリストファーソンのレコードを媒介にした2人の恋愛は当初からすきま風が吹いている。大した学歴もなく、ヴェトナム戦争に出兵した主人公はアメリカのために身を尽くしたにも関わらず、政治意識の強いインテリ層であるミドル・クラスの女性には見向きもされない。ポルノ映画館でのデートが決定的な亀裂となり、2人の関係には突然終止符が打たれる。

 スコシージの映画ではしばしば社会から孤立(断絶)した主人公の姿が描写されるが今作も例外ではない。トラヴィスが狂気にひた走るまで、数人の人間が媒介者として介されるものの、タクシー会社の先輩ドライバーは「どうせ俺たちは負け犬だから」と嘯く。偶然乗せたスコシージ自身も、角の部屋で黒人と浮気している白人女性は自分の妻なのだと呟く。ニューヨークの夜の街の猥雑さの袋小路に陥った去勢された男トラヴィスは、銃を持ったことで去勢された男根を取り戻す。今作が異様なのは、ベッドで眠るトラヴィスのショットが一つもないことに尽きる。彼はタクシー会社に勤めながら、銃を持ったことで突如豹変し、政治的にも思想的にも先鋭化していく。鏡に向かい、銃を構えるトラヴィスの描写は夢現つの姿のようにも見え、実体はない。もう数十回観直しているので新鮮さはなくなったが、初めて観た時は大統領候補パレンタインの演説会場に姿を現したトラヴィスの足元からのティルト・アップに戦慄が走った。政治の世界と個人の現実との断絶、反ヴェトナム戦争としてカウンター・カルチャーが勃興した当時のアメリカの風土、ニクソン大統領の圧勝で急速に内向き化したアメリカの70年代の中期の世相は現代の状況とも決して無縁ではない。『ミーン・ストリート』において、ジョニー・ボーイ(ロバート・デ・ニーロ)を救済しようとしたチャーリー(ハーヴェイ・カイテル)の贖罪の意識と、今作で13歳のアイリス(ジョディ・フォスター)を薄汚い売春宿から救い出そうとしたトラヴィスの態度とは等しく結ばれる。何度観ても衝撃的な70年代を代表する傑作である。だがあまりにも陰惨なクライマックスを是とするかどうかは熱狂的なスコシージ信者の中でも評価が分かれる。

 今作を観たジョン・ヒンクリーは、売春婦役を演じたジョディ・フォスターに一目惚れし、自分の「運命の女」だと思い、偏執的な恋心を抱くようになった。ヒンクリーは執拗にフォスターを付け回し、彼女のアパートを見つけた。また、彼女の情報を執拗に調べまくり電話番号も知った。そして、彼女の自宅のドアの下に自作の詩を書いたメッセージを挟み込んだり、繰り返し電話をかけるなど、ストーキング行為を繰り返した。1980年にジョン・レノンが射殺されると、ビートルズの大ファンだったヒンクリーはすぐにニューヨークに飛び、セントラルパークの追悼集会に参加した。帰郷後、射殺犯マーク・チャップマンが使ったのと同じ銃を購入した。1981年3月30日、レーガンが会議で演説したホテルを出ようとしたところで、ヒンクリーはリボルバー銃で続けざまに6発発射した。弾丸は(大統領用車両に跳ね返って)レーガン大統領の胸部に命中し、報道担当官、警官、シークレット・サービスにも当たり負傷させた。ヒンクリーは逃亡しようともせずその場で身柄を拘束された。大統領は大学病院で4時間ほどにおよぶ緊急手術を受け助かった。報道官ブレイディは頭部に弾丸を受けたため、永久に障害が残ってしまった。マッカーシーとデラハンティは幸いにも軽傷で済んだ。この事件に顛末に衝撃を受けたジョディ・フォスターは一時期女優業を引退した。彼女の復帰はクロード・シャブロルの『他人の血』とトニー・リチャードソンの『ホテル・ニューハンプシャー』まで待たねばならない。

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