【第705回】『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』(ギャヴィン・フッド/2015)

あらすじ・結末に触れていますので、これから観る方はクリックしないで下さい

 ケニア・ナイロビ、一面砂に覆われた荒れた土地、高いビルはおろか、路上もコンクリートで整備されていない土地にも人は住み、それぞれの日常は息づく。この町に住む少女アリア(アイシャ・タコウ)は父親が作ってくれたプレゼントに喜びの笑みを浮かべる。背丈の小さい少女の腰を廻る手作りのフラフープ。近所に同級生がおらず、遊び相手がいないことを不憫に思った父親からの愛情の詰まったプレゼントを大事そうに握りしめる姿は、実に無邪気な喜びに満ちている。ケニアでは昼間を迎える中、時差のある英国は朝方、軍の常設統合司令部の司令官キャサリン・パウエル大佐(ヘレン・ミレン)は目覚ましがなる前に目を覚ます。まだ薄暗い早朝、いつもより早く開いたドアに愛犬が飛び起きて、喜んだ様子で飼い主を迎える。キャサリンはベッドを離れ、庭先を歩き離れへと向かう。壁に貼られたニュースペーパーの切り抜き、幾つもの写真、世界地図の上には無数のピンが留められ、それぞれの点を結ぶように黄色い糸がかけられている。 PCを起動したキャサリンは、今日もテロリストの標的になった人物のJPEG画像をじっと見つめている。犯行声明を出したのはソマリア南部を中心に活動するイスラム勢力「アル・シャバブ」。2013年9月、隣国ケニアで起きた商業施設へのテロで、67人もの尊い命が犠牲になる事件が発生。2015年には同じくケニアにある大学校内で銃を乱射し、150名もの犠牲者が出た。

 世界は今、テロの恐怖に覆われている。トルコ、サウジアラビア、シリア、イラン、イラク、エジプト、チュニジアなどで連日起きるテロのニュースは世界中に配信される。バングラディシュで起きたダッカレストラン襲撃人質テロ事件や2年前にフランスで起きたシャルリー・エブド襲撃事件は記憶に新しい。世界各地でイスラム国によるテロは連日起き、その度に民間人の犠牲者も後を絶たない。アメリカは、依然として世界70以上の国と地域に、800もの軍事基地を持っている。オバマが核なき世界を訴え、逆に「世界の警察」たるアメリカに消極的な態度を示しても、アメリカは過去100年あまり、世界中の紛争地帯に武装した軍隊を置き、戦争に備えていたのは紛れもない事実である。しかしイスラム地域において、オバマは泥沼化するアフガニスタンやイラクから地上軍の撤退を推し進めた。アメリカの財政は増え続ける軍事費の負担に耐えられなくなりつつあり、将来的に発生する年金コストなど「隠れた負債」に手を焼いている。おそらくトランプ政権に移行しても、トランスフォーメーション(米軍縮小再編)の流れは止まらない。ヴェトナム戦争の後遺症に襲われるアメリカは地上軍を何万何十万送り込んでも、泥沼化すれば国が傾きかねないという屈折したトラウマを抱えている。そこで地上軍を撤退し、アメリカが思いついた苦肉の策が無人攻撃機(ドローン)によるテロリスト一掃作戦だった。「世界の警察」たる大国アメリカのオバマ大統領は2016年7月、無人攻撃機(ドローン)によるテロリスト一掃作戦の死者数を公表した。この統計によれば、2009年〜2015年までの6年間にアメリカが中心となったドローン作戦によって殺害したテロリストの数は実に2500名強にも及ぶという。

 今作はアメリカのドローンによるテロリスト掃討作戦の一つを丹念に追うのだが、主人公がイギリス軍常設統合司令部の司令官キャサリン・パウエル大佐だというのが実に興味深い。国際指名手配中のテロリストであるアイシャ・アルハディ(レックス・キング)を追うために躍起になるキャサリンがナイロビ上空6000メートルにおいて、国際指名手配犯2人が合流するという千載一遇の情報を突き止める。彼女のテロリスト掃討作戦の一世一代のチャンスを支えるのは、現地に派遣したジャマ・ハラ(バーカッド・アブディ)やロンドンのコブラ・オフィスに集まった面々なのだが、そこでオバマ大統領の肝いりのドローン技術を推進するアメリカにも力を頼ることになる。あまりにも皮肉なのは、キャサリンのテロリスト掃討作戦を担うクリーチ空軍基地のスティーヴ・ワッツ中尉(アーロン・ホール)やキャリー・ガーション(フィービー・フォックス)と彼女が出会うのは今回が初めてであり、ネットワーク時代の悪しき慣例であるテレビ電話(skype)でしか彼らは互いのことをまったく知らないという悍ましい事実である。かつて『ジェイソン・ボーン』シリーズのエントリでも述べたように、現代社会では古き良き西部劇のように、殺しあう2人が同じ地平で銃を構えることは残念ながらほぼない。ターゲットを始末する側と始末される側の攻防は、始末される側が地上で行動する様子を、何万キロも離れたところで始末する側が高みの見物をする。ここでは活劇における攻撃と防御の図式は壊滅的なダメージを負う。

 登場人物たちはモニターに現れた子供らしき人物の点に一喜一憂する。時にズーム・アップをし、確率論を数字でしか捉えることのないお偉方の姿には心底吐き気がする。しかし監督であるギャビン・フッドの素晴らしさは、戦争映画でありながら、1人の死を巡り一喜一憂するイギリス、アメリカ、ケニア、ハワイのそれぞれの事情を庵野秀明の『シン・ゴジラ』方式で丹念に追ったことに尽きる。戦争映画でありながら、今作ではクライマックスまで誰一人として血が流れることがない。その抑制の効いたトーンはイーストウッドの映画のように「正義とは何か?」という根源を我々一人一人に問うている。ボーダレスになってしまった見えない国境に線を引き、咄嗟の判断が求められる局面において、西洋人も簡単には「YES」とは言えない重たすぎる事情が窺い知れる。例のハチドリやカブトムシのドローンには心底びっくりしたが、テクノロジーは全て武器に転用可能だということを我々個人及び国家が肝に命じなければならない時代がすぐそこまで来ているし、各国の法整備も急務に違いない。我々は悲しいかな、モニターの向こうに映る現実を平場で起きる現実として視認しない当たり前の事実に打ち震える。今作は2017年のいま、映画を楽しむことの意義や脆弱さを我々観客にあらためて問う。悲劇のヒロインを扱う脚本そのものは多分に図式的だが、なかなか硬派で考させる力作に仕上がっている。最後に今作が遺作となったフランタ・ベンソン中尉を演じたアラン・リックマンにあらためて哀悼の意を表したい。『ハリー・ポッターシリーズ』のスネイプ役として知られるが、私にとっては『ダイ・ハード』のハンス・グルーバー役が強く印象に残る。あらためて心よりお悔やみ申し上げます。
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